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「今日のホームルームは、席替えするぞ~」


 裕美子のクラス担任が、麗らかな朝の日差しに似つかわしくない顔で、ニヤニヤと笑いながら言った。

 何の予告もない突然の席替えなのに、やけにクラスの男子たちの連携が取れていて手際が良かった。そして奇妙にも、しきりに何かを頷き合っていた。女子たちはそれを若干冷めた目で見ていたが、異様に盛り上がっている男たちは幸いにも気付くことはなかった。


 クラス全員がくじを引き、各々が紙に書かれた席に移動する。

 裕美子の席は廊下側の席の、三番目だった。夏も間近の窓際は日光直当たりで眩しいわ、暑いわの二重苦だった。黒板も近くなってラッキー、と裕美子は喜んだ。ただ一つのことを除いては。


「よーし、全員席に着いたな。特に知らせることもないし、じゃあ解散!」


 そう言って担任が教室から出ていくと、クラスは一層騒がしくなる。特に男子諸君が。このお見合いみたいな雰囲気はなんだろう、と裕美子は首を傾げた。

 そんな風に周りを観察していた裕美子も、そんなクラスの雰囲気に巻き込まれることとなる。隣から元気な声が響いてきたからだ。


「隣、日中さんだ! よろしく!」


 裕美子が声の方に目を向けると、にっこり眩しい笑顔があった。そう、隣の席の彼こそがこの席の唯一の怖い点。裕美子の隣の席が彼、山本晴人であることだ。

 山本を言い表すと、優等生然としている尚幸とはタイプが違う、人懐こい元気なわんこ、である。焼けた健康的な肌から分かるように、とにかく活発で社交的で、部活動でも優秀な成績を残している。尚幸と肩を並べるほどの有名人だ。

 そんな山本に、にこやかに話しかけられた裕美子を襲う、所々からの怨念こもった女子たちの鋭い視線。


「う、うん。程々によろしくね……」


 引き攣る口角を何とか上げている裕美子に気付いているのか、いないのか、山本は嬉しそうに笑う。その後も話しを続けよう口を開いた山本だが、その時、窓際の席の友人に大声で呼ばれた。ごめん、と謝って友人のもとに向かう山本の背を見送る。これ幸いと、裕美子はすぐさま体の向きを前に戻し、一時限目の授業の教科書を開いた。

 一日が始まったばかりだというのに、すでに疲れきった裕美子は、これからを思ってため息を吐いた。


 裕美子の受難は始まったばかりだった。

 というのも、山本はなぜか休み時間になるたび裕美子に話しかけてくるのである。テストも終わったばかりで、切羽詰って勉強しなければならない、という訳でもないが毎回は困る。そして女子の視線が非常に怖い、と思う。不思議とクラスの女子から睨まれることは少ないのだが、他クラスの女子からは遠慮ない、呪詛でも篭ってるような視線を送られる。


「あ、あとさ、ずっと聞きたかったんだけど。もしかして日中さん、永瀬に浮気されてる?」

「へぇっ⁈」


 裕美子は山本の言葉を理解した瞬間に、ばっ、と山本の方を見た。驚きすぎて、変な声が喉から出たが、それすら気に掛ける余裕もなかった。


「な、なにその話……!」

「んー、日中さんと永瀬は付き合ってるんでしょ? なのに最近学校中、秋吉さんと永瀬が付き合い始めたとか盛り上がってるから、それって浮気じゃん、って」

「尚くんと私は幼馴染ってだけで、付き合ってないよ!」


 間違った情報に裕美子は慌てて、否定をする。

 なんで、裕美子と尚幸が付き合っているだなんてことを思ったのか。それに、尚幸は大嫌いなのだ。浮気をする男というものが。心底、憎んでいる。


「ああ、そうなんだ! じゃあ、俺にも、チャンスはあるってわけだ」


 裕美子の言葉を聞いて、拗ねたような顔をしていた山本がにっこり笑った。山本の言葉の意味はよく理解できなかった裕美子だが、とりあえず誤解が解けたのを感じて、ほっと息を吐いた。


「なーんだ、そっか! 日中さんと永瀬、付き合ってなかったんだ。なんかごめんね、変なこと言っちゃって。あ、今日の昼休み、俺も一緒に図書館で勉強していい?」


 恋人ではないことは裕美子自身が一番実感しているが、昨日恋心に蓋をしようと決めたばかりの裕美子の胸は、山本から再度その事実を突き立てられると、キリキリと痛んだ。諦めの悪い自分に、裕美子は自嘲する。こんな気持ちは、あっても邪魔なだけなのに。


「うーん、そうだなあ……」

「お願い! そしてできれば勉強教えてほしい!」


 体を動かすことは優秀な山本だが、頭を動かすことはどうやら苦手らしい。

 あまりの必死さに、裕美子は根負けした。


「分かった。けど山本くん、お友達は?」

「平気! 昼は皆好き勝手に過ごしてるから!」


 やった、とはしゃぐ山本はどこか美香に似ていて可愛いな、と裕美子は思った。周囲の女子の視線は除いて、山本自身に対する警戒心とかそういったものが、薄らいでいくのを感じた。

 そこまできてふと、裕美子は不思議に思った。なぜ、いつも昼休みに図書館で勉強していることを知っていたのだろう、と。



 ***


「おはよー、日中さん!」

「おはよう、山本くん。部活お疲れさま」

「ありがとう! もう腹減った~。てか、一昨日借りた本、超面白かった!」

「えっ! もう読み終わったの?」


 席替えをした日から、裕美子と山本はよく話すようになった。週一に適宜ある、山本の部活が休みの日には共に図書館や、放課後だと教室で勉強することもある。と、いうより刷り込みされた雛のごとく、山本が裕美子の後を追いかけて行く、と言った方が正しいかもしれない。裕美子はそれを、大型犬に懐かれたようだ、と感じていた。

 そうして色々、話していくうちに本の好みがそっくりであることが判明した。以来、お互いのお気に入りの本を貸し借りしては、その本の感想を言い合って盛り上がっている。他にも、山本の勧めで裕美子は初めて漫画というものを読んだりした。面白かった、の一言に尽きる。

 例にもれず今日も担任が教室に入ってくるまで、二人の会話が止むことはなかった。


 今日のお昼は山本が部活の為、裕美子は一人で図書館に行って勉強していた。そして教室に帰ってくると、山本の席周辺に人だかりができていた。つまり、裕美子の席も人で溢れている訳で。座れなそうだ、と思ったので教室の後ろから人が退くまでその様子を見ていることにした。

 男女問わず集まっているそこは、性格も様々な人が集まっている。内心ではどう思っているのか、なんて外見から分かる訳もないが、裕美子の目には全員、キラキラと楽しそうに笑っているように見えた。特に、山本が話している時には。

 予鈴が鳴り、人が散ったので、裕美子は席に着く。


「山本くんは、すごいね」


 隣でガサゴソとプリントが溢れている机から、教科書を探す山本に声をかけた。


「えー? なにが?」

「山本くんと話してる人たち、みんな楽しくて仕方ないって顔してた」

「ん? あれ、もしや早めに戻ってきてたの? わ、ごめん、座れなかったよね」

「ううん、全然、気にしないで」


 本当に申し訳なさそうに謝る山本に、本当に気にしないで、と言ってから、裕美子は話を続けた。


「山本くんが人気者なの、最近、私もよく分かるの。だって、山本くんと話してるととっても楽しいから。思わず、色々、余計なことまで話しちゃうし」


 山本と隣の席になってから、裕美子が話す量は確実に増えた。以前の一週間分の会話を一日でしているかもしれない。そう思うとなんだかおかしくて、裕美子は笑ってしまった。

 けれど、いつもはポンポンと話す山本から一向に返事が返ってこない。変なことを言っただろうか、と裕美子が隣の山本を恐る恐る見やる。


「……あれ。山本くん、顔真っ赤」


 山本は顔も耳も真っ赤にして、裕美子を見て固まっていた。両手は、教科書を探していたときのままなのか、机の引き出しに突っ込んだままだった。


「え、と。大丈夫?」


 その裕美子の言葉にふっと山本は我に返ったように素早く動き、机の引き出しに突っ込んでいた両手で顔を隠した。


「ちょっ、ちょっと待った! 今の俺の顔、絶対みないで!」


 その姿のまま、慌ててなぜか立ち上がった山本は、クラス中に響くような声でそう言った。不幸なことに、山本の大きな声で、クラス中の好奇の視線を集めてしまった。

 その内のよく山本と共にいる同じ部活の男子三人が、裕美子と山本を何度も見比べたあと、ニヤァ、と不気味に笑いながら山本に近づいていく。


「ちょっと晴人くん、いらっしゃいな」


 そう言って、男子の一人が山本の首に腕を巻き付け、山本を窓側の方に引っ張っていく。何が何やら、困惑する裕美子は、呆然とそれを見つめていた。

 そのまま三人に囲まれていた山本の耳元で、一人の男子がニヤニヤと楽しそうに笑いながら何か囁いた。その言葉に山本は、さらに顔を赤く染めながら、これまた周囲に聞こえない小さな声で、怒気荒く何かを言い返した。その言葉に、あはは、と男子三人は楽しそうに笑った。

 からかわれていることに脱力して肩を落とした山本と、呆然とした裕美子の目が合った。


「」


 その声はあまりに小さく、裕美子の耳には届かなかった。けれど、山本の口が何か三文字、形作ったのは分かった。



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