表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

怠け者の教師、面倒な人に捕まる

前話のあらすじ「変な人に目をつけられる」

 2日目の講義を終えて、レイチェル教師は担当の教室の講義の終わりを告げた。


「では、今日の講義はこれで終わりにします。本来はこのままお昼休憩なのですが、今日は午後の行動について連絡事項があります。皆様、少々お待ちくださいませ」


 さっさとお昼ご飯を食べたかった学生たちが不満げに席に座り直す。しかしそれはレイチェルにとっても同じことだった。面倒くさいことが嫌いな彼女は、ほんの少しでも自分の仕事が増えるのを殊のほか嫌がる。


 内心の不満を隠して、平坦な無表情で生徒たちに部活動について説明した。


「午後の活動については、これからみなさんは部活動に所属してもらって、その部の方針に従って学んでもらいます。昨日は『魔術研究学部』の活動の一環を体験してもらいました。他にも色々な学部があります。これから5日間ほど、どの学部でも体験入部できるようになっておりますので、自分はどこに所属したいかを決めてください。一度決めると1年間は変更できませんので、自分の将来を見据えて慎重に決めてくださいね」


 そう説明すると、レイチェルはさっさと教室から出て行こうとした。教室がざわめくのを感じる。おそらく仲良くなった同室の子とどこの学部に体験入部するか、どこの学部が面白そうかの話題で盛り上がっているのだろう。


 だが、この手の盛り上がりは実はあまり意味がなかったりする。入部する学部は生徒が自由に選択できることになっているが、概ね家の威光やその生徒の状況によって入る部活動は決まってしまっているのだ。上位の貴族であればあるほど、入る部活動は「魔術研究学部」か「騎士学部」、「経理算術学部」のいずれかに限定されるし、それ以外の部活動も実家の家業に関連したものを普通は選ぶ。仮入部期間というのは自分にあった部活動を探す期間ではなく、自分が入らない部活動を体験してみるお遊び期間なのである。


 そういえば昨日受け取った入部届けは少し変わっていたな、とレイチェルは思い出した。だが正直、一生徒の動向などさほど興味はない。そんなものよりお昼の唐揚げ定食のがレイチェルにとっては重要だった。


 そう思って教室を出ようとすると、目の前で扉がガラッと開いた。誰かが入ってくるとは思わず、驚いた表情のレイチェルの目の前には、先程話題に出た魔術研究学部の顧問、フェルネイラ教師が立っていた。


 フェルネイラ教師は何が嬉しいのか、皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして笑顔を作った。


「おお、レイチェル先生ですか。すみませぬが、生徒を一人呼んでいただけないでしょうかな?」


「ええ、構いませんよ。誰をお探しなのですか?」


「カタリナ嬢を呼んでくださいな」


 そういうフェルネイラを、胡散臭そうに眺めつつレイチェルは教室を振り返った。


 カタリナは2日目にしてやたら目立っている生徒だ。見た目は少し可愛い程度で、どこにでもいそうな普通の女子生徒だ。そこまで目立つ生徒ではないはずなのだが、他の生徒たちの間がひそひそ噂話する中でよく耳にする名前でもある。面倒くさがりのレイチェルも少しは気になっている。魔力判定の魔球を割ったのはさすがに驚いた。それに昨日の魔術の実技でも何かやったらしい。噂通り強い魔力の持ち主なのかもしれない。


 教室を見まわしたがカタリナの姿はなかった。一番後ろの席なので、真っ先に教室を出て行ったのかもしれない。カタリナの隣の席であるアイリス様の姿もないことを見ると、二人仲良く食堂にでも向かったのだろう。


「フェルネイラ先生、カタリナはすでにいないようです。食堂へ向かわれたのだと思います。どうなさいますか? 伝言で良いのなら伝えておきますが」


「おお、早く来たつもりでしたがすれ違ってしまいましたか。いえ、それなら私も食堂へ向かって直接話しましょう。レイチェル先生も食堂ですよね? いっしょに参りましょう」


 そういうと好々爺然とした様子でレイチェルを食堂に誘ったフェルネイラが先導して歩き出した。レイチェルはその老人教師の後ろで見えないように溜息を吐く。教師同士で昼ご飯なんて面倒くさい。でも相手は教師としては大先輩だ。断るわけにもいかなかった。


 レイチェルが後ろからついてきているのを確認して、フェルネイラは嬉しそうに己の自慢話を始めた。レイチェルはさらに深い溜息をつく。フェルネイラがする自慢話なんて2種類しかない。一つは最近魔術の練習を始めた孫の話で、もう一つはフェルネイラが所属する魔術研究学部、通称魔研部の話だ。


「我が伝統ある魔研部は、魔法学園で最も期待されている学部であるからな。常に優秀な人材を求めておる。かつての卒業生はその後名を残した者も多い。王宮魔術師の筆頭となったザイマール君は卒業と同時に上位魔獣の討伐を成し遂げたし、飛行船の改良研究に従事したゲッヘンベルス君は入学時から異才を放っておった。彼らのような偉大な先人たちの名に傷がつかないように、我が魔研部は常に努力をせねばならないのだ」


 歌うように魔研部の自慢話を始めるフェルネイラの話を生返事で返しながら、レイチェルは皮肉げに思った。確かに魔研部は偉大な卒業生を何人も輩出している。でも、これは別に魔研部が優秀なのではなく、単に一番登録人数が多いのが魔研部だから、必然的に凄い記録を残した卒業生が多くなるだけだ。それにどうしても騎士になりたい者は騎士部に入るし、優秀な官吏として仕えたいと言う者は経営算術部に入るのだが、この二つの学部が求めるのは優秀な個人ではなく、平均的に使える能力の集団である。そのためどうしても名を残しにくい。魔研部が偉大な卒業生を多く輩出しているというのは、言い換えれば、特にやりたいことがあるわけでもない大勢の生徒のうち、一部突出した個性を持った生徒が何かをやらかした、というだけであって、魔研部自体が優秀な生徒を育て上げているわけではないのだ。


 そしてレイチェルはフェルネイラがやってきた理由についても概ねわかってきた。つまりは優秀かもしれない人材の確保のために御大将自ら乗り出してきたということだろう。


 レイチェルの考えを知ってか知らずか、フェルネイラはその話題の人物について話しだしてきた。


「それでレイチェル先生の教室にいるカタリナ嬢なのですが、彼女は素晴らしい魔力の持ち主ですな。上位魔獣を一撃で消滅させられるほどの魔力を持っている。いや、彼女ほどの実力者こそ我が魔研部に相応しい人材だと思いましてな。是非話を聞いてもらおうと……」


「そのことなんですが、フェルネイラ先生。カタリナさんはすでに別の学部に入ってらっしゃいますよ」


「……はい?」


 フェルネイラが目を見開いて驚いていた。そりゃそうだ。今日から学部の選択が始まるというから、その初日に勧誘にやってきたというのに、すでに決まっているとはどういう意味だろうか。


 フェルネイラは動揺した様子を押し隠して質問をした。顔は平然としているが手の動きが忙しない。


「そ、それはどういう……」


「ええとですね。昨日、夕食時にカタリナさんがいらっしゃって『学部が決まったので少し早いが登録しても良いですか』と聞きに来たのです。私は明日にしなさいと言ったのですが、彼女は『どうせ明日になっても変わりませんし、先生もたくさんの生徒が入部期日ぎりぎりに、どこに入部するかいっぺんに押し寄せてきたら大変でしょう? だから早めに申し上げに来たのです』と言われては断る理由もありませんでした。今朝方、変更の意思はないかも確認したので、これはこれで入部届けとしては成立しています」


 そういうと、手元にあった資料の中から一枚の紙きれを取り出した。そこにはレイチェルが担当するたくさんの生徒の名前と、そして一つだけ名前の横に学部の名前が記載されていた。丁寧な文字で書かれている学部の名前の横には『カタリナ・フォン・アルブライド』という名前が記載されてあった。


 その入部届けの紙を両手で鷲掴みにし、フェルネイラは呻いていた。そして、カタリナが入った学部を見てさらに驚愕した。


「製作部、だと?」


「はい、彼女は術具製作学部に入りたいとおっしゃってましたわ」


「いや、そんな馬鹿な。彼女ほど優秀な人材がなぜ製作部に? 我が魔研部こそ彼女に相応しい学部だというのに、どうしてこのような入部届けを受理されたのですか、レイチェル先生?」


 フェルネイラは肩眉をつりあげてレイチェルに糾弾してきた。気持ちはわかる。期待のルーキーがまさか一番不人気の学部に取られたと知っては、平静ではいられまい。とはいえレイチェルは何一つ悪くないのに責められてははっきり言って不愉快だ。レイチェルは面倒くさいなと思いながら反論した。


「とはいいますが、学部の選択は生徒の自由です。彼女が製作部を望むというのなら、教師の私は止める理由はありませんわ。それとも、フェルネイラ先生はカタリナさんが魔研部に入部すると言う約束をいただいてたのですか?」


「……いや、それはないが……」


 そういうと、少し考え込むフェルネイラ。その手から入部届けを取り返し、早くお昼ごはん食べたいなぁとどうでもいいことを考えるレイチェル。そして何かに気付いたフェルネイラが、はっとした様子でレイチェルに詰問してきた。


「そうだ、入部届けの受け付け期間は今日からのはず。昨日渡された入部届けでは無効であろう。であるならば、その入部届けは取り消して……」


「仮に取り消したとしても、カタリナさんご自身が製作部への入部を決めたのですから、変更にはならないでしょうね。それに今朝方確認したと申し上げたばかりでしょう? 昨日の時点ならいざ知らず、今日受付が開始された以上、今朝の入部の最終確認の時点でこの入部届けは有効ですわ。変更はしません」


 ……だって今から入部の変更手続きなんてやらされたら、面倒くさいしね。


 内心ではそう思いつつ、建前は生徒の自由意思を守る立派な教師のように振る舞うレイチェル。それを見て何も言い返せずに「うぐぐ」と言葉に詰まるフェルネイラ。「失礼する」と一言言い残してさっていく老人教師を見送って、レイチェルは食堂へと向かった。全く、面倒な先生だと心の中で愚痴りつつ、今日のお昼について思案を巡らす。


 急いで食堂に辿りついたレイチェルは、その光景を見て愕然とした。食堂にはすでに人があふれ、座る席すらほとんどない状態だった。食事を渡す窓口では行列が並んでいる。


 なんて面倒くさいことに、そう文句を言いながら食堂の列の最後尾に並んだ。ここに来るまでに足止めしてきたフェルネイラに内心で散々罵倒しつつ、レイチェルは空腹と戦っていた。

次話「製作部ご案内」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ