第三話 碧き光、暗き闇 ②
「お、光太。おっきくなったな」
数年ぶりに見る父の顔。白髪が増え、目には隈もできてやつれて見える。しかし、その表情は生き生きとしたものだった。
「で、光太。誰が本命なの? お母さんは相手が誰でもそう簡単に交際を認めるつもりはありませんけど」
一年ぶりとなる母はこんな時でも相変わらずだった。息子離れをする日はやってこないだろうと、すでに光太は諦めている。
「ヒデ~、アカリ~」
レムも二人に懐いているようだった。目覚めてすぐの頃、ラボで共に過ごしたのだから、いわばこの時代でできた初めての絆といってもいいだろう。
「お、レム。おっきくなったな」
同じことを言う秀和。久しぶりに会う子供に対しての常とう句ではあるが、おそらく疲れているせいもあってのことだ。
「レムちゃんなら娘にしてもいいかなぁ。でも結婚はまだ早いよね~」
明里に関してはこれが平常運転。
そんな両親二人はアイラの瞬間移動によって一時帰宅を果たしていた。当
然、調査の報告を携えて。
現在、茨木家には関係者が勢揃いしている。
レム、恵、美森、アイラ、そして秀和と明里がソファに座り、光太、リカルド、リーナが別の部屋にあった小さな椅子を持ち寄って座っている。それに加え、リカルドが呼んでいた護衛役の二人と協力を要請した軍から派遣されたリーナの同僚が三人がそれを囲むように立っていた。ここにいる全員が事情を把握しており、三百年前の予知に対抗するメンバーだった。
さすがに計十四人がリビングへと集まると物々しい、というよりも息苦しい。
ただ、今から為されるであろう報告はそれほどに重要なものであった。
「では、そろそろ」
明里が進行役となり、調査報告が始められた。
「まずはこれまで不明瞭だった点、魔女がアウロラとケット・シーを襲った動機についての報告からです」
「ええ、それに尽きましては光太が予知で視たという『追放の魔女』という書から明らかになった」
秀和が報告書に目を落とした。
魔女。その存在はどこから現れたのか。報告はそこから始まった。
アウロラにケット・シーが訪れるよりももっと前のこと。
国はまだアウロラという名ではなく、別の名を称していた。
その国は王女に統治された国であり、その王女は神を信ずる大層な信奉者だったそうだ。そこに神官として仕えていたのがレムの先祖であるアウロラだった。
アウロラという優秀な神官を持ったその国は教会権力が横行する世でかなりの勢力を勝ち取っていた。しかし、アウロラはある時、王女の神に背く行為を目撃してしまう。信奉者だと思われていた王女は権力に目を眩ませた亡者だったのだ。
王女は権力だけでは飽き足らず、ある禁忌を犯していた。
魔女術の研究。
敵対する国を滅ぼす目的と思われるその研究の実験台にされていたのは、自らの国の無辜なる民たちだった。
アウロラはそれを知り、民を救うため立ち上がった。
その結果、王女は魔女となり、国を追放された。
そしてアウロラが次なる統治者と為り変わった。
「その恨み、ということですか?」
美森が問う。
「そうだと思われる。魔女は処刑される予定だったんが、窮地に立たされるや否や、その姿を消したそうだ」
そこで処刑できていればこの事態はなかったはず。
美森やアイラはやるせない気持ちでいっぱいだろう。ケット・シーはその意趣返しに巻き込まれたも同然だ。しかし、魔女からすればアウロラと共に歩む者は同罪だとでも思ったに違いない。
この場にいる全員が虫唾の走る思いを味わっていた。
「では、続きまして、その魔女によってもたらされた呪いについてです。これは私から報告致します」
明里は淡々と次に移った。こんなところが研究者らしいといえば研究者らしい。
「同じく『追放の魔女』よりわかったことです。これはレムちゃんによく思い出して欲しいんだけど」
明里に言われ、レムは頷いた。
「レムちゃんは実際に魔女と会ったのよね?」
「うん」
「その時なんて言われたか覚えてるかな?」
「えっ、……とね~、『このままだと次にくる生まれた日で死んじゃうよ』って」
おそらく口調は違ったと思われるが、内容は概ね相違ないはずだ。
「それだけ? 助けるとか、救うとか、そんなことは言われなかった?」
明里は確認するように問いかけた。
「う~ん……、言ってなかったと思うな~。そう言ってくれてたのはお母さんだと思う」
レムは首を捻りながら自信なさそうにそう答えた。
「間違いなく魔女はレムちゃん本人には言ってません。そのような話はお母さん、王女様のみに話してたのです」
明里はまるで見てきたかのように断言した。
「ああ、なるほどね」
アイラが納得したように頷いた。
「え、なに、どういうこと?」
恵が首を傾げている。光太も明里の意図するところがよくわからなかった。
「それこそが呪いだった、ということです」
「は?」
「へ?」
「ほ?」
光太、恵、リーナの三人がキョトンとマヌケな声を上げた。
「そんなことで、と思うでしょう? でもね、その魂を悪魔に売ってまで放たれる呪いの言葉というのは実際に効果があるそうよ。私は信じてないけど、レムちゃんや王女様はそれを信じた。予知で視たことも影響してるから仕方なかったと思うけど」
「あの、今のお話について少し違和感を覚えるのですが」
リーナが挙手して立ち上がった。
「リーナさん、どうぞ」
「はい、質問失礼致します。ええ、魔女は予知でレム様の死を視たのですよね? でしたらそのまま何もせずとも目的は果たされたのではないでしょうか? わざわざ氷漬けにして、呪いという保険をかけることにどのような意味があったのか、その点に疑問が残ります」
結果だけ見れば、魔女が行った行為はレムの死を先送りにしている。予知で視た以上、その事実は訪れるのだから確かに魔女の行動はおかしく思えた。
「お答えします。それは魔女による強い復讐心の表れだと考えられます」
「復讐心、ですか」
「魔女は自身の国を乗っ取ったアウロラを恨んでいました。それはもう底知れぬほどに。ですから、復讐は自らの手で行いたかった。何によってもたらされるかわからない、そんな曖昧な死では煮えたぎる感情が収まらず、母である王女にとって最も辛い決断を迫った」
淡々とした明里だったが、その声に静かな悲しみが見え隠れし始めていた。同じ母として、王女の辛さに共感できるのかもしれない。実の子を復讐の材料に使われ、その子もまた復讐の標的とされた。母親にとってはこれ以上に辛いことはないだろう。だが逆に、魔女からすればそれが十分な動機となると明里は考えているようだ。
「そんな根深い呪いを解くことは可能なのでしょうか……」
自らした質問の答えで、リーナは不安が過ったようだ。
「可能です」
しかし、明里はいともあっさりとこう言い放った。
「レムちゃんは、魔女の話と私の話、どっちを信じてくれる?」
「アカリの方が好きだから、アカリを信じる~」
レムがすぐにそう答えると、明里は嬉しそうに笑って言った。
「これで呪いは解けました」
その発言があまりにも自然だった為、集まった一同はそれにすぐ反応できなかった。
一瞬の間の後。
『え?』
という一文字が盛大なるユニゾンを引き起こした。
「呪いに対する理解。そして、呪いが解けたと心から信じ込むこと。それが呪いを解く方法です。さっきも言いましたが、こんなことで、と思うかもしれません。でもね、悪魔に魂を売ることも、要はそれを信じる強さの表現です。レムちゃんが私のことを信じてくれることがカギという訳ね」
魔女に言われた呪いの言葉『十三歳で死ぬ』
明里に言われた真実の言葉『その呪いは解けた』
さて、レムはどちらの言葉を疑うことなく信じるのか。また、本当に信じることができるのか。
得体の知れない魔女よりも好きな明里を信じると言ったレムの言葉に嘘はない。そしてレムならば心の底から明里のことを信じられるはず。疑うまでもなく、その表情から溢れている。
「じゃあ、これで解決したってこと?」
呆気に取られたように恵が言った。期待が半分、不安が半分といった面持ちだ。
だが、残念ながらそれにはまだ至っておらず、不安材料が残っている。それはリカルドの口から告げられた。
「この時代、今この世界のどこかに、魔女の生き残りが存在している可能性が残っている」
ラボを放火した犯人がそれに該当する。呪いが解けたとする以上、直接の襲撃があると考えて行動するべきだ。
「ここから先はワシたち軍部の担当だな」
そう言ってリカルドが立ち上がると、リーナを初めとする軍人たちは一斉にその姿勢を正した。
「状況更新。現時点で考えられるのは魔女残党と思われる者たちの襲撃である。その襲撃からレムの身を守り、襲い来る敵の撃退を目的とする。翌朝〇七〇〇時に作戦を伝える。その後、残された時間は全て訓練に当てるものと思え。それまでに各々休息と準備を怠るな。以上」
リカルドの号令により、軍人一同はザッと足並みを揃えて敬礼した。
残された時間は三日と数時間。
レムの誕生日は、すぐそこまで迫ってきていた。




