9 魔族の誇りについて
えーっと……
「……つまり?」
「レヴュンタス様は多分、試験日の自身の行動によって傷つけられた誇りを回復させたかったのではないかと思ったのです」
うん、わからない……
私はごちゃごちゃに散らかった教室の端で椅子に座ってアルシップスに説明を聞いていた。
決闘が終わってすぐに、音を聞き付けてやってきた教師達が片付けを始めたのだ。でもまあ、教師は指示を出すだけで、片付け担当の人達が脚の折れた机などを運び出しているのだが。わざわざ担当の人達がいるということは、このような事が日常茶飯事に起こるからなのだろう。魔族の学校と前世の学校の違いが明確に表れているようで、私は思わず顔をしかめてしまった。
私がうーん、と首をかしげる様子にアルシップスが不思議そうに質問した。
「エレン様は、あまり自身の誇りの形に興味が無いのですか?」
無いね
「ありませんね」
即答した。これ以上はダメという線引きはあるが、線引きの中に収まるのならこれといって誇りとかそんなものに興味はない。
「そうですか」
アルシップスは一息入れると、「これは僕の考えですが」と前置きを入れてー説明してくれた。
「試験日のあの日、レヴュンタス様はエレン様の言葉で席に戻りましたよね」
「そうですね」
「あの引き下がる行動が貴族としては恥ずかしい行動なのです」
「……つまり?」
「エレン様のお言葉で引き下がる道を失ってしまっていたのです」
「……つまり?」
噛み砕いた説明をまた噛み砕いてもらった内容でやっと理解できた。
魔族は自分の強さに誇りを持っている。だから、自身の誇りを汚される行為や、自分が弱い事を突きつけられる行為をを嫌がるらしい。敵に後ろを見せるなんて行為も、自分自身が弱いことを認めるのも以ての他だそうだ。
今回、レヴュンタスが決闘を吹っ掛けてきた理由は、試験日の時にあった。
レヴュンタスが私に挑戦的な言葉を掛けた時点で敵認定されていて、私から収拾をつけなければならなかったらしい。
えええ……何その面倒な展開……
しかし、私は元々Aクラスしかなったことがなくて、Sクラスのレヴュンタスよりも成績が下の存在だった。それを私が、「下の存在である私に啖呵を切るのは、自分が私と同等か、それ以下だと言う行為になりますよ」という形で指摘する事を言った為、収拾をつけるどころかレヴュンタスの逃げ道を塞いでしまったらしい。
自分から啖呵を切った手前背を向けて立ち去ることも出来ない。とは言っても、そのまま言い合いを続行するのは自分が私と同等かそれ以下だ、と自分で認める行為になる。どちらを取っても自身の誇りを自分で踏みにじることになってしまう。
八方塞がりの状況になってしまったレヴュンタスは、結局、試験開始時間が近いため席に戻る選択をしたそうだ。
あの悔しそうな顔は、私に言い返されたからじゃなくて、自分で墓穴を掘っちゃたからか
難しいなあ……魔族
「指摘しなければレヴュンタス様は幸せだったのでしょうか」
「そこは……何とも言えませんね」
知らぬが仏とも言えるが、魔族は自分が知らないところで恥をかくのも嫌だそうだ
どんだけ我が儘なの魔族
「でも、エレン様は悪くないと思いますよ。知らぬとは言え、結局、そんなことをしたのは自分自身なんですから」
自業自得です、とアルシップスは言った。
アルシップスの説明が終わる頃には机は元通りになっており、床に散らばった木片は綺麗に掃除されていた。
思わぬ出来事で授業時間が短くなったが、先程まで決闘で騒がしくなっていたにも関わらず授業が開始された。
「皆様、はじめまして。Sクラスの界学を担当するヴェルローツェの貴族、フィンクロゥ・ミリターシャと言います。見ての通り、種族は長耳族亜種です。ブラックエルフとも呼ばれますね。これから一年間、仲良くして参りましょう」
プラチナ色のセミロングの髪を揺らしながら褐色のダークエルフが自己紹介と共にホームルームを始めた。毎年恒例のクラスや今年の一年に関する説明が行われた。
まず、授業。
授業の種類は大きく分けて三つある。文系の授業と、武系の授業と、その二つのどちらにも属さないタイプーー試験に出ない範囲を教える授業ーーの三つだ。正確には武系の座学授業と実技授業と分かれるので四つなのだが。
試験さえ合格すれば良いので、授業は必ずしも受ける必要は無い。
授業形体も特殊で、一つの教科につき一日2回授業が行われる。六日間同じ内容を教授し、次の六日間に少し進んだ内容を教授されるのだ。つまり、同じ内容の講義を合計12回受けられることになる。
しかし、それは一つの教科について考えた場合である。例えば、文系の授業は数教科ある。それら全て一度は受講するとなると、次の段階の講義が始まる前に、文官系の全教科の講義を六日間で受けきらなければならない。一つの講義内容が六日間も同じなのは、他の講義と被る時に調整しやすいようにという学縁側の配慮らしい。
ちなみに遅刻は厳禁だそうだ。講義の時間になっても誰も来ない、なんてこともしょっちゅうあるそうなので、空き時間を有効活用する為だとか。
なんか、飽きてきた……
毎年のように長々と同じ内容を説明されるので飽きてきた。そろそろ寮に戻りたい。大体の内容は過去の記憶からおさらいしたので問題無い。
これが終われば今日は自由だとわかっているのだが、退屈だ
「では、明日から講義が始まります。時間割は去年と同じく学生証に転送されているので、後で確認してください」
私の瞼が重くなってきたところでようやく今日の講義が終わった。口元に手を当てて大きな欠伸をして席を立った。
「では、これからの予定を立てましょう」
寮に戻った後、部屋で寛いでいるとフリューラがそんなことを言い出した。
「……予定?」
「そうです」
フリューラの言葉を皮切りに他の側仕え達も口々に私に意見し出した。
「そうです!今まで全ての事に関して無関心を貫いてきたお嬢様が今年に入って他の方と交流なさるようになったのです。しかもご友人までお作りに……。わたくし、ぜひともお嬢様の交友関係を応援したいと思います!」
「わたくしも……お嬢様が望むなら、精一杯支援したい、です」
側仕えが言うには、今年の私の積極具合は奇跡に近いらしい。無関心もそのままの意味で、必要最低限の言葉しか耳を貸さず、どんな事態でも無表情を崩さない人だったらしい。なんだそれ。その言い方だと、もはや人形の域にいる。
知らなかった
私の記憶じゃ自分の顔は見れないしね
だが、今年の私は去年に比べるととても表情豊かだそうだ。大半は億劫そうだったり迷惑そうな顔だったりするらしいが、側仕え達にしてみれば歓声をあげたいレベルの進歩だそうだ。
あ、そっか
それだと城に帰った時点で私がおかしいって気づかれていたのかな
過ぎた事なのでもう気にしていないが、側仕え達を見る限り相当変化があったのだろう。何かおかしいではなく、良いように変化したと思われたのが、結果的に寿命を伸ばした気がする。
「それで、予定?とは?」
「予定とは、これから一年間の講義予定、他寮や上位領地との交流会の予定です」
記憶を見れば去年も予定を立てていたようだ。自分で予定を立てるのも面倒なので適当に調整しておいて貰おう。
「じゃあ、適当にお願いします」
「わかりました。では、大体の講義予定と明日からの予定が決まりましたら確認の為にお見せしますので、少々お待ち下さい」
フリューラに予定立てを丸投げすると、私は暇潰しの為に参考書を開いた。
「また参考書か。つまらないなら別の事をすればいいのにさ」
ルグナンシェが上から参考書を覗き見ると呆れたようにそう言った。
「わたくし、そんなにつまらなそうに見える?」
「ええ、とっても」
私は参考書を閉じて、少し俯くように考えた。
つまらなそうに見える。その言葉は、結構的を射ていると思う。私は退屈している。
確かに、魔法を覚えて使えるようになってみたい、とか、魔力だとか前世には無かった原理を知りたい、とか、その思いに嘘はない。魔法ってものは前世には無かったし、格好いいから使ってみたいし、それとは別にスポンジのように吸収する使い勝手の良い頭も楽しかった。
それでも、同じことを続けていれば飽きもするだろう。当然だ。別に魔法を勉強するのは趣味でもなんでもないんだから。
楽しいかどうかに限らず、何かしていなきゃ落ち着かない癖が今世でも健在だからね
「そうだ、ルグナンシェ。貴方に聞きたいことがあったの」
「俺に?」
「ええ。貴方にとっての誇りとは何かしら」
講義室でアルシップスと別れたとき、ルグナンシェに誇りとは何かを聞いてみると良い、と言われたのだ。アルシップスにそんなこと言われた時には、聞く相手間違えてんじゃないのかとか思ったりもしたが、軍人経験のある魔族の方が、誇りによく向き合っているらしい。
ルグナンシェはどう見ても、誇り高くってイメージは無いんだけどね
「んー……俺は特に誇りとかそんなものに固執しないからな……。軍人になったのも、単に戦いが好きだからってだけだし」
「まあ見た目からして誇りとは無縁そうですものね」
アル、やっぱ聞く相手間違えてるよ、これ
「でも、魔族の誇りが何たるかはわかるぞ。要はあれだ。自分が自分であることを他に示したいんだ」
「……つまり?」
「存在感を主張したいんだよ」
「ああ、なるほど」
訂正、すぐわかった
アルが正解でした
「でも、実際見た方が分かりやすいんだよな。なんというか、これが誇り……!って感じるみたいな」
「はあ」
「まあそれで自分の誇りが芽生えたり、とかは個個人の話になるがな。」
精霊種や人間よりの魔族は誇りが高くないらしい。精霊は元々争いを好まないし、人間は強さや自分のあり方に執着しない。斯く言うルグナンシェは精霊よりの純血種なのに戦いが好きらしい。
「それを言うと、お嬢がこんなにも誇りに無頓着なのもおかしいんだけどな」
私は悪魔族の純血種なので、普通に考えれば誇り高いのが当たり前らしい。悪魔族は魔族の中でも誇り高いのが特長なのだから純血種ともなれば誇りで凝り固まっている方が自然だという。
「でもまあ、お嬢は違うみたいだしな、うん。……ゲールにも相談した方が良いかもしれねーな」
嫌な予感がする
「ちょっと待って下さい。貴方、今何しようとしていますか?」
意志疎通を済ませず寮の窓から飛び降りた前科のあるルグナンシェに警戒して立ち上がり、即座に距離をおいた。
「おいおい傷つくねえ。別に今何かしようとは思ってねえよ」
私の反応にカラカラと笑って面白がった。イラッとする私をよそにルグナンシェはお構いなしだ。
「少しくらい出席しなくてもお嬢の成績なら余裕だろ?ゲールに相談してお嬢が誇りを知りたいって言ってたこと伝えてやるよ」
ああ、なんかまたコイツに連れ出される未来が見える……
私は、学生の筈なのに学生としての普通の生活が送れないような気がしたのは後で正解だったと知る。
遅くなりました。三日に一度の投稿に挫折関を感じる今日この頃。書きたい気分の時に書きたい箇所だけ書くので本編の更新が遅いです。何話か先は書けてるんですけど、ね……。