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レム・スリーピング!  作者: ニジ
14/18

第三話 碧き光、暗き闇 ①

 第三話 碧き光、暗き闇


 翌朝、茨木家は静寂に包まれていた。

 

 ――ピンポーン

 

 インターホンが鳴る。すると、同時に目を覚ましたのはリカルドとリーナだった。ソファで寝ていた為に体が不自然に固まってしまっている。


「あ、おはようございます、中将」

「ああ……、おはよう。すまんが来客のようだ。リーナ、出てくれるか」


 そう告げてから「う~んっ」と伸びをするリカルド。ふと時計が目に入った。


「……こ、光太、起きろ。遅刻だ!」


 同じくリビングのソファで眠りこけていた光太が激しく揺らされて起こされる。


「こ、光太様! メグ様がお迎えに来られました!」

 玄関先から走って戻ってきたリーナが慌ててそう叫んだ。


「はわわぁぁぁぁ、なんでですかぁ?」 

 大きな欠伸をした光太は寝ぼけたままにリーナを見た。


「な、なに呑気に寝てるのよ……」

 すると、そのすぐ後ろには呆れたように光太に目をやる恵の姿。その手にはカバンを持ち、服装はもちろんのこと制服だった。


「あ」

 光太はそれを見て、パッと時計を確認。

「ちょ、ちょちょちょっと待っててくれ! 着替えてくる!」

 自分の部屋へと駆け足で向かっていった。


「申し訳ありません、メグ様。朝方まで起きていたものですから」

「あ、いえ、大丈夫です。わかってますから」


 昨晩、アイラたちと別れた後、光太たちはもたらされた情報についてなど話し合っていた為に、寝たのは夜が明けてからだった。レムも頑張って起きていたが、途中であえなく眠りに落ちた。そして周りがバタバタしている今もぐっすり眠っている。


 一方で、保健室では眠らされていた恵だが、帰る際にはその目を覚ました。大丈夫とのことだったが、この様子なら体に異常はないように見える。


「お嬢さん、巻き込む形になってしまい申し訳ない」

 リカルドが頭を下げた。


「やめてください。昨日も散々謝ってもらいましたし……」

 恵は逃げるようにレムの寝顔を覗く。


「それにレムちゃんってば可愛いですから。仲良くなれて嬉しいんです、アタシ」

「何があっても、これ以上お嬢さんには危険が及ばないように配慮する。何か気付いた点があったら何でも言ってほしい」


 試されていたとはいえ、美森から指摘された責任の所在については弁解のしようもない事実だった。レムの誕生日までの二十日弱。気を引き締めて護衛にかからなければならない。リカルドは心底それを感じていた。


「あ、じゃあ早速一つイイですか?」

「ああ、もちろん」


 護衛といっても日常生活に影響が出てはそれもまた迷惑となる。可能な限り対応する用意はあったのだが、


「お嬢さんではなく、メグ、とお呼びください」

 と、恵は笑って言った。


「フハハハハ、そうでしたな。これからもレムと光太を宜しく頼む、メグ」

「お任せあれ~。フフフフフ」


 何と強い子だろう。光太にしてもそうだったが、二人は強さと優しさを兼ね備えている。それもレムの影響かもしれない。リカルドはそう思った。


「すまん、待たせた」

 光太が着がえて戻ってきた。

「朝飯は?」

「時間もないですし、今日は始業式だけなんで大丈夫です」


 午前中の内には帰ってこられるだろう。光太は依然として眠ったままのレムを見てから、


「いってきます」

 そうして恵と共に家を飛び出していった。



 急いだ甲斐あって何とか遅刻を免れた二人は、早速新しいクラスを確認していると、

「おはようございます」

 と声をかけられた。声の主は古賀美森。


「ミモリン、おはよ」

「おはよう」


 その正体が明らかとなった美森だったが、制服に身を宿し、今までどおり学校には通うようだった。


「同じクラスですよ。二年A組」


 言われた通り、貼り出されたクラス表のA組の欄には茨木光太、古賀美森、和久井恵の名前が載っていた。


「やった、また一緒だね」

 恵と美森はその喜びを分かち合っている。それを見て光太は少し安心した。


 恵はすでに全てを知っている。


 そのせいで二人の友情に傷が入ってしまうのではないかと心配していたのだ。だが、それも取り越し苦労だったようだった。

 先を歩く二人の後ろについていく光太。

 二年A組の教室に辿りつき、二人が中へと入っていく。すると、すぐに教室内が沸きたった。それもそのはずで、今や校内のアイドル的存在である『メグミモリ』が二人揃って同じクラスになったのだ。昨年もそうだったとはいえ、今やその人気の度合いがケタ違いとなっている。クラスメイトとなった者たちはその喜びに歓声を上げ、クラスが違えた者たちはその不運に野次馬と化して集まってきた。


 光太はそんな生徒たちから身を隠すように自らの席へとつく。学園のアイドル二人と一緒に登校してきたとバレてしまったらどうなるか。想像するのはいとも容易い。恵だけなら幼馴染という事実を言い訳にも使えるが、美森も一緒とあっては千の言葉を用いても誤解は免れないだろう。


 そんな気持ちを知ってか知らずか、忍者のように自分の席に着いた光太の元に『メグミモリ』が揃ってやってきた。


「茨木くん、今日帰り、ご一緒してもいいですか?」

「昨日の話の続きがてらにお茶して帰ろ。朝ごはんもそこで食べればちょうどいいでしょ?」


 そんなことを、周りを一切気にせずに言う二人。当然ながら、先程までの歓声がどよめきに変わる。


(オレの学校生活、これにて終了か……)


 光太は机に突っ伏すしかなかった。



 始業式後、これ以上に身を滅ぼしたくなかった光太は『メグミモリ』よりも先に、自宅近所の喫茶店へと足を向かわせた。学校近くのファストフード店が当初予定されていたが、そこではクラスメイトに目撃される恐れがある。ましてや一緒に店に入るところを見つかりでもしたら、明日からどうやって学校に通えばいいかわからなくなってしまう。

 よって、光太は早々に校内を抜け出し、メールで場所の変更を伝えてあった。全力で走ってきたので少し落ち着く余裕もあるだろう。

 

 そう思って店に入ると、

「あ、こっちこっち」

 と、光太を呼ぶ声。


 店内奥のテーブル席に見知った顔が立ち並んでいた。

 壁側ソファにリーナ、レム、恵。手前の椅子にアイラと美森。隣のテーブル席にリカルド。


「なんでみんな揃ってる?」

「ああ、ワタシが運んだよ。ピョンって」


 どうやらアイラの瞬間移動を使ったらしい。そんなことなら自分もそうしてもらえば万事解決だったのに、と光太は走ってきた疲れが倍増したように感じた。


「てか、アイラ、お前までここにいるって事は……」

「あ、ごめん、それはまだなんだ。キミの話を聞きに戻ってきただけ」


「リカルドさんたちを呼んだのは私です」

 そう言ったのは美森だ。


 元より都合が良いかもしれない。この場に誘ってきたのは美森だったが、するべき話があるのは光太の方だった。リカルドたちが同席してくれていた方が話し易い。


「コータ、おかえりー」

「ああ、ただいま」


 光太はリカルドの向かいに座る。レムを見ると、一人だけすでにナポリタンを食べ始めていた。この地方の喫茶店でお馴染み、鉄板ナポリタンだ。


「ご注文はいかがなさいますか?」

 遅れてやってきた光太に店員さんが水を持ってきてくれた。


「じゃあ、あの子と同じ物を」

 朝食抜きの光太がレムに視線を送ってそう告げると、店員は、

「ええっと、おいくつお持ちすればいいでしょうか?」

 と、驚いたように訊いてくる。


「はい?」

 光太はその意味がわからず首を傾げると、

「いえ、ご注文は五皿で承っておりますので」

 と返された。レムはどうやら一人でそれだけ食べるつもりらしい。

「あ、オレは一皿で大丈夫です」

 フードファイターの親睦会とでも思われたのだろうか。店員は「失礼しました」と戻っていった。


「さてさて、オジサンに少し聞いたけどさ、また視たって?」

 まずはアイラがそう切り出した。尊敬する上司をオジサン呼ばわりされたリーナが不機嫌そうな顔をしていたが、とりあえずそれは無視して光太は答えた。


「ああ。あの後、夜中に」

 そう。昨晩、なぜ朝方まで話し合いが続いたかというとそれが大きな要因だった。レムが寝てしまったすぐ後のこと、光太は予知を視ていた。


「視たのは一冊の本だ。それも表紙だけ。それについてちょうど二人に訊こうと思ってたんだよ」

「なんてタイトル?」


「追放の魔女」


 光太は視たその本を絵にしてあったのでそれを手渡す。かなり古い装丁、黒の表紙にタイトルは赤文字、背表紙は金属で補強されていた。見た目的な特徴はそのくらいだった。

 アイラは美森に目を向けるが、美森は首を横に振った。アイラ自身もピンとこないらしい。


「視たのはそれだけ?」

「そうだ」

「わかった。一応こっちでも調べてみる。でさ、せっかくこうして集まったんだから、何か昨日の話で気になったところとかあれば訊いておくけど?」

 アイラがそう申し出た。


 光太は確認の意味を込め、昨晩の二人の話を思い出した。



 *


「では、話を続けます」


 仕切り直すように美森が言った。薄暗い保健室の中で、各々が聞く体勢を取っている。


「予知された姫の死は未だその回避に至っていない。先にそう申し上げましたが、その原因についてもすでにわかっています」


 なぜレムは死ななければならないのか。何によってその死がもたらされるのか。それがわかっているならば対策がウンと立てやすくなる。むしろ、回避できたも同然ではないのか。しかし、事はそんなに単純ではないようだった。


「それは『呪い』です」

「呪い?」

「そうです。姫は十三の誕生日に命が尽きる呪いをかけられています」

 そんなことが可能かどうかは今更疑問にも思わない。それよりも、もっと別のことが重要だった。


「誰が? 何の為に?」

 光太はそう訊いておいて、半分は想像がついていた。

 その予想通りの答えが返される。


「魔女が、ですね。理由は……、残念ながらわかっていません」

 美森は申し訳なさそうに言った。


「古賀さんはその本人じゃないと思うけどさ、同族が取った所業の動機が不明ってのには理由があるのか?」


 光太のその言葉に驚きを露わにしたのはリカルドとリーナだった。どうやら二人は美森やアイラの正体が魔女だと聞かされていないようだ。

 そして何故か、アイラも同時に驚いていた。そんなアイラに美森が呆れた視線を浴びせている。


「え、ああ、ごめん……。話の流れ的に言い出せなかったんだけどさ、ワタシたち魔女じゃないんだよね」

 アイラはポリポリ頭を掻きながらバツが悪そうだった。


 それに困惑したのは誰でもない、光太だ。魔女だと明かされたことで納得できたこともある。にもかかわらず、そこを今更否定されてしまったら、今まで積み重ねてきた考えが全て瓦解してしまいかねない。


「いや、ごめんって。そんな顔しないでよ。でもさ、ワタシは自分から魔女だ~なんて自己紹介してないよ。勝手にそっちでそう思っただけ。ま、それでも話はできるし、説明するのもめんどくさかったってのは認めるけど」


 アイラはそのせいで話がややこしくなってしまったことは承知しているようだった。意地悪い話ではあるが、言われてみれば確かにアイラは自分が魔女であるとは言っていなかったかもしれない。


「で、正体は?」

 光太は不機嫌そうにそう訊いた。


「猫」


 しかし、アイラから返ってきた答えにその不機嫌さが増した。


「あ?」


「ね~こ~」


 バカにしたようなアイラの喋り方に、文句が光太の口から飛び出そうとしたその時、フォローを入れてきたのは美森だった。


「この子の言ってることは真実です」

 美森はポカッとアイラにゲンコツを浴びせた。「ぶぅ~」と膨れるアイラ。


「茨木くんは『ケット・シー』ってご存知ですか?」

「え? ああ、あれだろ、二本足で歩く喋る猫。お話とかによく出てくるやつ」


 光太が答えると、リカルドがそれに補足を入れた。


「お話というか、伝説みたいなものだな。そこに登場する妖精猫がそのケット・シーだ」


「その通りです。リカルドさんならご存知でしょうが、その伝説がある国、思い出して頂けますか? 何かお気づきになりませんか?」


 光太にはよくわからない話だった。同様にリーナも首を傾げている。しかし、リカルドはそうではなかった。『まさか』といった面持ちで、目を見開いている。


「……アウロラが存在していた地域、だな」


「そう、『夢見の眠り姫』と同じく、『ケット・シー伝説』も紛れもない実話なのです。姫は童話で描かれた本人ですが、私たちはその子孫にあたります」


 いまいちついていけない光太だったが、どうやら美森やアイラの正体がその妖精猫とやらであると話していることだけは何とか窺い知れた。


「猫なのか?」

 光太が訊く。


「猫だよ」

 アイラが答える。


「古賀さんも?」

 光太は訊く。


「猫です」

 美森も答えた。


(どう見ても人にしか見えないんだが……)


 困惑する光太をよそに、リカルドには更に思い当たることがあったらしい。


「もしかして、童話に出てくる猫もケット・シーだったのか?」


「正解です。お察しが早くて助かります」


 童話『夢見の眠り姫』内で、王女はたくさんの猫を飼っていたらしいことが描かれている。その猫は普通の猫ではなく、妖精だったらしい。


「祖先が残した記述から、その当時のことが少しだけわかっています」


 数百年前のこと、ケット・シーたちが暮らす国ではある病気が蔓延していた。数多くの仲間たちが命を落とし、危機に感じたケット・シーは助けを求めた。それが隣国であるアウロラだった。普段は人間の前に滅多のことでは姿を現すことはないケット・シー。人間とは違う姿、相容れない存在だと理解しつつも、助けを求める他なかった。


 当時、その病気に対する薬はなく、感染源を隔離することしか対抗策がなかった。当然、人間にも感染する危険性がある病気にもかかわらず、レムの母より数代前のアウロラ国王女は、それでもケット・シーを拒むことなく受け入れた。無事なケット・シーたちを自らの王宮に匿い、病気の猛威が去るまで共に暮らすことを提案した。


 多大なる被害の中、絶滅の危機を何とか脱したケット・シーたちは王女に並々ならぬ感謝を抱いた。その礼として一つの力を分け与えた。


「それが予知夢の力です」

 元を辿ればケット・シーの力だったのだ。


 リカルドたち調査チームですら届いていない歴史的事実。この世界に住む人々誰一人として知り得ていないことだった。

 リカルドはいつの間にやらメモを取っていた。学者として、研究者として、この場で一番ワクワクしているのは彼に違いない。当然、その感情を不謹慎と責め立てる者はいない。彼ら研究者の好奇心がレムの命を救いに導こうとしているからだ。


「アウロラブルーと名付けられた宝石は、その力を子孫に受け継がせる際の、いわゆる触媒のような役割をしています」


 この点はどうやら調査通り。


「でもだったら、レムは石を持ってるのに予知夢を覚えていられないのはどういうことなんだ?」


「わかりません。本来なら在り得ないこと、だと思います」


 ケット・シーの子孫にもわからないことがこの先わかるとも思えない。夢を覚えていられないという体質的な何かだろうか。


「で、続きを頼む」

「あ、はい」


 リカルドは続きが気になって仕方がないようだった。確かにわからないことをいつまでも考えていても意味がない。


「アウロラでの生活はケット・シーたちにも居心地が良かったのでしょう。病気が去った後もそこに残る者が大勢いたそうです」


 それはレムが生まれる時代まで続いたということだ。


「童話の時代、姫が生まれた頃ですね、ケット・シーに再び悲劇が訪れました」


 アウロラに残ったケット・シーがいたように、自らの国へと戻った者も当然いた。数としてはそちらの方が多かったらしい。その戻ったケット・シーたちに災難が降りかかったのだ。


 侵略。


 数の減ったケット・シーたちはその暴力に太刀打ちできなかった。人質を取られ、脅され、そして、力の一部を奪われてしまう。

 この話を美森がした時、アイラの表情が一際悲しそうだった。

 軽蔑するかもしれない、光太にそう言ったのはこの辺りが原因だったと思われる。脅迫に屈してしまった過去がある故、同じ手段で光太を試さなければいけなかった状況に心が痛んだのだろう。それでも仕方のないことだったと光太は思う。光太だって一歩間違えば心が折れていた可能性だってある。状況が違えば本当に死んでいたかもしれない。ただ、アイラ自身が必要だと判断し、そうすることを決めたというなら、その気持ちは今の光太には重々共感できることだった。


 ただそれも生きているからこそ言えること。


 ケット・シーたちはその後、虐殺された。


 奪われるだけ奪われて。


 誰にか、など訊くまでもないことだ。


「魔女によって、です」


 一同は沈黙した。


 淡々と話す美森も内心は苦しそうだった。アイラはその顔に悲痛をありありと浮かべている。


「その奪われた力によって、魔女は王女と同じく姫の死を予知したと思われます」


 魔女がレムの死を知ったその理由。

 しかし、同時に大きな疑問が生まれた。


「魔女はレムを救おうとしたんじゃないのか?」


 だからこそ、魔術を使ってまでレムを眠らせたはず。


「違うよ!」

 アイラが悲痛な叫びを上げた。


「魔女にそんな人を救える力なんてない。アイツらができるのは人を呪うこと、殺すこと、ただそれだけ」

 ではレムを眠らせた理由は何なのか。皆がそれに気が付いた。


「氷漬けにして殺そうとしたんだよ!」

「十三で死ぬという呪いはその保険、ですね」


 レムには聞かせたくない、それほどに残酷な話だった。


 光太は思わずレムに目をやる。すると、

「ヘーキ、だよ」

 そう言って光太の手を握ってきた。まるで逆に光太のことを心配するように。

 そんなレムを見て、美森がホッとしたような顔を見せた。


「アウロラに残った同胞たちは、自国に起きた災難の為にそちらにかかりきりでした。魔女の所業に気が付いたのは姫が氷の中に入った後です。その氷をすぐに溶かすことはできなかったようで、だからせめて、いつかまた目覚めてほしいと、そこで生きる道を見つけてほしいと、微かな希望を託して力を施しました」


 ――目が覚めて、光を見つけたなら、あとは自分で決めなさい。


 レムが眠る直前に耳にした言葉は駆け付けたケット・シーのものだったのだ。母と同じ感じがしたとレムが思ったのは、おそらく王女に最も懐いたケット・シーだったから。


「その後、アウロラも魔女によって滅びの道へと誘われました。命辛々逃げだせたのはほんの一握りだけです」

 その子孫が美森やアイラにあたるのだろう。魔女に対する恨みは計り知れないもののはずだ。


「だからこそ……」

 美森はレムを見つめている。


「うん、だからこそ」

 アイラもまた。


 二人はそんな恨みなんかよりも、レムが生きてこの世界に目覚めたことを嬉しいと感じていた。遠い祖先は恩人である王女を救うことができなかった。アウロラという国も、自らの同胞も、その国も。

 だからこそ、過去から託されたレムだけは何があっても救いたい。きっとその一心から自分たちを試すようなことをしたのだと、光太は思った。


「では、ワシたちがすべきはその呪いを解く方法を探すこと、そうだな?」


「そう、だったんだけどね……」

「だった?」

 言い淀むアイラ。


「本来、私たちの予定では今お話しした情報の一部がすでに茨木博士から皆さんに伝わっているはずなのです」


 アイラの言った不測の事態とはこのことだろう。

 二人は予め秀和たちに情報を提供していた。それが光太たちの元に届き、魔女がいかに凶悪な存在かを知らしめた上で『見極め』が行われるはずだった。しかし、それは予期せぬ形で修正を余儀なくされたという訳だ。


「火事の話は軽く聞いたけど、事故?」


「いや、作為的なものだと判断している。依然として調査中だ」


 現在、火事についての調査はその全権が軍に委譲され、続行されている。


「だよね。ってことは……」


「魔女が二人の思惑に気がついて邪魔をした?」


 何気なく思いつきで言った光太だったが、それが大変な事実の可能性を示していた。


「そういうこと、かもね。この時代に力を持った魔女が生き残っていれば、だけど」


 本来ならばリカルドの言う通り、残された呪いを解いてこの話は終いとなるはず。アイラたちもそう考えていた、いや、そうあってほしいと願っていた。だが、実際にはその危険性も考慮していたのだろう。だからこそ見極めが必要だった。


「その調査にワタシも一枚噛ませてもらえる? ワタシならすぐに行って帰ってこられるからさ」

 アイラならば瞬間移動で一っ飛びだ。


「わかった。リーナ」

「承りました」


「じゃ、今日はこれで。何かわかったら戻ってくるから」

 そう言ってすぐにアイラは姿を消し、この晩は解散と相なった。



 *


「質問か、昨日の今日だしな……、まぁあえてするなら、うちの両親の調子くらいか?」


 運ばれてきた鉄板ナポリタンを食べながら、光太は言った。


「ああ、茨木博士ね? すっごい元気よ。色々話をしたらやる気出しちゃってさ。寝る間も惜しんで文献調べ漁ってる」


(父さんらしいな)


 根っからの研究者、そして探究者である光太の父、秀和。アイラからもたらされた真実にきっとリカルド以上に目を輝かせたことだろう。


「明里先生にはキミとの関係をしつこいくらいにツッコまれたわ。何でもないです~っていくら言っても聞いてくれないの。だから逆に裸見られましたって白状しちゃった。ゴメンネ」


 アイラが舌をチョンと出してウインクした。


「おい、裸ってあれはオマエのじゃ……」

 そこまで言って、光太は全身に鳥肌がたつのを感じた。


 依然としてナポリタンを食べるのに夢中なレムを除く、美森、リーナ、そして恵、三人の女性陣から恐ろしいほど冷たい視線が浴びせられたのだ。


「茨木くん……」

 と、美森。


「光太様、不潔です」

 と、リーナ。


 この二人には是が非とも弁解したかった。

 しかし、


「光ちゃん!」

 と、恵。


 そう。この場に恵がいる以上、口が裂けても真実を口には出せない。あの時見た裸はアイラが不思議な力を使って恵に変身していた時のもの。恵の全裸そのものなのだ。

 前門の虎、後門の狼。

 言葉を発しても黙しても、待つのは己に降りかかる不幸のみ。

 光太は迷った。せめてもの救いがあるならどちらの道か。

 しかし、次の瞬間、全く別のところから蜘蛛の糸が足らされた。


「はーい! レムもしつもーん」


 五皿に及ぶナポリタンの最後の一口を食べ終えたレムが満足そうに手を上げた。この機を逃す光太ではない。


「レムさん、どうぞ!」

 わざとらしくレムを指差す光太に変わらず冷たい視線が飛びはしたが、レムの無邪気さがその場の空気を和ませた。


(感謝するぞ、レム!)


 心の中で平伏する光太をよそに、レムが質問を繰り出した。


「ミモリンと、アイラは~、ホントにあの猫さんなんですかー?」


 言われてみれば、レムも幼少期にケット・シーと過ごしていたのだ。今は全く猫らしさのない見た目をしている二人に疑問を抱いたのかもしれない。


「本当です」

「うん、この姿もホンモノだけど、猫にもなれるよ?」


(なれるのか!?)


 元々猫が好きで、小さい頃は家でも飼っていた経験のある光太。それには興味があった。


「みたーい」

「いいよ。でもここじゃ無理だから、あとで誰もいないところでね~」


 ここで光太は自分も見たいとは言い出せなかった。先程の冷たい視線が戻ってくるような気がしたからだ。


(あとでどんなだったかレムに訊こう)


 その後、しばらくは調査に進展はなく、大きな事件も、また光太の身に予知が起こることもなかった。運命の日を間近に控え、一同はその日その日を大切な思い出にするように、よく食べ、よく遊び、よく笑った。


 時にレムはLサイズのピザを一人で六枚食べた。


 時にレムは覚えたばかりのアニメソングをカラオケで一生懸命に歌った。


 いつでもレムは、笑顔を絶やさなかった。


 そんな笑顔を守る為、誰一人として諦めなかった。


 そんな思いに報いるような一報が届いたのは、レムの誕生日だとされる四月二七日の四日前、二三日の夕方だった。


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