第ニ話 Resolutions ①
第ニ話 Resolutions
光太と恵の春休み最終日である今日は晴天に恵まれ、絶好のピクニック日和となった。
現在の時刻は午前八時前。朝に弱いレムも楽しみにしていたせいか早起きで、弁当を作るリカルドを手伝っている。キッチンの上に置かれた皿には次々と不格好なおにぎりがこれでもかと積まれてゆき、すでに山のようにそびえ立っていた。光太がいくらなんでも作り過ぎじゃないかと進言しようとしたそんな時、来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。恵が来るにはまだ少し早い。
「はーい」
玄関に向かった光太がドアを開けると、そこにいたのは外国人の女性だった。年齢は二十代、キッとした琥珀色の瞳、肩まで伸びたウェーブ気味の赤い髪。それだけ見るとモデルのような洗練された美しさを感じるのだが、どういう訳か、絵に描いたような探検隊を彷彿とさせるベージュ色の上下に身を包んでおり、背中には大きなリュックサック、首からは双眼鏡をぶら下げ、手にはその格好にとても似つかわしくない堅固な作りのアタッシュケースを持っていた。その妙なアンバランスさが怪しさを通り越えてコミカルに思える。
「えっと……、どちら様ですか?」
少なくとも光太の知った顔ではなかったが、すぐにその正体は明かされることとなった。
「おお、来たか」
後ろから顔を出したのはエプロン姿のリカルドだ。
コミカルさではこちらも負けていない。ファンシーなウサギのアップリケがエプロンの胸元で踊っている。
「中将、おはようございます。リーナ=コストナー、只今参上仕りました」
リーナと名乗る彼女はビシッと敬礼をし、続いて光太に目を向けた。
「貴方が茨木光太様ですね。本日よりこちらでお世話になります、リーナと申します。以後お見知りおきを」
「あ、よろしくお願いしま……え?」
(こちらで? お世話に?)
あまりにも丁寧に挨拶されて、思わずそれに答えそうになった光太だったが、さすがにすんなりとは聞き流せない。
「リーナには今日からここの護衛任務についてもらうんだ」
レムには聞こえないようにリカルドが小声で説明する。
確かにそういう話は心得ていた光太だったが、まさか女性が来るとは思っていなかった。
それに、
「リーナさんもここに一緒に住むって事ですか?」
それも想定外のことだった。護衛といってもどこかへ出かける際にこっそり見守ってくれるような、光太はそんな感じのものを想像していたのだ。これではまさに二四時間体制の護衛となり、事はそれを必要とさせるほど危険な状況なのかと不安すら感じた。
「彼女はこう見えて軍特殊部隊で活躍する現役のエリートでな。ワシが無理言って来てもらった。とはいってもアレだ、レムの世話には何かと女手も必要になるだろう? リーナにはその辺りのサポートもしてもらおうと思っている」
リカルドの言う通り、この先ずっと恵に頼りきりでは問題がある。明日からは学校も始まるし、リカルドだってずっと家にいてレムの傍についていられる訳ではない。どうしたってレムの世話をする人間は必要だ。
それにしても、と一度抱いてしまった不安がなかなか拭いきれない光太に気が付いたのか、リーナが笑顔で声をかけた。
「大丈夫です。事情は伺っておりますが、あくまで万が一に備えてですから。私の任務は主にレム様のお世話だと認識しております」
リカルドも先日、同様のことを言っていた。荒事の専門家が二人してそう言っているのだから単に考えすぎなのかもしれない。光太はとりあえずそう思うことにした。
「じゃあ、とりあえず上がってください。部屋に案内します。荷物はそれだけですか?」
引越しと考えればこの大荷物も仕方ないだろう。光太は運ぶのを手伝おうとした。
「あ、いえ、これは……」
しかし、何故か遠慮気味に構えるリーナ。
「そういや何でそんな格好してるんだ? アフリカ帰りか?」
不思議がるリカルド。
どうやら今の服装はさすがに彼女の普段着ではないようだ。
「いえ、サファリに行くと窺いましたので、私なりに準備を整えて参りました」
リーナはリュックサックを下ろしてそれを開ける。
すると中には大量の缶詰や水を初めとし、コンパス、地図、ランプ、簡易燃料など、無人島でサバイバル生活でもするのかというような物がギッシリと詰められていた。
「あの、これから行くのはサファリじゃなくて動物園……」
「いや、サファリに行くにしたってこんな荷物必要ないだろう」
「……ではこれも必要ありませんか?」
光太とリカルドに一斉にツッコまれ、リーナは続いてアタッシュケースを開けて中身を披露した。
「なんですか、これ」
部品のような物が丁重に収納されていたが、光太にはそれが何かわからなかった。ただ、一目でわかったらしいリカルドが額を抑えていることから、まともな物ではないらしいことだけは伝わってきていた。
リーナは慣れた手つきでその部品をあっという間に組み立てる。
「はい、これで完成です」
まるで工作をする子供向け番組かのように完成品を披露するリーナ。しかし、その手に持たれていたのは決して子供には見せたくはないもの。
アサルトライフルだった。
「……え~、それは何に使うつもりで持ってこられたんでしょうか?」
ライフルを手に平然としたリーナを前に、光太は初対面ということもあって無碍にもできず、特にしたくもない質問だったが仕方なく口にした。
「猛獣と遭遇した際など、これで脅威を殲滅致します」
「あ、そうですか……」
(この人は一体何から護衛してくれるつもりで来たんだよ)
どうやら変な住人が一人増えることとなり、また別の不安を過らせる光太だった。
光太はリーナと共に荷物を部屋に運び込んでからキッチンへと向かった。当然、あの物騒なライフルは分解させてある。
「ん~、だれ~?」
弁当の残りで朝食をとっていたレムがリーナに気付く。どうやらレムは他の三人が玄関先で話をしていた間にずっと食べ続けていたようで、先程あった大量のおにぎりはすでに半分以下になっていた。むしろ朝食の残りが弁当になるのではないかと思ってしまう。
「リーナと申します。中将、ではなく、先生の、ええ……、生徒、です。私も今日からレム様と一緒にこちらで暮らすことになりました。よろしくお願い致します」
しどろもどろではあったが、子供相手にする挨拶とは思ないほど丁寧にリーナはお辞儀をした。軍人らしいといえばそうだが、元来彼女はこういうことにちゃんとしているのかもしれない。他はどうだか、すでに甚だ怪しくはあるが。
一方、その挨拶を受けたレムは食べかけのおにぎりを皿に置き、おしぼりで手を拭いてから椅子を下り、先日デパートで購入したばかりのフリルのついたミニスカートを両手でぴょんと摘んでから、
「レムだよ!」
と、お決まりの自己紹介を返した。
「リーナもおにぎり食べよ?」
「はい、頂戴致します」
レムに促され、リーナは席へとついて一緒におにぎりを食べ始める。
「先生、お弁当の分は大丈夫ですか?」
さすがに心配になった光太がそう訊くと、
「おかずはあるが……、もう飯がないな」
という、非常に残念なお知らせが返された。
「リーナが持ってきた缶詰の中に白飯があった。それをもっていくとするか」
彼女が用意してきたのは市販されている物とは違う、いわば軍用糧食缶詰だ。その中には確かにご飯の缶詰もいくつかあった。まさか動物園に行くのにそんなものを持っていく羽目になるとはだれが予想したことだろう。
いや、別の意味でリーナは予想していたのかもしれない。
「おっはようございまーす!」
午前九時前。予定通りに恵がやってきた。淡い緑色のカーディガンに下はデニムのパンツ、横髪には先日レムにも渡したお揃いだというビーズが散りばめられた髪留めがキラリと輝いている。手にはバスケット型のカバンを持っており、まさにピクニックに出かけようという格好だ。
「あ、メグ~!」
「おはよー、あ、レムちゃんもそれ使ってくれてるね!」
レムも恵と同じ髪留めで前髪を留めていた。
「ねぇねぇ、外にすっごいジープが止まってたけど……、あ、そちらの方の?」
恵はリーナに目をやって軽く会釈した。
「あ、はい。私の車です」
「こちらはリーナさん。リカルド先生の生徒さんで今日からしばらくうちで生活することになったんだ」
光太がすかさず紹介する。
「そうなんだ。えっと、アタシは隣の家の和久井恵です。お気軽にメグとお呼びください」
「メグ様、ですね。若輩者ではありますがよろしくお願い致します」
恵の相変わらず誰にでもメグと呼ばせたがる拘りは全くもって理解できない。
「よし、全員揃ったところで出発するか」
「おー」
リカルドの一声とレムの掛け声により、一同はリーナのジープで動物園へと向かったのだった。