腐った女子、自己紹介をする
前話のあらすじ「同室の子は美少女」
子爵令嬢だと自己紹介したアイリスちゃんはそれはもう完璧な美少女だった。
カタリナの自己紹介やこれからの学園生活をどうしようかとか同室のルールを決めようとか話し合いをしたが、どれもお淑やかに同意しつつ、自分の意見をきっちり提案してきた。まさに社交に慣れた貴族の娘という感じがする。子爵令嬢と男爵令嬢の違いはここまであるのか、とカタリナは少し衝撃を受けた。
また、会話中にそれとなく兄様とその友達の話を織り交ぜて、表面上は「兄と私は仲良いんですよ」アピール、真の目的は「アイリスは腐る余地があるのか」と言う確認作業をしていた。「いつも二人は仲よさそうにじゃれあっていて」とか「この前串焼きを食べさせあっていたのですよ」とか「二人は同室で凄い仲がいいんです、私たちもそうなりたいですね」とかうっすらと腐要素を乗せて会話を振ってみた。
しかしアイリスは「友達同士で仲がいいのは羨ましいですね」とか「私もお姉さまとお料理を食べさせあったことがあるのですよ」とか「私たちも仲良くなれたらいいですね」とか無難というか当たり前というか、淑女として全く問題ない返事しか返ってこなかった。なかなか手ごわい。
……純粋培養のお嬢様にそもそもこちらの世界は理解できないか。これは長期戦だな。
相手が無知で純粋なお嬢様と言っても諦めるという選択肢はなかった。腐女子というのは複数人で語り合うからこそ楽しいのだ。目標は友達100人(腐らせることが)できるかな、である。
ただカタリナはアイリスと友達になりたいとは思っていた。凄く可愛いのだ、この娘は。無理やり趣味の道に引きずり込んで嫌われるくらいなら、普通でいいからちゃんとした友達になりたいと思うほど素敵な女の子なのである。なので今日は諦めて、無難に一緒に過ごし、無難に一緒に夕飯を食べ、無難に就寝した。学園卒業までは5年、それにまだ学園生活が始まってもいない。焦る必要はない。
環境の変化で疲れたのか、その日はやたらぐっすりと眠れた。
次の日、入学式だった。
入学式は何やら校長と思しき人が壇上の上で訓示を垂れていた。まったく聞く気がなかったので聞き流していたが、少し離れたところに立っているアイリスちゃんは真剣な顔で聞いていた。うん、可愛い。カタリナは校長の長ったらしい話より、その下に並んで立っているダンディなおじ様教師の方に目が行っていた。筋肉質でガッチリした体がステキで、無精ひげが非常にワイルドである。とても素晴らしい人材だ、と脳内メモ帳にあの教師の名前を調べることを赤線チェックでメモしておいた。ちなみに赤線チェックは攻め、青線チェックは受けである。
入学式と始業式は同時に行われたが、どっちも校長の話を聞くだけで終わった。担任らしき教師に案内されて教室へと向かう。貴族専用の教室だ。教室の座席は決まっているらしく、それぞれの席に名札がついていた。嬉しいことにアイリスとは隣の席だった。同室同士で早く仲良くなるための処置だろうと勝手に推測する。
レイチェルというメガネが似合いそうなキツイ感じの女教師が、学校生活についての説明をしてくれた。その後「じゃあ自己紹介をしましょうか」と言って、そしてクラスの端の生徒から順番に指名していった。
前の方の生徒から順番に自己紹介をしていくのだが、ちょっと困ったことに気付いた。趣味や目標などはみんなそれぞれ違うもので、中には子供らしくて可愛らしいと思うものもあったが、問題は「全員が共通して自己紹介すること」にあった。名前と爵位を答えるのはわかっていたが、その後自分の得意な属性の魔法について答えていた。「僕は火魔法が得意です」「私は水と風の魔法をよく使いますの」などである。
……まさか腐魔法が使えます、とは言えないよなぁ。普通聞かない属性だし……。
カタリナはどう答えるべきか散々迷ったが、答えが出る前に順番が来てしまった。もうどうにでもなれ、と適当に答える。
「カタリナ・フォン・アルブライドと申します。男爵家の令嬢ですわ。得意魔法は、その、特にありません。よろしくお願いします」
カタリナは何とかやり過ごせたとほっと溜息をついたが、教室の様子がちょっとおかしかった。何かあったのだろうと周囲を見回すと、生徒全員がこちらを見ていた。思わずヒッと悲鳴を漏らす。
……え、なに? 私なんか変なこと言った!?
内心大いに焦るが、表面上「なんでもないですわよ、次の方の自己紹介まだかしら?」というような平然とした表情を貫いた。レイチェル先生がすぐに次の生徒を指名していく。ただ、誰もその子の自己紹介を聞いている様子はなかった。教室中で飛び交うヒソヒソ声、恐らく噂の中心は自分だろう。内容が全くわからないので、冷汗が止まらない。
隣のアイリスちゃんがツンツンと肩をたたいた。そっちを向くとアイリスちゃんが手で口元を隠しながら耳打ちしてきた。
(カタリナさん、もしかして本当に全属性魔法使えるの?)
(……ファッ!?)
小さく驚いた声をあげると、アイリスちゃんが何かを察したらしく答えてくれる。
(普通は自分に向いた属性があるものなのですよ。「得意属性がない」っていうのは「全属性使える」ってことになっちゃうんですよ)
……しまったぁぁぁぁ! そんな風に解釈されるとは思わなかったよ! 全属性どころか最小限の魔法すら発現できませんよ!!
カタリナは表情だけは笑顔のまま内心動揺しまくっていた。さっそくやらかしたらしい。これからの学園生活で、自分は全属性を使える稀代の魔女として暮らさねばならないのだろうか。いや、早い段階で実は魔法使えないんです、と言っちゃえば、いやいや、魔法使えない子は哀れみの視線で見られてしまう。うわ、どうしよう……。
カタリナの心境とは関係なく自己紹介は進んでいった。隣で「アイリスと申します、子爵令嬢です。水属性魔法が得意です。よろしくお願い致します」という自己紹介と、一部の生徒のざわめきが聞こえたが、それを気にする余裕はなかった。
カタリナがどうしようどうしようと頭を悩ませ続けるうちに、教室での自己紹介が終わった。次は魔力検査をするらしい。身体検査みたいなものだろうか。カタリナはチャンスだと思った。
……ここで自分は魔法が使えないことをアピールすればいい。ちょっと恥をかくことになるけど、全属性が使えると勘違いされ続けるよりはマシだ!
魔力検査はそのためのガラス球を使って行うとのことだった。ガラス球に魔力を込めると、それぞれの属性に対応した現象が現れ、得意魔法や魔力の強さがわかるらしい。
これもまた自己紹介が行われた順で先頭の子から教室の前に進んでガラス球に魔力を込めていた。一人一人順番に前に立ってやるのか、とカタリナは顔をしかめる。これでは魔法が使えないことがバレた瞬間さらし者決定じゃないか。でも仕方ない、これも運命だ、とカタリナは諦めて飲み込んだ。
魔力検査自体は見ていて結構面白かった。火属性が得意と言っていたヤンチャっぽい男子生徒(イケメンになりそうだがまだ幼い、青線で要キープ)がガラス球に魔力を込めると、ガラス球の中で赤い炎のような何かが激しく揺らめいていた。また風と土属性が使えると言っていた男子生徒(かなり有望、青線と赤線でチェック)の場合は、茶色い何かの塊の周りを緑色の風のようなものがユルユルと巻き付いていた。どうやら魔力の強さは中で起こる現象の強さで測るようだ。人の魔力を見るのは結構楽しかったが、自分の番が近くなると憂鬱な気分になっていった。
カタリナの番になった。教室の前に出る。レイチェル先生が「全属性の子は珍しいですね。どういう風になるんでしょうか」と話しかけてきた。たぶんどうにもならないですよ、と内心で思いつつ「どうなんでしょうね」と曖昧に笑っておいた。
カタリナがガラス球に手をのせる。描いたシナリオはこうだ。ガラス球に魔力を込めるが何も起こらない、その後先生に「私は魔法が使えないのです」と悲しそうに告げてそのままそそくさと席へ帰る。おそらく嘲笑されたり同情されたりするだろうが頑張ってスルーする。よし、オッケー、この通りに行こう。
生徒たちが注目する中、カタリナが一応は魔力を込めてみる。ガラス球には何も変化がない、と思っていたが、よく見るとなにか違う。何か黒くて変な物がガラス球の中央に浮いている。今まで見たことない反応だ。黒に限りなく近い紫色の塊がガラス球の中央で激しく蠢いている。まるで気持ち悪いスライムが暴れているような光景だった。教室中が息をのむ。
すると、パァン、という音が響いてみんなびっくりする。カタリナも驚いた。なんと手元のガラス球が真っ二つに割れたのだ。クラス中がざわめく。「これが全属性か」とか「もしかして魔力が強すぎて?」とか噂が聞こえる。呆然とするカタリナ。そして、この状況を一番正しく認識しているのは彼女だけだった。
……これ、たぶんガラス球を腐らせたから割れただけなんじゃないだろうか……
クラス中は「あいつの魔力がすごいから割れた」と思っているようだったが、実際は「ガラス球の中の何かを腐らせた結果物理的に割れた」だけだった。そのことに気付いている人間がカタリナしかいない。見るとアイリスも呆然と口を押えていた。まずい、早く言い訳しないと、最強の魔法使いのレッテルがはられてしまう。異世界転生物の小説ではよくある展開だが、小さな火の魔術すら起こせない自分にそんな噂が流れるのはまずい。
「まあ、大変。カタリナさん手が!」
カタリナが大声で言い訳しようとしたところで、レイチェル先生がカタリナの手を見て声を上げた。見るとガラス球の破片が当たったらしく、手が大きく切れて血塗れになっていた。レイチェル先生が「早く保健室に」と言って怪我してないほうの手を取って教室を出ようとする。カタリナは慌てる。今は怪我の治療をしている場合じゃない。
……いや、先生、止まってお願い! 手の怪我なんかより学園生活で大怪我するかどうかの瀬戸際なんだよ! ほんと手を放して!
意外と力強いレイチェル先生に引っ張られて教室を出て行った。ざわざわとうるさい教室を後にする。今後のことを考えると、手より頭が痛かったカタリナだった。
次話「魔術の実演、ただし主人公は腐属性魔法しか使えません」