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レム・スリーピング!  作者: ニジ
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第ニ話 Resolutions ③

 帰宅後、レムは遊び疲れたのだろう。車中からすでに寝息を立てていたのでそのまま起こさずにベッドへと運んだ。レムの事なので腹が空けば自然と目を覚ます。光太にはその間に話しておきたいことがあった。もちろんリカルドとリーナにだ。あの一瞬から、光太はずっとそのことで頭がいっぱいだった。


「……それはあれか、既視感ってやつか?」

「まぁ……。ただ、そんな曖昧なものではなくて……」


 ふとした一瞬に『あれ、こんなこと前にもあったような……』と感じたことがある人は多いだろう。それを既視感と呼ぶ場合、往々にしてそれがいつのことだったかを思い出せない場合が多い。とある精神分析学者は『夢で見た出来事が無意識の中に残っており、それが実際に起きた出来事と類似性があった為に既視として感じる』と著している。夢で見たこと自体を覚えていないのならば、それがいつのことだったか、など当然思い出せるはずもない。


 ただ今回の件に関してはどうか。


 動物園にて光太が美森と顔を合わせた時のワンシーン。

 あれを既視感と呼ぶにはその定義からずれているように思える。何せ光太自身がしっかりと『いつ視たか』ということを覚えているからだ。ただ、あくまで『視た』だけで実際に『体験した』のはあの時が初めてとなる。


 予め視たことが後に起こること。


 既視感という言葉より、もっと的確に呼び表すことができる。


「……予知、に近かったと思います」


 そう言うと、リカルドとリーナの表情が明らかに変化した。


 光太としてはその言葉をあまり使いたくはなかった。口に出してしまえば何かこう、認めざるを得なくなるような、そんな焦燥感に駆られる気がしていたのだ。


 時を超えたレムがここにいること。

 王女から託されたアウロラブルー。


 これらのことから光太もあの童話が事実であるとすでに納得はしている。しかし、その根源にあるのは『レムの死が予知されたこと』に尽き、それは回避されているはずだとされていても今日体験したことを予知だと認めてしまうことで、同時にレムの死も抗いようのないものなのではないか、と不安が過ってしまう。

 そう光太に思わせるほどまでに先日『視たこと』と今日『体験したこと』は一致していたのだ。


 しかし光太はあえて自分からその言葉を口にした。

 不安になりたかった訳でも、レムの死を抗えないものと認めた訳でもない。


「いや、しかしですね。レム様ならともかく光太様が予知夢を視たというのは……」


 本来レムに受け継がれているはずの力。もちろん光太は過去、一度としてこのようなことは経験したことがない。それが突然起こった理由。


「思い当たる節はある」

 リカルドが口を開く。

「光太もアウロラブルーを持っている。それはつまり予知夢の力も、とな」

 

 研究の成果でからいえば、確かにそうとも考えられる。


「なるほど……」


 リーナにもあの夢の話は伝えてある。結果的にこうなる予兆はあった、ということ。


「今回の件を『視た』とき、確かに碧い光を感じました。今思い返せばあれはアウロラブルーの光だったかもしれないです。それにですね、これはオレの憶測に過ぎないんですけど、レムも夢を視ていたんじゃないかと思うんですよ」


「ん、その動物園での一幕をか?」

 リカルドは興味深そうに首を傾げた。

 

 前に夢を見たことがないと言ったレム。そのレムが予知夢と思われる夢を視ていたと光太は言う。


「はい。視たのは映像というよりもその一瞬だけ、写真みたいなものだったんですけど、俯瞰的にではなく、あくまで主観的に視えたんです。なのに、あの場面にはオレ自身の姿もあった……」


 あの時、光太が視た視界の中で茫然と立っていた男。それは紛れもなく光太自身だったのだ。逆にいなかった、その姿が目に映らなかったのがレム。


「レムの目線でそのワンシーンを視ていた?」

「位置関係からいってもまず間違いないと思います」


 本来、目で見える範囲には自分の顔の一部や、方向によっては体も入るだろう。それを加味すれば自分自身かそうでないかの判断はつきそうなもの。しかし、あの光景はまるで目だけがそこにあるような感覚に近かった。それがまさしく自分自身の存在感が希薄に感じた原因であり、位置関係からの判断を用いた理由でもあった。


「ですがあの時、レム様はおかしな素振りを見せていなかったように記憶しております」


 レムは確かに美森とは初対面だという雰囲気だった。光太のように驚く様子も特になかったので、もしそのような素振りを隠していたのならばとんだ大女優だ。


「ええ。だから多分、レムは夢のことを覚えていないということなんだと思います」


 生まれてすぐを除いたとして、物心ついてから十二歳を過ぎるまでの間、一度も夢を見たことがないということはやはり少々疑問が残る。例え見ていたとして、その全てを覚えていないということもまた疑問が残りはするが、どちらの方がこの場合納得できるだろうか。


「あくまでレムが予知夢を視て、オレにそれが伝わっているんじゃないか、って気がします。なぜか夢を覚えていられないレムの代わりをオレがしているような……」


 先程リカルドはアウロラブルーと共にその能力までもが光太に渡されたという可能性を話したが、光太の抱いた印象とは少し違っていた。


 忘れもしない、あの時の王女の言葉。


 ――娘を、支えてやってください。


 それが『助けて』とか『救って』とかだったならば、リカルドの話したように光太も受け止めていただろう。

 だが、王女は『支えて』と光太に告げた。

 そこからはレムをサポートする役目を仰せつかったのだと判断できなくはないだろうか。だからこそ光太自身の目線ではなく、レムの目線によってその予知を視た。


「ですが、その憶測を確かめる術はあるのでしょうか?」


 それは確かに難しい。レム本人に確認したところで覚えてなければ話すこともできない。しかし、実際に体験した光太だからこそ感じられたことが一つある。それこそが重要だった。


「うむ……、要するにだ、『こうなったからにはそこに理由が存在している』ということか?」

「そうです。ただこのままレムの誕生日を待つだけではダメだと……、そう思えてならないんです」


 予知夢が必要となる事態がこの先に待ち受けている。しかし、レムは視たとしても覚えておらず、人に伝えられない。故に王女は現れた。

 光太は心に警鐘が鳴らされたのを確かに感じた上でそう考えたのだ。


「レムを日本に寄こしただけではあの予知は覆せていなかったと考えるべき、か……」

「茨木博士のラボが襲われたことも関係あると思われます」


 すでに危険がそこまで迫ってきている。


「ああ、まずはその線から追ってみるか。リーナ、軍に連絡を入れてくれ。手を貸してもらおう」

「了解致しました」


 リーナは指示を受け、専用の無線機が積んである自分の車へと向かった。


「先生、オレは?」


「ここからはワシたちに任せて……」

 リカルドがそこまで言いかけたところで、光太は首を横に振った。


「オレ、もう決めましたから」

 光太の目はまっすぐリカルドを捉えていた。


「フッ、そうか。光太は今後、予知らしきものを視たらワシたちに即報告しろ。いいな?」


 レムには幸せを感じてほしい。抱え込んだ寂しさよりも、たくさんの楽しさを与えたい。

 だがそれも、全ては生きていてこその感情だ。

 残された期間、レムの十三歳の誕生日まではおよそ二十日。

 その短い期間で、未来を変える何かを見つけなければならない。


「はい!」

 光太は強く返事をした。



 それを境に、茨木家は急に慌ただしくなった。

 まず、リーナは所属する軍と連絡を取り、イバラキラボの火災事件についての調査を依頼した。地元の消防と警察によってすでに調べは始まっていたが、どうやらそこに介入するだけでなく、調査自体を丸ごと引き継ぐ段取りのようだ。確かにその方が色々と都合が良い。


 現在、光太の両親であり、ラボの責任者たる秀和と明里は地元警察によってその身柄を拘束されている状態だとリカルドが話してくれた。事情聴取や現場検証などで自由が利かなくなってしまうが、あの事件が何者かによって引き起こされたものだとしたら、身の安全を確保するのに最も手っ取り早かったのが警察の庇護下に入ることだったからだ。


 それも軍が引き継いでくれるのだから、事情をリーナから伝えられる分だけ動き易くなる。秀和と明里には引き続き、魔女に関しての調査を続行してもらわねばならない。レムの死が回避されていないことを前提として動く以上、童話の魔女という存在が大きなカギになることは明白だ。


 これらのことは主にこの家の外で動いてもらうこと。


 茨木家内部が慌ただしくなったのには別の要因が存在していた。

 動物園から帰宅して光太たち三人が話をひとまず終えてなお、レムは目を覚ましてこなかった。時刻はとっくに夕飯時を過ぎており、あのレムが腹を空かさないなんてことは考えられない。よほど遊び疲れたのかと、光太が部屋まで様子を見に行った。


 しかし、そこで眠っているはずのレムの姿がなかったのだ。


「家の中にはいません」


 風呂場やトイレなどまで隈なく見て回ったリーナだったが、レムの姿はどこにもなかった。


「ど、どうしますか、警察に連絡を……」

「焦るな光太。こんな時の為にワシたちがいる」


 危険が迫っていると判断した矢先の出来事。光太は動揺を隠せなかったが、リカルドとリーナは冷静だった。


「ワシたちはずっとリビングにいた。玄関から出て行ったのなら気付くはずだな?」


 玄関まで行くにはリビングのすぐ横を通らなければならない。扉が開閉されれば音や気配で気が付くはずだ。


「レム様のお部屋の窓は内側から施錠されていました」


 レムが寝ていた部屋の窓から庭へと出られる。が、鍵が閉まっていてはそうとは考えられない。


「じゃ、じゃあ、どういうことですか?」

「わからんが、家の中にいない以上は外を探すしか無かろう。光太は隣を見てこい。もしかしたらお邪魔しているかもしれん」


 レムが一人でも行けそうなところといえば恵の家くらいしかない。先日も足を運んでいるので十分に可能性がある。


「わかりました」


「リーナはあの二人に連絡して周辺を調べさせろ。ワシも近くを見てくる。もしレムが戻ったら携帯を鳴らしてくれ」

「承知致しました」


「あの、先生、二人っていうのは?」

「ああ、リーナの他にも護衛役を呼んである。不審者がこの家に近寄らないように周辺警戒を担当してくれているんだ。機会があれば紹介する。とりあえず今は急ぐぞ」


 リーナを一人家へと残し、光太とリカルドは外へと駆け出した。


 光太は急ぎ、和久井家のインターホンを鳴らす。


「はーい」

 マイク越しに聞こえてきたのは恵の母の声だ。


「あ、光太です。こちらにレム、うちで預かってる外国の子って来てませんか?」

「ああ、レムちゃんね。ううん、今は来てないわよ。どうかしたの?」


 ここに来ていないとすると早速当てがなくなってしまった。かといって恵の母に事情を話して大事にする訳にもいかず。


「あ、いえ何でもないです。ちなみに恵は……?」

「今日は遅くなるって電話があったわよ。友達と一緒にいるって」


 恵の手だけでも借りようかと思ったが、まだ戻っていないのならそれも仕方がない。


 光太は礼だけ告げてその場を後にした。残るは手当たり次第、近所を探す他なかった。

 リカルドとは逆方向へと走り出し、辺りを見渡す。レムがいつ頃いなくなったのかはわからないが、子供の足ならそんなに遠くには行けないはず。ただ、夜道を一人歩いていて誘拐でもされていたら、と考えると一気に血の気が引いてしまう。


「レム! どこだ!」


 逸る気持ちを必死に抑えながら、光太はとにかく夜空の下を駆けずり回った。住宅街を抜け、すでに店が閉じた後の小さな商店街を抜ける。辺りは閑散としており、野良猫くらいしか歩いていない。痴漢注意と描かれた看板が不安を煽ってくる。


「くそっ」

 光太はその看板を殴りつけ、再び走り出す。


 急坂を全速力で駆け上がり、高台にある神社の入り口まで辿りついた。

 息が切れ、立ち止まる。鳥居に手をつき、しゃがみこむ。肩が上下に動くほど苦しかった。


 そこに『それ』が起こった。


 最初は酸欠になったせいかと一瞬思った。


 だが、すぐに違うと気が付いた。


 目の前が真っ白になり、碧い光が世界を包む。


(この前と、同じだ)


 徐々に碧い光は収束し、とある光景を映し出した。


 光太は視た。


 普段より低い目線。月明かりだけが射し込む薄暗い室内。


 シーンがパッと変わる。


 三つ並べられたベッド。そのうち一つで寝ているのは……。


 連続写真かのように、またシーンが移り変わる。


 目の前に後ろ姿。外を眺めているのでその顔まではわからないが、この服装には見覚えがある。


 そこにはやはり光太自身の姿もあった。


 それを最後に世界が一瞬で元へと戻り、神社の赤い鳥居が目前に現れる。


(なんでアイツと一緒にいるんだ?)


 光太は考えながら下を向くと、しゃがんだ時に落としたのだろうか、胸ポケットに入れていたはずのアウロラブルーが地面に転がっており、淡い碧光を放っていた。

 その輝きはまるで、レムの危険を知らせているかのようだった。


(レム!)


 光太が再び走り出そうとしたときだった。


 ――プルルルル、プルルルル


 携帯電話の着信音が静寂の中に鳴り響く。

 リカルドからか、リーナからか、レムが見つかったという知らせだろうか。

 光太は手に取り、ディスプレイを見た。


 非通知。


 この時間、この状況、光太の携帯電話を鳴らすであろう人物の番号は登録済みだ。自宅でもなく、リカルドでもなく、リーナでもなく、恵でもなく、ましてや両親ですらない誰か。

 嫌な予感がしてならなかった。本能がその電話に出るなと告げていた。

 光太は震えるその指先で『通話ボタン』を押した。


「……もしもし」


 恐る恐る応えると、受話器の向こう側からは妙にくぐもった声が聞こえてきた。おそらく変声機か何かを使っていると思われ、男か女かもわからない。


「……姫から手を引け。金輪際近づくな。さもなくば、関わる全ての人が不幸になる……」


「なっ」 


 ――ガチャ、ツーツー

 その一言だけで一方的に通話は切られた。


「なんなんだよ!」

 声を張り上げてしまうほどに焦りの色が急速に濃くなった。


(考えろ、考えろ……)


 波打つ感情を押し殺し、光太は必死の思いで頭を働かせる。

(姫――。レムのことだ。童話『夢見の眠り姫』、その眠り姫本人であるレムに間違いない。そのレムから手を引けとはどういう意味だ? いなくなったレムを探すなということか? それとも……)


「レムの死を回避しようとするな、ってことか?」


 光太は自ら口に出して悪寒がした。まさにそう動こうとしていたタイミングでこの事態。それが指し示すことはなにか。


「誘拐……、脅迫!?」


 関わる全ての人が不幸になる――。その言葉が光太を震え上がらせた。


(父さん、母さん、先生、リーナ……、恵や古賀さん……、そしてオレ自身も……)


「ん? さっきの予知ってもしかしてこれのことか!」 


 この事態を伝えなければならない。その一心で、光太はリカルドに電話をかけようとした。


 が、


「ん、いや、待て待て待て待て……。何かおかしくないか……?」


 ディスプレイに映し出されたリカルドの名前を見て、光太は奇妙な引っ掛かりを覚えた。

 光太は自問自答する。ぐちゃぐちゃに乱れた脳内を整理し、電話の主の一言を幾度となく反芻した。


(攫われたレム。誘拐犯は電話のやつ。レムを人質にとって、手を引かなければ関係者が不幸になると脅した……)


「……やっぱりおかしい」


 ――金輪際近づくな。


 この一言が気になった。


 レムに近づかせたくない、手を引いてほしいと犯人は考えている。しかし、要求がそれならば忠告する相手を間違えていないだろうか。犯人はレムを攫った時点でどこか遠くに逃げればいい。一介の高校生である光太にそれを探す力はないに等しく、抑止力を求めるならばリカルドやリーナに告げた方が効果的に思える。茨木家にレムがいたことを知っているのだから、リカルドやリーナもそこで暮らし始めていることも当然知っていたはずだし、光太の電話番号を入手できたのなら、また然り。それとも軍人である二人を敵に回したくなったのか。それでも光太が二人に報告しないはずはない。


 とすれば、


「犯人は、あえてオレにそれを告げる必要性を感じていた?」


 もしくは光太を動揺させることこそが目的か。だとすれば効果てき面といえる。

 だが光太は、犯人にレムの元へ近づく可能性が最も高いのは自分だと判断された、そう考えた。犯人は光太のことを軍に影響力を持つリカルドたちと同等、もしくはそれ以上に邪魔だと感じた。


 何故か?


「知ってるのか……。オレが予知夢を視ていることを……」


 光太は再び走り出した。


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