腐った女子、学寮に入る
前話のあらすじ「お兄ちゃんと友達のカップリング」
王都に行くまでの途中で、何度か村に泊めてもらった。王都に近い村はそこそこ栄えており、宿屋や道具屋だけでなく、武器屋や冒険者ギルドなんかもある立派な村だった。小さい町と言っても良い規模である。
そのたくさんあるお店の中に果物屋があるのを見つけて、ベルジェは喜んだ。
「お、やった。果物屋あるじゃん。カタリナ、また頼むよ」
「しょうがないですわねぇ」
クスクス笑いながらカタリナは馬車から降りて果物屋に向かう。近くで取れたものなのか、瑞々しい果実や泥付きで美味しそうな野菜が並んでいた。その中でリンゴの山に手を向けて、色々品定めをしながらそのうちの3つを手に取る。店主さんに銅貨を渡して二人の元に戻った。
そして馬車に戻ると、ファリア兄様とベルジェにリンゴを1個ずつ渡した。
「はい、兄様。ベルジェ様」
「さんきゅ、カタリナ」
「ありがとう、皮を剥いてあげよう」
軽く服で拭いただけでリンゴに齧りつくベルジェと、カタリナの分のリンゴを自前のナイフで皮むきしてくれるファリア兄様。性格の違いがよく表れている。ついでに、兄様の「皮を剥いてあげよう」のセリフは脳内音声フォルダに録音しておいた。12年の付き合いでこの手のフォルダはすでにいっぱいだ。
「甘くておいしいわー。カタリナはどうやって美味しい果物を見分けてるんだ?」
「それは乙女の秘密ですわ」
リンゴを丸のままむしゃぶりつくベルジェに軽く笑って誤魔化した。口元がべったべたなのだが、本人は気にしていないようだ。透明な液体じゃなければなお良かったのに、とカタリナはこっそり思った。
美味しいリンゴ選びはカタリナの得意技だ。何せどんなリンゴでも、カタリナが手にしただけでちょうどいい甘さになるのだから。「腐」属性魔法を鍛えていたときに発見した応用技である。
対象物の全体に魔力を強く通すと一気に「腐敗」が進むのだが、全体をサラリとなでるように軽めの腐属性魔法を流すと、その果物が「熟成」するのだ。リンゴは特に熟成すると甘味が増すのである。最初のうちは何度も腐り過ぎてグチャグチャに潰れたリンゴを量産していたが、慣れてきてからは簡単に甘味増量リンゴを作れるようになっていた。これのおかげで魔力操作に関しては同年代よりかはちょっと自信ある。余談だが、密閉された袋の中にリンゴを入れて冷蔵庫で1日ほど放置すると、同じように甘いリンゴを作ることができる。糖分なしで甘味が取れるので、甘いもの好きな方はどうぞご参照あれ。
「せっかく王都まで来たんだ。観光してから学園に行こう」
王都フォーリアにつくと、馬車を王都の邸宅に預けて、三人は王都観光へと向かった。さすが王のおひざ元というべきか、道具屋に肉屋に冒険者ギルドにととても活気の溢れる街並みであった。
「本当に大きな町ですのね。人が多くて目が回りそうですわ」
「大陸一安全と言われる王都フォーリアだからね。活気があるのは当たり前だよ」
ファリア兄様が笑顔で教えてくれる。ベルジェはいつの間にか買ったのか、焼き鳥のような串を食べていた。あ、ベルジェがファリア兄様に「一口いるか?」とか聞いてます。いけ、チャンスだ! そのままアーンだ! あ、兄様が拒否した。残念……。
そのまま3人で歩いて学園まで向かった。学園につくと、すでに生徒である兄様とベルジェが案内してくれた。
学園は日本の学校を想像していたけれど、どっちかというと集合住宅に近かった。そこそこの広さの校庭に一番南側にある建物が学び舎である校舎で、その裏に男子寮、女子寮の建物が一つずつあった。一番奥が女子寮である。そして三つの建物を繋ぐ形で大きな食堂があるようだった。きっと上から見たら「爪」みたいな形になっているだろう。
女子寮は男子禁制なので、1階の通り抜けできるとこまで案内してもらい、そこで二人とわかれた。基本寮暮らしは二人一部屋で、なんと兄様とベルジェは同室らしい。どんだけ妄想の火種を提供してくれるんですかお二人とも。しばらく妄想のネタが尽きません。
寮母様にカギをいただいて自分の部屋になる空き部屋へ向かった。同室の子が誰になるかドキドキしていたが、どうやらまだついていないらしい。残念に思いながら自分の荷物を整理して、二段ベッドの下側に自分の荷物やら枕やらを置いた。二段ベッドと言われると上側で寝るのが憧れがちだけど、実は下側の方が利便性高いのだ。こういうところは抜け目がない。
南向きの窓の外を見るとそこは男子寮だった。もう入寮している男子生徒はほとんどいるだろう。この窓の向こうの各部屋ごとに2人の男子がくんずほぐれつの夢の世界を彩っていると思うと、胸が熱くなる。日本での学生時代では一度も考えたこともない「早く学校生活始まらないかなぁ」という思いでいっぱいだ。ただ男子の部屋も南側にあるようなので、仮に本当にくんずほぐれつしていても、北にある女子寮からはどう足掻いても見えないだろう。残念だ。
……いや、現実の男子が本当にそんなコトしてるとは思っていませんよ? ただの妄想ですから、フフフ。
くだらないことを考えながら過ごしていると、扉をノックする音がした。同室の子だろうか、ちょっと緊張する。初顔合わせは重要だ。そこで相手に好印象を与え、少しずつうちとけた会話をし、仲良くなることまでできたら及第点だ。その上であわよくばこちらの世界に引きずり込み、腐魔法を使わずに腐らせることができたら万々歳である。我らは常に同志を求めている。
「ど、どうぞ! 開いてます!」
「……失礼しますね」
そう思っていたら扉から顔を覗かせたのは寮母様であった。せっかく緊張していたのに、肩すかしである。そう思って肩を落としたが、寮母様はカタリナの様子を意に介さず、事務的な連絡をしてきた。
「申し訳ないけど、あなたの同室の子は、こちらでちょっと手違いがあったため少し遅れると思います。ごめんなさいね」
まったく謝っている感じじゃない「ごめんなさい」と頂いたけれど、カタリナは気にせず「わかりました」と答えた。扉のしまる音。せっかく仲良くなるための数々の台詞が無駄になってしまった。まあ仕方ないとため息をついてこれからについて考える。
今後の生活を気持ちよく過ごすため同室の子と仲良くすることを第一に考えていたけれど、遅れてくるというのなら他のことをしていいだろう、とカタリナは考える。実はカタリナの入寮はあまり早い方ではなく、学校の授業が始まるのは明日からだ。たった今日1日しか余裕がない。だったら学校の様子とかを見て回った方がいいかなぁと考えながら男子寮をニヤニヤ眺めていたところ、廊下から二人分の足音が聞こえてきた。扉の前で止まる。そして今度は控えめなノック音。
「はーい、どちら様ー?」
「あ、失礼しますね」
そう言っておずおずと開けられる扉。扉の向こうには渋い表情をした寮母様と、その前にたたずむ金髪の美少女がいた。思わず目がくらむ。我々の業界で美少女は天敵なんです助けてください。
「わたくしの名前はアイリスと申します。これから同じ部屋で過ごすので、よろしくお願いしますね」
そういうと、まるでお人形さんのように可愛らしい金髪少女、アイリスが愛くるしい笑顔で頭を下げた。これから最低でも一年間、この子と同室になるのだ。美少女と一緒に一年も同室、と思うとこの先上手くやっていけるか不安になってくる。どうしたものか、とカタリナは考えるが、名案はごく身近なところに転がっていた。
……そうか、この子をこちらの世界に引きずり込んでしまえば……
美少女アイリスの将来に一抹の不吉な影がよぎった瞬間である。
次話「授業開始」