8 レヴュンタスと決闘
今日から私は学園指定の制服を着て中央塔に向かう。だが、登校初日は授業が無い。自分のクラスの場所を確認したり、自己紹介をしたりする日になるからだ。勿論、学生は全員登校が決まっている。
二種類の鎖はどこに付けるのか疑問だったけど、胸元に付けるのか
Sクラスの講義室は、中央塔に渡る廊下を通り、そこから6階ほど上へ歩いた場所にある。中央塔の最上階から4階下の位置だ。この世界では、位が高い程上の階に部屋を置く特徴がある。Sクラスの講義室が最上階に近いことから、そのクラスがどれだけ高く見られているのかがよく分かる。
ちなみに、今日はアルシップスと一緒に登校はしていない。互いの寮がある塔がSクラスのある中央塔を挟む位置にあるので、各々で登校することになったのだ。
「そういえば、ルグナンシェは学園に通っていた時、何クラスだったのですか?」
ルグナンシェは結構強い。魔法も上手かったし、私に勉強を教えられる位、頭も良い。
「やはり、ルグナンシェはSクラスだったのですか?わたくしに勉強を教えてくれましたし」
「いや、俺はBクラスでしたよ」
「……え?」
ルグナンシェが、笑いながら違う違うと手を振った。周りに学生がいるので、いつもよりも丁寧な口調だったが、私はそんなことを気にも止めず目を瞬いた。
「……おかしいですね。わたくしの見立てでは、ルグナンシェは優秀だと思うのですが」
魔力量も多いようだったし、領家の護衛にすんなりなれるくらいだ。腕だってたつはずだ。
「いやぁ、俺は実技は得意分野だったけど、筆記はからっきしでしてね。」
実技と筆記の落差が酷かったので、中間あたりのBクラスに落ち着いたらしい。
「お嬢に教えてた分野だって、もっぱら魔法の理論だったじゃないですか」
得意分野はお手の物でその他はダメダメか
これからも教師代わりに勉強を教えてもらいたかったけど、それは無理そう
私は心の中でそう思い、肩を落としてため息をついた。
そんなことを話しているうちに第四年期生のSクラス講義室に到着した。アルシップスはすでに到着していたようで、席についていた。他にも点々と席についている学生がいるが、彼らの顔はよく知らない。初めて見る顔ぶればかりだ。だが、知っている顔も一人いた。レヴュンタスだ。険悪な表情でこちらを睨んでいるようだが、何故だろうか。身に覚えがない。
「じゃ、お嬢。授業が終わったら迎えに来ますんで」
ルグナンシェと側仕え達が教室を出ていくと、私より後に着いたらしいアルシップスが挨拶してきた。
「おはようございます、エレン様」
「おはようございます、アル様」
私も同じように挨拶を返す。
アルシップスは意外と会話ができる。最近接してみてわかったのだが、最初に抱いた口下手という印象は自信のなさそうな姿からそう見えただけで、話すというのが苦手な訳ではないらしい。
私はアルシップスの近くまできて椅子に腰を下ろすと、教卓の上の時計を見た。随分ギリギリに来たと思ったが、そうでもないようだ。授業開始まで時間が余っていた。
ガタリ、と椅子が引かれる音がして、こちらに足音が向かってきた。
「エレネイア・ベネフィッド」
ああ、試験日にもこんな事があった気がする……
私が声のした方へ顔を向けると、そこには予想した通りの人物が立っていた。ただ、前より少し声のトーンが低いような気がした。
「おはようございます、レヴュン」
「貴女に決闘を申し込みます」
……相手の言葉を遮る人は好きじゃないんだけどな
レヴュンタス様、と続く言葉を遮られ、面倒な気持ちでレヴュンタスを見た。魔族はせっかちな人が多いのだろうか。
しかし、レヴュンタスは何故か沈痛な表情を浮かべていた。試験日に声をかけてきた時は自信に満ちた表情をしていたが、今日のレヴュンタスは腹を括ったような顔をしていた。アルシップスは心配そうに私とレヴュンタスを見ると、空気を読んだかのようにその場から距離を置いた。
……え?
待って、なにこれ、今どんな状況!?
シリアス?
シリアスな展開なの?
誰か教えて!
瞬間、柔らかい風が私の頬を撫で、後方から凄まじい音が響いた。私の予想が正しければ、これは多分、後ろの教卓あたりが破壊された音だと思う。
「……わたくしはまだ了承していませんが?」
私が状況を読めないままなんで攻撃したのか問うと、カッと、レヴュンタスの顔が赤く染まり、怒り心頭といった様子で睨まれた。
「魔族は誰よりも自分の存在を誇りに思う生物です。たとえ、どんなに弱々しい魔族であっても、一日生きるのもやっとの魔族であっても、です」
うひゃあ……
凄むレヴュンタスに私は立ち上がるフリをして一歩後ろに後ずさった。
「わたくしも魔族ですから、当然、誇りを胸に生きてきたました。
……しかし、わたくしは事もあろうか、試験日のあの日、自分自身の誇りを裏切ってしまったのです」
えっと……それと私に何の関係が……?
「相手に背を向けるのは、自分の強さを貶める貴族としてあるまじき行為です」
「……はぁ」
私はいまだ理解できない頭でなんとなく返事をした。
「ですから、わたくしは自身の誇りを証明する為に、貴女に決闘を挑みます」
すみません、やっぱり繋がりがわかりません
ついでに魔族の誇りとかいうモノもわからないです……
現在のレヴュンタスの状態で声に出せばブチ切れるだろうことを肌で感じながら心の中で呟いた。
どうやら、どこかで虎の尾を踏んでしまったようだ
いや、とてつもなく屈辱的なことをしちゃったかな
どっちにしろ解決策が浮かばないんだけど
私がこの状況を持て余していると、第二射が用意されていた。
「え"っ」
「貫く大渦!」
間一髪で回避に成功する。今のを躱さなければ頭が吹き飛んでいた気がした。チラリと後方を見ると、渦巻く一本の水の槍が壁に突き刺さっていた。ヒヤリと背中に冷たいものが走った。
ヤバイ
これはマジで当たったらヤバイヤツだ
「わ、たくしの意思に関係なく攻撃するのですね。決闘の申し込みなど意味を成さないではないですか」
私がなんとか理詰めで戦闘を止めさせようとすると、レヴュンタスが眉をひそめて言い返した。
「宣言することにに意味があるのです。いきなり攻撃を仕掛けるなど、野蛮ではありませんか」
「わたくしにとってはいきなりだったんですけど!?それに、戦闘は野蛮じゃないんですか!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
あまりにも自分本位だ。しかし、私の言葉は聞いていなかったかのようにどんどん渦巻く槍を量産させる。
私は大型の魔法の気配を察知し、椅子からジャンプして動きやすい机に乗った。そして、直ぐ様隣の机に飛び乗る。
「呑み込む大妖!」
「ひゃああああっ!」
美しい木目の机が次々と木片に変わってゆく。鬱陶しい程耳元を追う轟音は執拗に私を追ってくる。
一方、私は久方ぶりのカルチャーショックに泣きそうになっていた。
これが魔族の普通なの?
というか、これ私が悪いの!?
攻撃とか当たれば、下手すると死ねるんだけど!
理不尽にしか思えない攻撃に涙目になる。
……割りには、私は軽々と魔法を避けていた。
理由は簡単だ。魔力関知で魔法が飛んでくる前に逃げているのだ。レヴュンタスの魔法は威力が高い。連発出来ることを見ても、魔力量が多いのがわかる。逃げ回る私に魔法が当たりそうになるのも、レヴュンタスのコントロールが上手いからだろう。
でも、威力が高い弊害なのか、魔力がだだ漏れなのだ。そんな状態じゃ、魔力関知に簡単に引っ掛かる。只でさえレヴュンタスの周りは魔力濃度が上がっているのだから、魔法を構築しているのも丸見えだ。作る所から狙いを定める所まで丸見えなのに、どうして当たろうか。
「どうしたのですか。何故、反撃をしないのです!」
私が涙目になっているのはこの状況だ。攻撃を止めさせる方法がわからないのだ。
怒ってるのはわかるけど、理由がわからないし
制服が動きやすい服で良かったかも
あっ……ぶない!
必至に解決策を探すが見つからない。
「余所見をするなどっ!」
「あー、うー……。わたくしが悪かっ」
怒るレヴュンタスに納得のいかないまま穏便に事を済ませようと謝りかけると、太ももあたりを氷の槍が切り裂いた。
「い……あっ」
私は太ももを押さえて距離をとった。赤い血が一筋ブーツまで流れたが、幸いな事に傷は浅い。
「痛いじゃないですか」
「謝らないで下さいませ」
レヴュンタスの声と私の声が重なった。
私にどうしろと……
そこまで考えた時点で思考放棄した。
ああもうっ、結局どうしてほしいんだよこの人!
もういいや、正当防衛
そっちが攻撃してくるなら、こっちも黙っちゃいないんだから!
考えるのを止めた私は、とりあえず相手の動きを止める事にした。
その為にはまず、魔法を相殺……!
「水竜の咆哮!」
「水の妖精の円舞曲!」
水の魔法が拡散した先で、レヴュンタスが目を見開いた。渦巻く水の大砲を私の魔法で拡散させたのだ。勢いを失ったレヴュンタスの魔法は形を保てず散り散りになって床に落ちた。まるで水のように。
レヴュンタスは、一度「くっ」と悔しそうに歯を食い縛ると、少し落ち着いたように呟いた。
「そうです、それでいいのです。魔族の世界は弱肉強食。強さこそが自身の証明であり、誇りの証。さあ、決着を」
「長い」
私は魔力で作った槍をレヴュンタスの下に精製して、上に伸ばした。レヴュンタスはギリギリで魔法を避けてし満足そうだが、私は面倒臭さでそろそろ限界だ。
「そろそろ終わりにしましょう。わたくし、話を聞かない相手は好きじゃないので」
私の魔力は、私の目であり、手であり、足だ。何でも作れるし、どんな形にも変える事ができる。
故に、私の魔力はどこにいても、私のモノだ。
「魔喰らいの牢獄」
突然、水の妖精の円舞曲で弾けさせたレヴュンタスの魔法の水が動き始めた。私の魔法で相殺したので、床を濡らしている水には私の魔力も混ざっている。その魔力を使って魔法を発動させたのだ。この魔法は呪文で発動する訳ではなく、自分の魔力を直接動かして発動させた魔法だ。私の魔力で相手の魔力を相殺させる魔法。それが魔喰らいの牢獄という魔法だ。
いや、これは魔法と言う名のごり押しだね。
こんな無骨な魔法あっていいのかと今し方発動させた魔法にツッコミを入れると、私の魔法に捕らわれたレヴュンタスを見た。やけにスッキリした顔が腹立つ。
「わたくしの負けですわ、とどめを刺してください」
「嫌ですよ面倒臭い。そんなにとどめが欲しいのなら自分でとどめを刺せばいいではありませんか」
そんな役目をわざわざ押し付けないでもらいたい
大体、いまだにレヴュンタスの行動がわからないのに
「そういえば、貴女は弱肉強食と言っていましたね。なら、貴女がわたくしに指示する謂れはありません。勝手に自分でとどめを刺してください」
勝手にくたばれ巻き込むなと言えば、「確かに貴女の言う通りです」と言い、突如起こった戦いが終了した。私は魔法を解き、レヴュンタスは素直に引き下がっていった。
「エレン様、大丈夫ですか?」
アルシップスは戦いが終了した事を確認して近寄ってきた。当然、見ているだけで何もしてくれなかったアルシップスに私はむくれた。
「……そんなにわたくしを心配してくださるなら、先程の戦いを止めてくれれば良かったのです」
「決闘に水を刺すのは魔族としてあるまじき行為ですので」
出したくても出せませんとアルシップスが苦笑した。魔族の決闘に手を出すのは決闘する者達に侮辱するも等しい行為らしい。
「でも、レヴュンタス様の行為には少し疑問が残りますね。エレン様が戸惑われたのもわかります」
「そ、うですよね!いきなり決闘を申し込まれたら戸惑いますよね!」
「いえ、そうではなく」
やっぱりおかしかったよね、私正しかったよねと安心しようとしたが違うらしい。
「レヴュンタス様に決闘を申し込む理由が思い付かないのです」
また遅れました。目標の3、4日に投稿はむずかしそうです。日時が一週間以上空くことはないと思いますが、確約できません。
何故か決闘が始まり謎の展開で終わりました。人間としての思考で動くエレンにはレヴュンタスの行動指針がわかりません。魔族の行動原理もわかってないので。インドの人が断食をするのは食の喜びを認識するという意味があるそうですが、日本人でそんなこと知る人は少ないので、多くはただ大変だなと思うような感じです。知らない事を理解するのは難しいですね。