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腐った女子、やらかす

前話のあらすじ「やらかした」

 腐敗とはなんなのか。


 腐敗とは、果物や動物の死骸などが微生物によって侵食され、それが中途半端に分解されることで起こる不完全分解現象だ。微生物による不完全な分解の結果、腐った果物や腐乱した死骸ができるということだ。微生物の分解が不完全なせいで不快な臭いや毒性を有した物質ができたり、また微生物それ自体が毒を持っている場合には、その微生物の大量発生により生き物が食べることができなくなってしまう。もちろん体内に取り入れても有用な微生物や、健康のためになる不完全分解も存在する。納豆菌による納豆や酵母菌によるパンなんかがそれに当たる。この場合には一般的に腐敗というより発酵と呼ばれる。


 かくあれ、腐敗とは微生物の働きによるものなのだ。だがここで問題がある。さっきの魔術を判定するガラス球が割れたことだ。あのガラス玉は無機物であり、その中には微生物が含まれていない。微生物がいない以上、つまり腐敗ではない。


 カタリナの魔力はそれほど強くない。これは兄様や他の色々なことで確認済みだ。男爵家令嬢としてはそこそこある方だが自慢するほどでもない。良くも悪くも普通というのが自他ともに認めるカタリナの魔力の強さだ。つまりガラス球が割れたのは魔力が強かったからではない。だが、他の生徒は普通に使えたにもかかわらず、カタリナだけがガラス球を割ったというのは、どう考えても腐属性魔法のせいだとしか思えなかった。


 そう考えるには、ちゃんと思い当たる節があるのだ。カタリナが唯一使えると思っている腐魔法の使い方である「リンゴを甘くする」のは厳密にいえば腐敗ではないのだ。あれはリンゴから発生するエチレンガスの影響でリンゴの果実が「熟成」させた結果なのだ。微生物の働きによる物ではない以上、腐敗とは言えない。詳しいことまではわからないので推測するしかなかったが、カタリナはこれによりある結論を出した。


 ……自分の腐属性魔法は、実は腐敗ではなく何か違う要素の魔法なのかな?


 まだサンプルが足りないのでわからないことだらけだった。これから研究をしていかねばなるまいと、そこまで思い立ったところで、保険の先生から声がかかった。現実に引き戻される感覚。


「はい、これで包帯終わり。こういうのは気をつけてね、跡が残っちゃ嫌でしょ?」


 やたらハスキーボイスの女医さんに包帯を巻いてもらったカタリナは現実逃避から戻ってきた。そう、現実逃避だ。学園生活初日からすでに問題が発生してしまったカタリナは全力で現実から目を背けていた。教室に戻りたくない。


 ……絶対騒ぎになってるよなぁ。困ったなぁ……。


 すまなそうな顔をして女医さんにお願いをする。


「あの先生、私、もうお部屋に帰っちゃおうと思うのですけれど、よろしいでしょうか?」


 先生は少し悩んだ後、許可してくれた。


「そーねぇ、まあ今日は新入生のガイダンスだけだろうし、お部屋に戻っちゃっても大丈夫でしょ。担任が来たらそう伝えておくわ。お大事にね」


 そう言うとヒラヒラと手を振って見送ってくれた。良い性格の女医さんだと思う。ある部分がもっと小さければ友達になれたかもしれない、とぺったんこのカタリナはそう内心でぼやいた。


 部屋に戻ってベッドに横たわっていると、アイリスが帰ってきた。心配そうにカタリナを見つめてきたので「大丈夫よ」と元気に答えると安心したようにホッとしていた。可愛い。そしてアイリスちゃんは、カタリナが退室した後のことを教えてくれる。


「もう教室は大騒ぎでしたわ。全属性魔法が使えるうえに強力な魔力を持っているなんて、と」


 ……あー、やっぱりそうなっちゃったかー。最悪だー。


 カタリナは頭を抱える。予想通りとはいえ、学園初日で大怪我確定してしまった。


「あれは、その、違うんですの。どう説明したら良いかわからないですが……」


「違うとはどういうことですか? 何か事情が?」


 カタリナはいっそ喋ってしまおうか悩んだ。たしかに腐属性なんて特殊な魔法だけど、別に秘密にしておくほどでもないか、とアイリスにだけ打ち明けることにした。でも一応口止めをする。


「あの、できれば他の方には秘密にしてほしいんですけれど、お願いできますか?」


「……はい、わかりましたわ。秘密にします」


 アイリスは真剣な表情で同意してくれた。だがアイリスを信用していないわけではないが、カタリナはこの手の秘密はそのうち漏れちゃうだろうなぁと思っていた。そしてこの秘密は、漏れちゃうなら漏れちゃって良いかなとも思っている。


 ……私が真正面から否定するより、こっそり広がった噂の方が信憑性あるもんね。


「あのですね、実はわたくし、普通の魔法は一切使えないんですの。小さな火を起こすことすらできません」


「まあ、そんなことが……もしかして魔力も持っていないのですか?」


 カタリナは首を横に振る。


「いいえ、魔力も持っていますし、魔法も一応使えるんです。ただ、それが凄く特殊な属性で……あまり言いたくないんですが、わたくしは物を腐らせる魔法を使うことができるんです」


「まあ、それは……」


 アイリスは口元を押さえて驚きを抑えていた。カタリナは見せた方が早いと思って、部屋に飾ってある花を一つ手に取るとさっと魔力を通す。見る見るうちに枯れて散っていく花びら。口元を押さえて絶句するアイリス。


「……こんな風に、物を腐らせる魔法は使えるのですけれど、他の魔法はできないんです。だから困ったなって思ってまして」


「……そうですわね。こんな特殊な魔法があるのを知られるのも困ったことになるでしょうし、かといって全属性の強大な魔法が使えると勘違いされるのも辛いですわよね」


 アイリスが同情した眼差しで見ていた。そして何かを決めたかのように宣言する。


「わかりましたわ。同室のよしみです。カタリナさんがなんとか学園生活を送れるように協力しますわ!」


「アイリス様……ありがとうございます」


 カタリナは素直に感謝する。昨日会ったばかりだというのに、自分に協力してくれるというアイリスが天使のように見えた。


 ……ごめんね、綺麗な心のアイリスちゃんをなんとか腐らせようとした私を許して! これからは腐らない範囲で楽園(BL)の楽しみ方を教えてあげるからね!






 翌日から早速授業が始まった。


 アイリスとの話し合いの結果、カタリナは「魔法はどの属性も使えるけれど実は凄く弱くしか使えない、魔力判定の球が割れたのはたまたまヒビが入っていたせい」という噂を二人で流すことにした。上手く行くかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。


 午前中は国語と数学だった。どちらも貴族の子弟が多いこの魔法学園では、新しく学ぶというより基礎がしっかりしているか確認するという意味合いが強く感じられる授業だった。他の生徒たちも先生の指示をさっさとこなしているし、日本の高等教育を受けた記憶のあるカタリナには眠くなるのを我慢する方が辛かった。


 午後は魔法の講義と実技だった。カタリナにとって一番興味深いものだった。自分の腐属性魔法は一体どういう物なのか、詳しく知ることができるチャンスがあるかもしれないと思っていたからである。


 魔法の講義の内容は、自己で魔法を修練したカタリナにとっては真新しい情報ばかりだった。まず魔術と魔法と魔道の単語に違いがあるということに驚いた。普段何気なく使っていたので違いがあるとは思っていなかったのである。おじいちゃん先生の長ったらしい説明を要訳すると、「魔術回路を用いて一般的に使用可能な道具の一つになったもの」が『魔術』、「魔術回路を用いずに、今まで見たことないような現象を引き起こすもの」が『魔導』、「魔導を解析し、その現象を新しく作った魔術回路で再現することで新しい魔術を作ること」が『魔法』というらしい。常日頃から適当に魔法とか魔術とか言っていたが、実はちゃんと意味があったらしい。カタリナは知らなかった。


 ……つまり私の腐属性魔法は、正確には「物を腐らせる魔導」って言うわけね。なんかこわっ。


 さらに、未発見の魔導は物凄く珍重されて、様々な魔法使いに研究・解析されるらしいと聞いてげんなりとした。バレたら実験材料扱い確定である。昨日アイリスに協力を頼んで置いて正解だった、とカタリナは思った。ただ、アイリスは腐属性魔導を使えることを知っているため、そこをどうにか口止めしないといけないだろう。自分の不注意とはいえ、やることがどんどん増えて行ってため息が止まらない。


 魔術が一般的に使用可能、という点についても疑問が残った。カタリナは魔術具を使っても魔術が使えない。何か理由があるのだろうか、と思ったが皆目見当がつかなかった。ただそんなことより、人様に腐属性魔導が使えることがバレてモルモットにされる方が問題である。カタリナは魔術が使えないという問題を棚上げした。


 ……関係ないけどモルモットって雄同士でもイタすらしいね。擬人化はよ。


 講義が終わって休憩をはさむと、次は魔術の実技である。体育着のようなものに着替えてグラウンドに出る。グラウンドには先程のおじいちゃん教師が何やら大きな巻物のような物を抱えて待っていた。


 生徒全員がそろうと、おじいちゃん教師は大声で説明を始めた。なにやら張り切っている様子である。テンション上がってぽっくり逝ってしまいそうでハラハラする。


「えー、今日の講義は攻撃魔術の実践である。君たち貴族にとって、攻撃と防御の魔術、特に防御の魔術を覚えるのはとても重要なことだと思っておる。ただ防御についてはお互い攻撃の魔術を覚えてからの方が順番が良いので、今日は先に攻撃の魔術の練習を行う。まず的を用意する」


 そういうとおじいちゃん教師は抱えていた巻物を広げる。5m四方はありそうな大きな布で、表面には複雑な魔術回路が刻まれている。まるで魔法陣見たいだと思ったが、カタリナの目には布一面にびっしりと描かれた複雑な迷路のような模様だったので魔法陣と呼ぶには躊躇われた。


「えー、これからここに巨大な土の魔術で対象を形造る。みなのもの、驚かないように」


 おじいちゃん教師がそう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。そして布に手をやると、「ふんぬっ」と気合を入れるような声を出した。そのまま昇天なされたらどうしようか心配になる。


 するとおじいちゃん教師の手が淡く光り、それに呼応するように布全体も光り出した。そして周囲の地面が盛り上がり、布の上にゾゾゾと這い上がると巨大な何かを形作り始めた。1分もしないうちに小さな山が出来上がり、そしてじわじわと形が変化してソレが完成する。


 でかい羽つきの豚の像がそこにあった。


「うわ、すごい……」


「あれ、グレーターブラントですよね? B級でかなり強い魔獣の」


「初めて見ましたけど、すごく大きいです……」


 どうやらグレーターブラントという魔獣らしい。そんな豪勢な名前だと格好良く見えるが、牙の生えた羽つきの豚にしか見えないのも事実だ。飛べる豚はただの豚じゃなかったらなんなのだろうか、そんなどうでもいいことを考える。


 おじいちゃん教師が像の出来に満足しつつ、生徒たちに魔術具を渡す。


「今から火、水、風の攻撃ができる魔術具を渡す。この像は動かないが、ほぼオリジナルの魔獣と同じ構成でできておる。ちゃんと魔術回路も再現しているからそうそう壊れないぞ。あと壊れたら土の魔術が得意な子が直しておくれ。3人くらいで魔力を込めれば勝手に治るはずだ」


 そう言ってあとは生徒たちの自由時間だと宣言し、おじいちゃん教師は少し離れたところに移動した。生徒たちは自分の得意属性の魔術具を持って豚の魔獣の像を攻撃していた。


 生徒たちが楽しそうに魔術具を使って攻撃しているのを見て、ようするに授業初日によくある娯楽の時間かな、とカタリナは察する。それならば、カタリナは端っこの方で目立たないようにすれば、一度も魔術具を使わないで済むのではないか、と考えた。そのため、魔術具の順番待ちをするふりをしてスススッとおじいちゃん教師が像の影に隠れる位置に移動する。これで一安心。


 しばらく何もせずボケーとしていた。あの男の子可愛いなぁとか、あの子熱血で使えるなぁとか、クール眼鏡キャラいないなぁとか考えながら、喜々として魔術で像を攻撃している生徒たちを眺めていた。像が崩れるまで生徒の魔術が何十発も必要なので、修復要員の土の魔術が得意な子たちが暇そうだった。カタリナもその暇そうな集団に紛れるようにこっそり近づいていった。


 そのうち、こちらをチラチラ見ている目に気付いた。一つ二つではなく、何十個もの目がこちらを見ているようだった。さすがに気付かれたか、とカタリナは諦めたようにため息をつく。実際は違うのだが、クラスの認識ではカタリナは「全属性使える魔術師」だ。どの魔術具も使わずに隅っこでひっそりしていたら目立つに決まっている。どうしたものか、と困っているとアイリスがこちらに近づいてきた。ヒソヒソ声で話しかけてくる。


「カタリナ様、カタリナ様は魔術があまりお上手ではない、という噂は少し流しておきました。今ここで魔術を失敗すれば、その噂は信憑性を増すはずです……少し恥をかいてしまうでしょうけど……」


「いいえ、ありがとうございます、アイリス様。私が播いた種です、どうせだから大恥をかいてしまおうと思いますわ」


 そうニッコリ笑ってカタリナは魔術具を持っている子たちの近くに歩いて行った。すると先程まで魔術具を使っていた生徒がカタリナに話しかけてくる。


「これは火の魔術具ですが、使われますか?」


「はい、大丈夫ですわ。ありがとうございます」


 ……どうせ何属性でも使えないしね。


 そう思って生徒から球状の火の魔術具を受け取った。魔獣の像に少し近づく。どうせ魔術は使えないが、使う振りくらいはすべきだろう。魔術具を片手に持って格好つけてみる。


 うーんと唸りつつ魔術が使えないことを暴露するタイミングを伺う。ただそのとき、クラス中の全員の視線が集まっているのに気付いた。みんなカタリナが何をするか注目している。魔力の測定でガラス球を割った生徒だ、今度も何かするかも、という期待に満ちた目をしている。カタリナは冷や汗をかいた。


 ……あれ、これほんとに何もできないと大恥どころじゃ済まないんじゃ……


 カタリナは動揺した。そして少し魔術具に力を込めてみる。これだけ注目を集めて、ほんとに何も起こらないんじゃ恰好が悪過ぎる。せめて今この瞬間だけでも軽く火がついてほしいと神に祈った。「ほんのちょっとでいいから! さきっちょだけ! せめてさきっちょだけに小さいライター程度の火がついてくれれば十分だから!」と内心で必死に祈った。焦るカタリナ。魔術具に込めていく魔力を少しずつ強めていく。


 そしてたまたま偶然、ふと横に目をそらすと、ある男子生徒(赤線チェック)が横にいる男子生徒(青線チェック)に耳打ちしている様子が見えた。たぶんカタリナが何もしないのをいぶかしんでいるのだろう。何を言っているか聞こえないが、きっと「なんですぐ魔術使わないんだろな?」「わかんねぇ」程度の軽いやりとりだろう。普通の人から見たら良くある光景だ。


 だが腐女子のカタリナには良くある光景ではなかった。アンテナが反応してピンと立った。立ってしまった。


 その瞬間を形容するなら何と言えばいいだろうか。例えばティッシュで思い切り鼻をかんだらうっかりマスカラごと落ちてしまったような。お下品な例えで言うなら、オナラを出そうとしてうっかり違う物が出てしまったような。BL時空で例えるなら、王道カップリングの逆を試そうとして全力で薄い本を描いたらうっかり触手が追加されてしまったような。


 カタリナが魔術具に込めていた魔力が、そっくりそのまま魔獣の像に向かって行った。まさしく手が滑ったという表現が相応しい。自らのミスに気付いて鳥肌が立つ。そしてカタリナ特有の魔導、腐属性魔導が魔獣の像で炸裂した。周囲で見ていた生徒たちが息を飲む音が聞こえた。


 魔獣の像がケロイド状に溶けていった。


 唖然とする生徒たち。目を丸くするおじいちゃん教師。口を押さえて何も言えないアイリス。ああなんであそこで気が散っちゃったんだ集中してなきゃダメじゃないかでも野郎同士の耳打ちとか正面から見せられたらしょうがないよね常識的に考えてそういえば別に魔力を無理に込める必要なかったよね魔術が不発するなら不発で良かったじゃないかなんで私は半端にプレッシャーに弱いんだよせっかくアイリスちゃんが噂を捲いておいてくれたのにこれじゃ逆効果だよあああああああどうしようどうしよう、と内心絶叫するカタリナ。


 ……これはもう後戻りできないな。


 カタリナは目を覆いながら、モルモットになる未来への覚悟を決めた。

次話「注目されて困るカタリナ」

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