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腐った女子、逃げる

前話のあらすじ「凶悪な魔獣を一撃で倒す主人公の図」


 久しぶりの更新です。評価やブクマを頂いた皆様、たいへん長らくお待たせしました。申し訳ありませんm(_ _)m


 メインの連載がちょっと落ち着いたので、これから毎日、は無理でもそこそこの頻度で更新したいと思います。よろしくお願いします。

 教師生活41年、フェルネイラ魔術教師は初めて見る光景に目を剥いた。


 魔像の即席作成装置は、確か30年前くらいに開発されたはずだ。動かないというただ一点を除いて本物の上位魔獣を同じ存在を作り出すという素晴らしい発明品。帝国の若き宮廷魔術師が作ったと聞いたが、そのときはその天才ぶりに感嘆すると同時に呆れ果てた。誰がここまで凄いものを作れといった、恐らくフェルネイラ以外の魔術師も全員そう思ったであろう。


 再現されたグレートブラントの肉質もさることながら、その全身に刻まれた魔術回路の防壁まで再現するなんてとんでもない魔術具だが、その使い勝手の良さと利便性の高さからいろんなところに広まったと聞いている。何せ土の魔術を使える者なら誰でも起動でき、しかも出来上がった魔像は動かないだけで本物の魔獣なのだ。訓練に使ってよし、研究に使ってよし、飾っても見栄えがたいへんよろしい。金持ちが道楽で子供の遊び道具に使ってるという話も聞いたことがある。とにかくいろんな場所で使われているのだ。


 そして、このグレートブラントを殺した生徒は、多くはないが存在する。だがそれは、例えばとても強い風の魔術を使える生徒が複数人で協力してかまいたちを何度もぶつけたとか、生徒の研究品である協力な魔術剣を何度も首にたたきつけてなんとか首を切断したとかそういうものだ。もちろんそれでも本物の上位魔獣を倒すなんてすごいことだ。そういう生徒はだいたい優秀な成績で学園を卒業していっている。


 そんなグレートブラントの魔像を、目の前の女性とは一発で消し飛ばした。


 本人も驚いているようだったが、周囲の驚きはその倍はあった。ましてや様々な生徒を見てきたフェルネイラの驚愕は心臓が数秒止まったほどだ。持っているのは火の魔術具だったか。つまり彼女は、グレートブランドをただの火で燃やし尽くしたことになる。それがどれほどとんでもないことか、おわかりいただけるだろうか。仮に王国の王ですら、ここまで強力な魔力は生み出せまい。


 つまりこの女生徒は、王国最高の魔法を使える人材ということになる。


 フェルネイラが驚きから立ち直り、先ほどの女生徒の姿を探したがどこにもなかった。近くにいる生徒に焦って彼女の行方を聞いたところ、その生徒は飛んでくる唾に眉をしかめながら「体調が悪いらしくて校舎に戻られましたよ。保健室ではないでしょうか?」と答えてきた。それを聞くとフェルネイラは「今日は授業終わりだ! みんな校舎に戻るように」と雑に指示をし、片付けもそこそこに保健室へと向かった。


 保健室には誰もいなかった。保険医のケレーネ女史が驚いた様子でこちらを見て「どうしたんですか?」と問うてきたがそれどころではない。誰も来なかった旨を女史から聞いて、感謝の言葉を述べつつ退出した。考える。


 恐らく彼女は自室に逃げ込んだのだろう。この後の講義はないから、伝言さえ残しておけば自室に行ってしまってもそれほど問題にはならない。彼女だって魔獣を一発で溶かしたのはやり過ぎたと気付いているはずだ。だから男子禁制で追及を躱しやすい女子寮に逃げたのだ、とフェルネイラは考えた。同室の女子生徒や他の女生徒からは追及されるだろうが、それくらいならなんとかできると思っているのかもしれない。


 フェルネイラはニヤリと笑った。逃げるなら逃げるで対応策はある。彼女のような魔術の素養の高い生徒をみすみす逃すつもりはなかった。どうせ私の手元に来る人材だろうが、確実には確実を期した方が良い。そのための手続きは簡単だ、あらかじめ準備しておいた方が良い。そう思ったフェルネイラは踵を返して教師用に与えられた小部屋へと向かった。





…………




「ううううう……」


 カタリナは自室にある自分の布団の上でシーツを被って蹲っていた。これからの学園生活はもう終わったも同然だ、おうちに帰りたい、実家のお屋敷でこっそり描いていた耽美な芸術作品を完成させたい。そんなことを思っていた。


 実際、カタリナにはもうどうすればいいのかわからなかった。あの魔像がどういうものかわからないが、たくさんの生徒が攻撃してびくともしなかった物を見事に溶かしつくしたのだ。そりゃ注目されるに決まっている。異世界に転生して「実は私は最強の魔術師なのよ!」とするのは楽しいかもしれないが、実際は大した魔力のない腐女子だ。そんなリスキーな真似はしたくない。でも生徒みんなはきっと強い魔術師だと勘違いしている。本当にまずい。


 魔力がそれほどでもないことがバレたら、そのまま紐付きで腐属性魔導を使えることがバレかねない。


 困った。ひどく困った。魔導が使えることがバレてどっかの研究所で解剖される自分の姿を想像する。最悪だ。実際はそんなに酷い目にあわないかもしれないが、こちとらただの男爵令嬢だ、国家権力に目をつけられたら完全な保証はない。たくさんの研究員に囲まれて好き放題に自分の体が弄られるなんて想像もしたくない。いや、でもその研究員が全員イケメンで、しかも私の研究内容について活発な意見交換をしている姿はそう悪くない。お互いの意見が合わなくてヒートアップして掴みかかるイケメン研究員と、それを止めるショタ系研究員がいて、「やめんか!」と大声で止めるおじさま研究員。あれ、モルモット生活もそんなに悪くなさそうだぞ? カタリナは混乱した。


 しばらくして、アイリスが自室へと戻ってきた。気付いたらイケメン研究員同士の諸々を想像してハァハァしていたカタリナは、アイリスの存在に気付きさっと表情を落ち込んだものに変化させた。こういう表情をすぐ変える技術は、社会的にダメな趣味がある人ならではの固有スキルだと思う。


「アイリス様。早退する旨の伝言を押し付けてしまって申し訳ありません。ありがとうございますわ」


「気にしないでください、カタリナ様。正しい判断でしたわ。あのまま教室に帰っていたら、確かに大変なことになっていましたよ」


 そう言ってアイリスは微笑みながら教室の様子について教えてくれた。やはり、カタリナがものすごい魔術師で、王国の宮廷魔術師になれる逸材なのではないかと噂されているらしい。爵位が高い人ほど高い魔力を持っているため、男爵という低い爵位のカタリナについてあらぬ噂も立ってしまっているとのことだった。実は王の妾腹の子だとか宮廷魔術師が若返った姿だとか、酷い噂では、カタリナは数百年の時を生きる少女の姿をした魔法使いだというものもあるそうだった。ロリ婆とは失礼な、とカタリナは怒った。


 ……前世の記憶を除けばぴっちぴちの12歳なんだぞ! 前世いれたらトリプルカウント超えるけど!


 そうプリプリ怒りながら、顔では申し訳なさそうにしてアイリスに謝った。


「そうですか……アイリス様、申し訳ありません。せっかく私の力は大したことないって噂を広めてくださってくれたのに……」


「いいえ、お気になさらず。むしろ私が中途半端に噂を流してしまったため、逆に何か秘密があるんじゃないかと面白がる人たちが増えてしまいました。申し訳ありません」


 アイリスはそう言うと申し訳なさそうに頭を下げた。カタリナはその姿にさらに申し訳なくなって縮こまる。その姿は、さっきまで「研究員のナニを研究するんですかねぇ」とか妄想をしていたとは思えないほどしおらしい。暗い雰囲気になった室内で、パンと手を叩いたアイリスが無理やり笑顔を浮かべて提案してきた。


「その、カタリナ様。明日の部活動選びはどうなさいますか? 少し確かめたいことがあるのですが」


「部活動選び、ですか? 製作部に入ろうかなと思っております」


 部活動とは、日本の学校のようなクラブ活動ではなく、どちらかというと大学の学部のようなものに近い。今日は魔術の座学と実技があったが、本来学園は、午前中に共通の講義、午後からは部活動で各自やりたいことや興味のあることに時間を費やす、というのが正式な流れだ。


 そして部活動には、やはり人気不人気がある。この学園で一番人気なのは「魔術研究学部」通称「魔研部」だ。なにやら厨二心をくすぐるワードを彷彿とさせるが、活動自体はいたってシンプルで、新しい魔術の研究や自分の魔力の自己研鑽などである。特に優秀な成績の者は王国からの官吏職も優遇されやすいため、大抵の者は魔研部に入る。ファリア兄様も魔研部のはずだ。


 他にも「騎士学部」や「経理算術学部」、「栄養薬学部」や「文化芸術学部」など日本の大学にもありそうな学部もいくつか存在する。その中の一つに「術具製作学部」というのがある。


 アイリスは驚いたようだった。


「製作部、というのは術具製作学部のことですわよね? どうしてそちらに?」


 学部というのは色々存在する。だがどれにも大体共通しているのが、どこでも魔術を使うというところだ。魔術研究学部や騎士学部はもちろん、栄養薬学部でも薬を作るための道具は魔術で動かすし、文化芸術学部も美術品の保存なんかで魔術を使う。ただその中で唯一、魔術を使わない学部が術具製作学部なのだ。


「先日、アイリス様に申し上げた通り、わたくしは普通の魔術が使えないので、製作部以外には道がないのです……」


 腐属性魔導以外の魔術を使えないカタリナには、製作部以外の学部には入れないのだ。正確に言えば、入ることはできるが、その後苦労するのが目に見えている。別に学部で活躍して尊敬を集めたいとまではいわないが、あまりの役立たずっぷりを披露して卑下された目で見られたくはない。そうなると自然と製作部しか行く道がないのだ。


 アイリスは戸惑ったような表情をした。


「カタリナ様。事情はわかりましたが、その、製作部でよろしいんですか?」


「はい、もとより製作部にいくつもりでしたから、問題ありませんわ」


 ただし、術具製作学部自体があまり格好の良い学部ではないのだ。


 魔術具を使うのには魔力がいるが、作るだけなら魔力はいらない。用意された道具で魔術回路を刻み込むなりすればいくらでも魔術具を作ることができる。そのため魔力を持らずに生まれた生徒や、魔術をうまく扱えない生徒が製作部に行くことになるのだが、魔術を一切使えない人間というはこの世界には少ない。日常のちょっとしたことにも魔術を使う世界なのだ、魔術を使えない人間が集まる製作部は、自然と見下された目で見られやすい。


 カタリナは「アイリスに嫌われちゃったかな?」と不安に思っていたが、アイリスは何か考え込むようにしていた。何を考えているのだろうとカタリナが問いかけようとしたとき、アイリスは勢いこんで話しかけてきた。


「カタリナ様。製作部に入るというお話ですが、とても良い案かもしれません」


「は?」


 カタリナは呆気にとられた。いきなり何を言い出すのかと思った。アイリスはウキウキした様子で話しを続ける。


「カタリナ様が凄い魔術を使うかもしれないと注目されてますが、製作部なら魔術自体を使わないのでこれ以上目立たなくて済みます。それに魔術を研究するための道具もあるでしょうし、カタリナ様の魔導がどういうものかご自分で研究することもできるでしょう。何より明日から学部の募集が始まるので、他の学部からの勧誘を断る意味でも……あ」


 そこでアイリスが急に言葉を切った。不思議に思ったカタリナが首をかしげると、アイリスは伺うように遠慮がちに提案してきた。


「カタリナ様。もしよかったらですが、晩御飯のあとちょっと一緒にお出かけしませんか?」


「え、私は構いませんけれど、こんな時間にどこへ行くのですか?」


 もう日も落ちて、そろそろ晩御飯で呼ばれる時間帯だ。基本、寮は深夜外出禁止なので、今から出かけると言っても行く場所なんてそんなにない。


 アイリスは秘密を打ち明けるように小さい声で言いました。


「学園の教室です。他の人の目がない方が、良いと思ったのです」


 ……え、私、深夜の教室に連れていかれて、アイリスちゃんに何されちゃうの!?

次話「カタリナに迫る魔の手」

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