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流れは変わってませんが、前の部分を改稿しました。

また、活動報告に諸々の事情を書いておりますので良ければご確認下さい。

 

 山本にとって裕美子の最初の印象は不思議な子、だった。

 高校入学したてで山本含めて皆が浮かれている中で一人、落ち着いた雰囲気を出していた。だからといって冷めた態度ではなく、誰かが話しかければにこやかに笑って返事をしている。

 何だか気になる子だな、と山本は感じつつ、だがクラスが違うこともあり特に関わることはなかった。けれど、廊下から聞こえてくる裕美子の話し声や笑い声にはすぐ気が付いたし、裕美子を見かければ、目は裕美子を追っていた。


 その裕美子の印象が劇的に変わったのは、高校に入学して半年が過ぎた頃。それを山本が見たのは、本当に偶然だった。


 いつもより朝早く目覚めて、学校にも朝練にも一番乗りだった日。教室に荷物を置いて、職員室に部室の鍵を取りに行った時、玄関で裕美子を見かけた。早起きして良かった、声をかけるチャンスかも、と思った山本は、裕美子の隣にいた尚幸の姿に足を止めた。

 裕美子は、山本が今まで見た事ない、柔らかい暖かい表情で笑って喋っていた。相手が大好きなんだと、一目で検討がつくようなそんな顔で、笑っていた。

 その日一日中、山本の頭からその裕美子の笑顔が離れなかった。


 それから山本は注意深く裕美子を観察した。そして気付いたことは、三つ。裕美子があの笑顔で話すのは尚幸の前でだけということ。友好関係は広く浅くで、積極的に関わっているのは尚幸にだけということ。二人はよく一緒に登下校していること。そしてそこから導き出せるのは、裕美子が尚幸のことを……。妙な焦燥感と苛々が山本を襲った。


 けれど、やはり近づく機会がなかった。所属するグループお互いで全く違うため、いきなり山本が声をかけても裕美子を警戒させてしまうだけだろう、と考えていた。手を拱いている間に一年が経ってしまい、春休みを山本は悶々と過ごした。

 だから、二年に上がってクラス発表の掲示板に裕美子の名前を発見した山本が、心の中でガッツポーズを決めたのも無理ないことだろう。



「日中さんってさあ、なんか、良くね?」


 保健の授業中、男子だけの空間で気が緩んでいるところに、前方の裕美子の席がチラリと目に入って、山本はぽろっと呟いてしまった。それを聞いた、前の席に座っている雨水と苗代、隣に座る安がバッ、と俊敏に山本を見る。自分が放った言葉と、友人たちの視線に恥ずかしくなった山本は窓の外に目を反らすが、前の席の二人がニヤリと笑う気配を確かに感じた。嫌な予感がした。


「いーまーのー、聞きまして?! 雨水さん!」

「聞きましたわよ、苗代さん! 日中さんってさあ、なんか、良くね? だってよ!」


 面白そうに笑う苗代の言葉にプスス、と不気味な笑い声を上げた雨水は、大業に山本の真似をしながら言った。


「そんな風に言ってねえよ!!」

「は、晴くんにっ、春がきたーーーー!!」


 今まで固まっていた安が立ち上がって、そう大声をあげた。


「ばっ、声でけえよ!!」


 慌てて立ち上がった山本が、安の口を両手で塞ぐが時すでに遅し。クラスメイトどころか、体育・保健担当兼クラス担任の青木まで授業を止めて、山本たちを好奇心たっぷりの目で見ていた。


「俺の授業も聞かずに、ずいぶん楽しそうじゃねえか。なあ、安」

「うん! あのね、先生! 晴くん、日中さんが気になるんだって!」

「やぁぁあすううう!!」


 安は聞かれたから答えただけで、悪気は少しもない。純粋で馬鹿なだけなのだ。苗代と雨水は安なら言うだろうな、と分かっていたが面白いので止めなかった。青木も分かっていたからこそ、安を指名した。

 力の異様に強い安に、口を覆っていた手を引きはがされた状態で押さえられている山本は、顔を隠すこともできずに赤面して俯いていた。

 クラスメイトの前で恋心を暴露された山本を多少哀れに思ったのか、青木が言う。


「山本、手伝ってやろうか」

「えっ、先生何かすんの?」


 苗代が手を挙げて、楽しそうに聞く。

 それにニヤッと笑った青木が、よおおぉく聞けよ、と勿体ぶって言った。クラスメイトはすわ何事か、とワクワクしながら青木の次の言葉を待っている。


「明後日のホームルームで、席替えを決行する!」


 青木の宣言に、うおぉぉおお、とクラスメイトがノリで叫ぶ。体育の青木が担任だからか、このクラスは体育会系の人間が多いのだ。恥ずかしがっていた山本も、なんだか楽しくなってきて笑ってしまった。


「もし、日中さんの席が当たったら、晴くんと変わってあげてねー!」


 そう安が大声でクラスメイトに言うと、「えっ、じゃあ俺も、席変わってほしいんだけど」とか「お、俺も!」という声がちらほらと挙がった。

 こうして、二年二組男子による秘密の席替えが決まった。



 それを眺めていた先生はしみじみと、「……若いって、いいなあ」と呟いた。



 ****


「明日は登下校、別で。弁当もいいから」


 二人きりの帰り道、そう尚幸に告げられた裕美子は大きな衝撃を受けた。遂に恐れていた日がきてしまったな、と思った。


「……わかった」


 やだ、と駄々をこねる心を殺して何とか振り絞り出した裕美子の声は、みっともなく震えて擦れていた。それ以降、尚幸の方を見ることが出来ず裕美子は俯いたままだったため、尚幸がどんな顔をしていたのかは分からない。幸せそうに笑っていたら……、と考えると俯いた顔から涙が溢れそうだった。それでも健気に、裕美子は隣にある体温を感じながら帰路に着いた。


 翌朝、美香に不思議がられるのを何とか誤魔化して、裕美子はひとりで学校に行く。

 裕美子は自分が情けなくて溜息を吐いた。尚幸の幸せを支えたいのに、裕美子の体のどこかが邪魔したいと、できるならそんなことしたくないと叫んでいた。自分の体が鉛のように重く感じた。だから尚幸を好きなこと止めよう、諦めようと決意したのに上手くいかない。自分の心なのに、全く制御できない。


 学校に着いて、裕美子の気分は更に下がることになった。学校中の生徒が、尚幸と秋吉との初登校に沸いていたのだ。はあ、とまた勝手に口から溜息が出た。

 お昼になっても、皆の話題は尚幸と秋吉のことばかりだった。裕美子はそれから逃げるように、図書館へ駆け込んだ。図書館はまるで別世界のように静かだった。昼休みの終りを告げるチャイムが鳴っても教室に戻りたくなくて、ぎりぎりまで図書館にいた。


「今日、元気ないね。大丈夫?」


 裕美子の何回目かの溜息を聞いた山本は、隣の裕美子を心配そうに見ながらそう声をかけた。


「あ、大丈夫。ごめんね、溜息ばっかり吐いちゃってて。心配してくれてありがとう」

「いや」


 眉を下げてどこか悲しそうに笑う裕美子を山本は暫くじっと見て、そして、とても真剣な顔で言った。


「俺、いつでも相談に乗るよ。話ししか聞けないし、役に立たないかもしれないけど……。日中さんには、俺を頼ってほしい」


 そう言い切った山本の顔を、今度は裕美子がじっと見つめた。

 そのいつにない真剣な顔が裕美子のためだと思うと、嬉しいのに泣きそうになった。体の中でピンと張っていた何かが緩んでいくのを、裕美子は感じた。


「すごく、嬉しい。ありがとう」


 心底、裕美子を心配してくれる山本には素直に気持ちを伝えようと、裕美子は言葉を続ける。


「確かに悩んでることがあるんだけど……。ちょっと今は、自分でも色々整理がついてなくて。ちゃんとまとめてくるから、そしたら、聴いてくれますか?」

「もちろん! さっきも言ったけど、俺はいつだって相談に乗るから」

「うん」


 二人は少し照れくささを感じながら、顔を見合わせて笑った。



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