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夢でまた会いましょう

作者: よしだしの

チャイムが鳴る。どうやら授業の途中から眠ってしまったようだ。春はどうも眠くていけない。ノートをあとで友達に見せてもらわないと。寝起きのせいか頭が若干痛い。どうやら久しぶりに自分のものじゃない夢を見たようだ。私がどうして他人の夢だとわかるかというと、私は他人の夢に入って自由に動くことができるからだ。能力とでもいうのかもしれない。その能力を自分で操れる訳ではなく、いつ、誰の夢に入るのかも自分では選ぶこともできないし夢の中でいつも自分の姿を保てるわけでもない。おまけに昼もずっと眠い。この能力に気づいたときは迷惑だとしか思わなかったけど、今ではちょっとしたイベントとして楽しむことにしている。今回はどんな夢なのだろうか。



私は湖畔を歩いている。空は澄み切っていて、すこし冷たいが風も心地よい。ただ、湖だけは真っ黒。光すら反射しない。夢にしては割とまともな風景だ。暫く歩いていると湖と同じぐらい真っ黒な玉があった。今の私の身長よりも少し小さいけど、普通に大きな玉だ。ちょっと不気味だったけど、気になってその玉に触ろうとした。そしたら触ってもいないのに玉が破裂した。爆発といってもいいかもしれない。風があまりにも強くて立つことも、目を開けることもできない。風が止み、目を開けるとさっきとは全く違う風景が広がっていた。青空が満天の星空になり、湖は鏡のように星空を映している。湖を覗き込むとそこに私らしき姿が映った。暗いせいであんまりよく見えないが背が小さくて華奢な女の子。いつもの私とは全く違う姿。この夢の主人はこういうのがタイプなんだろうか。……夢の主人ができたら同じぐらいの年の人であることを願うばかりだ。そんな事を考えているうちに暗闇に目が慣れてきた。さっきの玉を探してみよう。そう思って一歩踏み出したとき、何かを踏んだ。驚いて足を退けるとそこに手があった。目を凝らしてみると、誰かがうつ伏せで倒れていた。全く気がつかなかった。学ランを着ていたせいかもしれない。とりあえず声をかけようとした。声が出なかった。今回は声が出ないパターンかと思っているうちに、少年はすっと立ち上がり私の方に視線を向けた。少年の顔はよく見えなかった。少年は何も言わずちょっと歩いて、立ち止まりこちらを見た。ついてこいということなのだろう。まあ、そういうつもりでなくてもついていったけど。星空を眺めながら歩いていたら少年にぶつかった。ここが目的地らしい。水がはねる音が聞こえる。長い間歩いたつもりだったがあまり湖から離れていないらしい。少年が手をかざすと灯りがついた。人が二人ぐらい入ってピッタリな大きさの小さなテントがそこにあった。テントの中には望遠鏡やパソコンがある。天体観測が趣味なんだろう。そこだけが温かい光に包まれていて少年にとって大切な場所であることが伝わる。少年の顔が初めてしっかり見えた。柔らかそうな髪に長い睫毛。思わず息を飲む。私が好きな彼の横顔。黒いピアスが怪しく輝いている。



アラームが鳴る。さっきの夢を思い返す。まさか、このタイミングで彼の夢に出会うとは思わなかった。彼と出会ったのは一年生のとき。席がたまたま隣という訳ではなかったけど、窓際で本を読んでいた姿に目を奪われた。彼は目立つタイプではなかったけれど、彼の周りにいる人は彼も含めていつも楽しそうに笑っていた。一年生以外は同じクラスにはなられなかったけど彼の姿を見ることが幸せだった。廊下ですれ違えば話もしたりする。タイミングがあえば一緒に帰ったりもする。仲の良い友達だった。そう、先週までは少なくとも友達だった。春なのにまだ肌寒いあの日、偶然駅で会って話をした。彼の笑顔を見て、今日も幸せだなあと思った。幸せな気持ちのまま話の続きをしようとして彼の目を見た。突然、頭が真っ白になった。好きです、と言葉にしてた。そう言ってから私は初めて好きという気持ちに気がついた。彼は私の気持ちを受け取ってはくれなかった。今でも止められないこの想いにもっと早く気がつけばよかった。それだったらあんな簡単に好きと口にしなかったのに。後悔ばかりが募る。それでも、涙は不思議と出てこなかった。あの日から私たちの関係は変わってしまった。彼をまともに見ることができない。彼の姿が少しでも見えたら、彼が気づく前に逃げ出した。避けることすら辛くなってきたこんなタイミングで私は彼の夢に入ってしまった。この夢の物語が彼の中で終わるまで私は夢からでることができない。彼から逃げることができない。これはこれで辛い。



草むらに寝転がっている。傍らには双眼鏡と星座表。星は今にでも空から零れ落ちてきそうだ。彼は黙ったまま星を眺めている。二人の間に風が通り抜けた。暫く彼の顔を見ていた。沈黙に耐えられなくなって話しかけようとした。一緒に話しませんか、と言うつもりだった。ここで声が出ないことを思い出した。話したいのに話すことができない。私の喉は震えてくれない。もちろん、彼に触って身振り手振りで話をすることもできないことはない。でも、それほどの勇気は残念ながら持っていなかった。彼が何か行動を起こすまで私は何もできない。それまで、この苦しい時間を耐えないといけない。やっぱり辛いなあ。ぼーっと空を眺めていたら流れ星が流れてきた。その軌跡を何気なく追ってると彼と目があった。彼は急に立ち上がり、私に手を伸ばした。私が戸惑いながらも彼の手をとると彼は走りだした。彼にあわせて走っていたらテントが見えてきた。テントに戻るのかと思ったが彼は止まらない。むしろ走るスピードを上げ湖へ向かって行く。天の川が湖に映り込んでいる。何だか怖くなって強く目を閉じた。足の裏だけが冷たい。ゆっくり目を開ける。私たちは湖の上を走っていた。この不安定な世界のなか、彼の手の温かさだけが私に安心感を与えてくれる。私がこの姿ではなかったら多分、彼と手をつなぐことなんてなかったんだろう。何だか泣きそうになった。湖の真ん中らへんで彼は止まり、座った。繋いだ手が離れる。私も彼にならい隣に座る。夜空の(うみ)で星が優しくまたたく。彼は自分の世界についてゆっくりと話し出した。今までにあった嬉しいことや楽しいこと。ときどき、言葉が詰まりながらも懸命に言葉を紡いでいく。何も話せない私は黙って受け止めることしかできない。それでも、彼が楽しそうに話をする姿を見るだけで自然と笑顔になる。心があたたかくなる。



電話が鳴る。なんとなく電話にでたくなくて放置していたら数回のコールののち止まった。非通知だったから間違い電話の類だろう。頭に血がまわってきた。それにつれて彼が話していた内容を思い出した。会話の途中で目が覚めたから最後まで彼の話は聞けなかった。話の中には私が知らない人も知ってる人も沢山でてきた。でも、私の名前は口にされることはなかった。話を最後まで聞いていたら、もしかしたら私の話もあったのかもしれない。そうだったら嬉しい。でも、そうでなければ? 心が底の方から冷えていく。彼の幸せな思い出の中に私は存在しているのだろうか。私は彼と一緒に過ごせて幸せだったけど、彼の方はそうとは限らない。むしろ、迷惑と思われていたかもしれない。彼のことは彼に聞かないとわからない。でも、今の私にはそのことを聞く勇気も言葉もない。



星の湖で向かい合わせに座っている。昨日に比べて表情は暗い。彼のこんな表情を初めて見た。風が吹けば消えてしまいそうな声で呟くように話し始めた。ただ言葉が溢れるままに、流れるままに心の奥底に隠していたことを語った。彼の笑顔の裏にはいつもこんな感情が渦巻いていたのだろうか。突然、ピアスから霧のようなものが噴き出した。辺り一面が闇に包まれる。この感じはどこかあの真っ黒な玉に似ている。あの玉は彼の苦しさそのものかもしれない。彼はあの中で一人で悩み、抱え込んでいたのかもしれない。彼の言葉は止まらない。断片的な言葉だったけど苦しいと叫んでいるようだった。どうして隣にいたのに気づけなかったのだろうか。自分は生きてる価値がないと彼は言う。違う。そうじゃない。否定したいのに言葉がでない。私が思っていた以上に彼は脆くて、弱い。今すぐにでも壊れてしまいそうだ。彼は話すことをやめ、今にも泣き出しそうな寂しそうな顔で笑う。そんな顔で笑わないでよ。堪らなくなって私は彼を抱きしめた。ずっとこうしたかった。君が苦しいときに君のそばにいたかった。君が辛いときに君を抱きしめたかった。一人で抱え込まないで欲しかった。大丈夫じゃないときには頼って欲しかった。寂しいのを我慢しないで欲しかった。私は君の隣にいたかった。君の力になりたかった。君は私を幸せにしてくれたのに、私は君に何も返せてない。君にこそ幸せになってほしいのに。彼の不安が少しでも和らぐやように強く強く抱きしめる。君は一人じゃないんだよ。この想いが少しでも彼に届けばいい。いつのまにか真っ黒な霧は晴れ、透き通った空が白み始めていた。私の身体も透け始めてきた。夜が完全に明けたら私はもうこの世界にはいられなくなる。そんな気がした。この身体がなくなるまで彼に触れていようと思った。朝になったらこの気持ちにもお別れするから、だからどうか今だけは。太陽が地平線から覗き始める。最後にどうしても伝えたい事があった。声が出るように祈りながら彼の耳の近くまで顔を近づけた。ありがとう。好きだった人。本当に大好きだったよ。



自然と目が覚めた。最後に声が出たのかは自分じゃよくわからない。もし、声が届いたとしても夢だから彼は忘れているだろう。でも、いろいろ話も聞かせてもらったし、手も繋いだし、抱き締めることもできたし満足。彼の記憶にはきっと残ってないけど私の記憶にはずっと残っている。それでいいじゃない。夢じゃなきゃできなかったし良かったじゃない。私の手を包んだ骨ばった大きな手、抱き締めたときに感じた鼓動の速さや音、彼の匂いでさえ忘れることはない。目の辺りが熱くなる。嬉しいはずなのに、幸せなはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。もう二度とあんな風に彼に触れることができない。この事実を考えると胸が締め付けられる。ああ、私はまだ彼に対するこの気持ちをなくすことができないのか。なくすって誓ったはずなのになあ。頬に冷たいものが流れる。好きだなあ。好きだったなあ。私のことを好きになって欲しかったなあ。涙が止まらない。叶うかもしれないとまだ思ってたんだ。叶えばいいって願ってたんだ。なんて自分勝手な願いなんだ。私は声をあげて泣いた。私はようやく叶わない恋だったと認めることができた。



月曜日の朝。今日こそは彼に話しかける。聞きたいことも聞こう。そう意気込んで電車に乗った。改札を過ぎたところに歩いている彼の後ろ姿が見える。私は彼に駆け寄る。

「おはよー」

「おはよう」

「話すの久しぶりじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよー」

思いの外普通に話し出すことができた。後は聞きたいことを声に出すだけ。

「あのさー」

黙ってしまった私を見て彼は少し困った様に笑う。私の好きな彼の笑顔。胸の辺りのもやもやとしたものが晴れる。今なら話せる。

「私が告白したときどう思った?」

「急にどうしたん?」

「気になって夜も眠れないんだって」

「嘘だろ」

「嘘だよ」

「俺が答えないっていう選択肢は?」

「ありません」

「まじかよ……」

彼は歩調を緩めた。

「嬉しかったよ。俺、告白されたのとか初めてだったし」

「本当に?」

「こんなことで嘘ついてどうするんだよ」

私はどんな顔をしていたのだろうか。彼は慌てたように話題を変えた。

「そういえば昨日、夢で会ったよ」

「……私も会った。すごい偶然だね」

「なかなか友達に会うことなんてないしな」

彼は笑う。私もつられたように笑う。こんな何気ない日々がいつまで続けることができるかはわからない。彼が私を友達だと思ってくれる限り私は彼の幸せを祈り続けよう。願い続けよう。

「今日もまた会えるといいねえ」

「……そうだな」

彼が時計を見る。私もそれを覗き込む。

「そろそろ急がないと遅刻するね」

「走ろう」

「うん」

私たちは走り出した。春の光に照らされた暖かな通学路を。

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