俺、借金を返すめどがたつ
明日で俺達が『運営堂』と約束した『渦霊の宝石』の六千個の納品も終わる。
時刻は真夜中、目が冴えて眠れない俺は一人庭のデッキに座ってハイドル平原の夜空を見上げていた。
夜空の美しく瞬く星々は、何時からか沸き起こった雨雲に消されようとしていた。
冷たい風が北より吹き込み、火照った俺の体と頭を絶えず冷やし続けていた。
「眠れないのですか?」
物音で目を覚ましたマリーが俺に声を掛けてきた。
俺はマリーを見ながら、「御免、起こしちゃった、ちょっと頭を冷やしたくてね。」
マリーは俺の横に座って、「考え事ですか?」
俺は頭を掻きながら、「まぁ、たいした事じゃないんだが、」
「エリーの事ですか?」
マリーは結構、感が鋭いから俺が違うと嘘を言っても信じないだろう、だから俺はマリーに正直に話す事にした、
「其もある、俺達にとってはエリーは絶体必要な仲間だ、本来は頭を下げて仲間になってくれと言わなければならない人だ、」
マリーは優しく俺を見つめながら、「頭を下げたく無いんですか?」
俺は首を振りながら、「違う、俺は彼女を仲間に出来るなら土下座も出来る、ただ・・俺は・・・自信が無いんだ。」
マリーはちょっと驚いて、「自信ですか?」
「マリー、俺が君をビショップにしたのは、だだ君を助けたかったし、俺は君に一目惚れしたからで、」
俺の愛の告白にマリーは嬉しそうに微笑んだ。
「メリーをビショップにしたのは成り行きと彼女の勢いとまぁ、メリーが可愛いと思ったからで、メリーも俺のビショップを止めたいと言わないから続いてる。」
マリーは首を傾げて、「エリーがお嫌いなのですか?」と俺に聞いてきた。
「彼女は知的で可愛いくて、努力家だ、好きになっても嫌いになる分けが無い。」
「其では何故?」
俺はマリーに、自分の苦しい胸の内を晒した、「マリー、最初に言った、俺は自分に自信が無いんだ、俺は一体、何者なんだ?確かに此の世界じゃない別の世界の記憶はある、しかし、」
マリーは何も語らず俺の手を握り締めた。
俺もマリーの手を握り返した、「記憶は年を重ねる度に薄くなり、其が真実だったのかどうか曖昧になる、近頃は自分の存在に自信が持てなくなって、俺は本当に何者なのか分からなくなって来た、もし俺の記憶が嘘っぱちで、実は俺は皆に相応しくない人間だったら!俺が偽りの人間だと皆が知ったら!皆は俺を捨てるんじゃないか、また俺は捨てられるんじゃないか!其が俺には怖いんだ!」
俺は一気に、心の内をマリーに吐き出した。
真夜中の庭に静寂が訪れ、聞こえるは北風による木々の葉の擦れる音、草花が波打つ音。
暫しの沈黙の後、マリーはゆっくりと俺に抱き付いてきた。
マリーは俺の耳元で囁く、「貴方はレイ、少なくとも私達が出逢った此の四年間は、私達の愛する御主人様、貴方は私達が知っているレイ・ハリー・ハウゼンその人であり、そして、それ以外の何者でも有りません。」
「マリー・・・」、俺はその後に続く言葉が出てこなかった。
マリーは俺の目を真っ直ぐに見つめながら、「私は決して貴方を手離さない、だから、貴方も私達を見棄てないでくれ!」
俺は思わずマリーをきつく抱き締めた、その時、俺の首筋に冷たい感触、
「えっ?」、俺は手をかざしながら夜空を見上げた。
手の上に白い結晶、「雪?」
ラストニアの気候は、沖縄、いやハワイに近い、気候は温暖で乾燥している、だから決して雪は降らない!
「何故だ?」
俺はラストニアに何かが起ころうとしている事に気づいた。
俺は嫌な予感を胸に抱きながら、夜空を見あげ続けた。
次の日、ラストニアの神殿は雪で白く化粧された状態になり、道や街道もうっすらと雪が積った。
馬車の轍の跡や人の歩く跡が出来ては降り続ける雪がその跡を消していた。
俺達は寒さ対策の為に厚手のマントを羽織って、『ハイドル霊廟』に転移した。
『ハイドル霊廟』のテントには、やはり黒いマントを羽織ったトネリブァがいた。
「よぉ、トネ、アンタ一人かい?新人達は?」
トネリブァは黒いアイマスク越しに笑った。
「彼等は昨日で終わりですよ、レイさん、我々も今日で引き上げるつもりです。」
「そうかそりゃ良かった、俺達も今日で終わりだ。」、と俺も嬉しそうに皮肉を込めて監視役のトネリブァに返答した。
トネリブァは黙って懐から黒いカードを出して、「レイさん、カードを出してくれませんか。」
「?」、俺はトネリブァの言われるままにカードを出した
彼は自分のカードを俺のカードに重ねた。
その瞬間、百八十の『渦霊の宝石』が俺のカードに振り込まれた。
「えっ?トネ、どう言う事だ?」
トネリブァは真面目に、「レイさん、勘違いしないで頂きたい、此はエリー嬢を貴方が助けた、そのお礼として新人の冒険者達から私が預かった宝石です。」
俺とエリーは顔を見合わせて、「そう言う理由なら貰っておくよ、トネ。」と言ったが、まぁ、一応、『運営堂』からの施しだったとしても、俺は頂くつもりだ。
俺は基本、貰える物は貰う主義、営業時代は報償金も報奨旅行も全て貰った。
俺達はトネリブァにお礼を言った後、『ハイドル霊廟』の一層に入る入り口に向かった。
俺の後ろから着いて来るエリーが、寂しげに俺に声を掛ける、「あの、御主人様、私は今日で、」
俺は振り向かないでエリーの話しを遮り、「エリー、俺としては、もし良かったら君との契約を延長したい、勿論、追加料金無しでだ。」
此が、今は俺に出来る精一杯のお願い。
メリーがエリーに抱き付いて、「エリー!良かったね!レイが貴方に仲間になって欲しいって!」
エリーは涙声で、「メリー、私、」
マリーも、嬉しそうに、「エリー、此からも宜しくね。」
俺は照れ隠しに、「さぁ、最期の一回、地下洞窟に潜って、此の仕事を早く終わらせよう、そしたら暖かい所に転移して、旨い物でも食おう。」
マリーは、「はいっ!」
メリーは、「いえぃ!」
エリーは頭を下げながら、「宜しくお願いします。」
こうして、俺達は最期の『ハイドル霊廟』の地下に入っていった。
『ハイドル霊廟』の最下層は大きく変貌していた。
六本の巨大なコリント様式の円柱が支える広大な大広間の正面に出現した高さ6メータの巨大な両開き式の大門!
その扉の模様はダンテの地獄篇その物!
大広間の主、ワイトは存在せず、其処に佇むは三体の魔神!
背の高さ四メータ、薄汚れボロボロになった黒く染まった頭巾の付いた外套を羽織って右手には黒き三メータの古びた大剣を持ち、左手には古びた提灯を持つ、頭巾の中はだだ暗黒の中で光輝く二つの眼!
地獄の門番、『死の剣士』!
かってジャックと呼ばれた一人の剣士が、狂気と狂喜に取り付かれた時、彼は二千もの人々をその大剣で虐殺した!
死してなおその罪は赦されず、死の墓守りの化物として片手に提灯を持って墓所を彷徨っている、
別名、『ジャックオブランタン』!!
メリーが魔導籠手を填めた右手と左手を打ち鳴らして、「大丈夫だよ!私達なら殺れる!彼奴ら強く無い。」
「ダメだ!撤退する!!」、俺が叫んだその時、
ズダーン!!!
俺達の後ろの大広間の入り口が巨大な石の落とし戸で塞がれ、
「えっ!!」
転移は!
駄目だ!!
使用出来ない!!!
此の時、俺は知った!俺達が地下洞窟の罠に嵌まった事を!!
マリーが俺に、「大丈夫です、御主人様は後ろに下がっていて下さい、私達だけで倒します!」
『死の剣士』のレベルは67、レベルが50代の俺にとっては強敵でも、レベルが70代のマリー達にとっては雑魚だ。
確かにマリーやメリーには簡単な相手だ、だが、『死の剣士』は二重罠の最初の仕掛!
奴等は殺されるために存在し、
奴等が死んだ瞬間、二番目の仕掛が発動する!
二番目の仕掛、其があの地獄門だ!!!
俺は散々、此の手のゲームをやったから分かる。
三体の『死の剣士』が手にした提灯を高く掲げた、
俺が、「来るぞ!状態異常!!散開!!!」と叫んだその瞬間!!
グワァァァァァァァ!!
床が黒く輝き!
ダァァァンンンン!!!
カスタムスキル、『進撃錬成杭』でメリーが一気に真ん中の『死の剣士』との間合いを詰めて錬金杭を撃ち込む!!!
バァコココココォォォオオンン!!!
マリーが大剣DDDを大きく振りかざして、
ダァーン!
ジャンプする!!
バァゴゴォオオオンンン!!
戦士のカスタムスキル、『飛龍突』を発動させ大剣を左側の『死の剣士』ごと大地に突き刺し大地を抉る!
バシュゥウウウウンンン!
エリーはエレメントアーチャーのカスタムスキル『閃魔光』を発動させた!
スコォオオオオオンンン!!
『閃魔光』は聖属性の魔矢で、三方向に撃たれた魔矢が着弾地点に魔法球を展開し接触した魔法球が、
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
右側の『死の剣士』に付着して連続しながら奴の命を奪い確実にダメージを入れていた!!
『死の剣士』達は一歩下がって、体勢を立て直した後一気に大剣を下から掬い上げながら体全体を乱舞し、
ガキーン!!
メリーは、その大剣を自身を黄金化するカスタムスキル、『黄金化身』で受け、
ガコーン!!
マリーはその大剣を大剣で受け、
エリーに襲いかかって来た『死の剣士』は俺が自身のダガーで受け!
バコーン!!
俺は三メータは飛ばされたが『構え直し』のスキルで斬撃の反動をキャンセルする!
俺の命ゲージは半分に削られ、エリーが放つ『癒し魔矢』が俺に着弾して、俺の命がゆっくりと回復する。
ヤバイ!やっぱり俺のレベルではコイツらには勝てない!
『ハイドル霊廟』の最下層、大広間は乱戦と化し、大剣と大剣が大剣と魔導籠手がぶつかり合う撃音が木霊する戦場となった!!!




