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レム・スリーピング!  作者: ニジ
10/18

第ニ話 Resolutions ④

 光太は目的地に向かう途中でリカルドに電話を掛けた。予知を視たこと、そして脅迫電話を受けたこと、この二つを報告する為だ。


「わかった。ワシたちもすぐに向かう。校門前で待っていろ。一人で中に入るんじゃあないぞ」


 光太が現在向かっているのは予知で視た場所。校門前という言葉が示すように、それは学校の保健室だと思われた。それもおそらく光太が通う名西高校の、だ。しかし、そうであると確固たる自信が持てないのは光太自身があまり保健室を利用したことがないことに尽きる。せいぜい身体測定の時くらいにしか入ったことがなかった為に中の様子まで詳しく覚えていなかった。どこの学校の保健室もその構造は似たり寄ったりだろう。もし違ったならばそこら中の学校に忍び込むことになる。


 もう一つ問題を挙げるならば、予知が今晩の事であるとは限らない点だ。前回視た動物園の件でも、そこには一日以上のタイムラグが生じていた。『視て』から『起こる』までの時間が一定なのか不定なのかは現時点では知る由もないが、ただ、光太はそれが今晩である可能性が非常に高いと判断した。


 幸いにも光太が家を飛び出してから走り回った方角は高校方面だった為、十五分ほどで到着した。校門前にはまだリカルドたちの姿はなかったが、車で来るはずなので少し待てば追って到着するだろう。


 リカルドにはここで待てと、一人で中に入るなと固く言われた光太。


 しかし、状況がそれを許してはくれなかった。


 校門から中を覗くと、手前には校庭が、そしてその向こうに数少ない蛍光灯に薄らと照らされた校舎が建っている。そして今まさに、校庭のちょうど中心辺りを校舎方向へと向かって歩く黒い人影が見て取れた。その人影は光太の存在に気が付いたのか、ゆっくりと振り返り、また歩みを校舎へと進めた。


 辺りが薄暗いことに加えて、人影はローブかマントのような物を頭からすっぽりと被っているらしく、その人となりまでは窺えない。しかし、光太はその仕草から誘われているように感じてならなかった。


(先生たちはまだか?)


 光太は家の方角を見た。今のところ車が来る気配はない。

 黒い人影は校舎の玄関まで辿りつくと、ちょうど蛍光灯の真下でもう一度振り返った。その歩みを完全に止め、明らかに光太に視線を送ってきている。


 誘われている。そう確信した。


「ふぅ」


 光太は意を決し、校庭へと足を踏み入れた。走りはしなかった。走れなかった。

 何者なのかわからない。罠かもしれない。近付いた瞬間にブスリと刺されるかもしれない。そんな恐怖が確かにあった。前に出そうとする足が震えていた。それでも光太はその歩みを止めなかった。

 命の危険。死の恐怖。光太はそれらを間近に感じながら、全く別のことが頭を過っていた。


 レムのこと、だ。


 死ぬかもしれない。そんな恐怖をレムは三百年前からずっと抱えていたのだ。その日が刻一刻と迫りくるにつれ、それはより色濃くなっていただろう。


 ましてやレムは『かもしれない』ではなく、一度は『死ぬ』と告げられたのだ。


 まだ十二歳の少女が、実の母親に。


 その時のレムの気持ちは、今の光太を持ってしても計り知れるものではない。


(肝が据わってるのか、まぁそれもあるな。けど……)


 思い出されるレムの顔。


 日本にやって来てから、レムはいつも笑っていた。


 でも本当は?


 そう考えると、光太の足は自然と前へ出た。


 その間、人影はずっと光太を見つめている。


 光太はその歩みを止めることなく、人影の前までやってきた。その距離、約二メートル。会話をするには十分なこの距離に来てもなお、人影の顔は未だ見えない。ややうつむき加減になっており、その表情はフードに隠れてしまっていた。それどころか頭の先からつま先までを漆黒のローブに身を宿しているせいで肌の一部も露出していなかった。


 初めに口を開いたのは光太だった。


「レムは保健室か?」


 相手に予知のことが知られているならば隠す必要もない。むしろ、こちらは全部お見通しだ、と強気に出た。弱気を見せることが死に直結すると本能が感じ取ったのかもしれない。


「……」


 しかし、ローブを纏った何者かは一切声を出さず、微動だにすらしなかった。だが、光太は場の空気から相手の感情を窺うことに長けている。例えその表情が見えずとも、その声が聞こえずとも、相手が生きている人間である限りは必ずといっていいほど感情がある。それを読み取ることに関しては自信があった。


(迷っている、のか……?)


 察するに、目の前の人物は何事かに逡巡しているようだった。さすがの光太もそれが何かまではわからない。


「何を迷ってる? ここまで誘っておいて悩み相談って訳じゃないよな?」


 わからないなら訊けばいい。そうすることで会話の主導権を握れることもある。

 そしてそれは実際効果があったようだ。纏う空気が迷いから驚きへと変わったのが感じられた。


「すごいね、キミは。それともこれも予知で視たことなのかな?」


 女の声。聞き覚えは、ない。


「えっ」


 だが、目の前の人物が顔を上げてフードを取った瞬間、光太の目に映ったその顔は思わず素っ頓狂な声を上げてしまうほど見覚えの在り過ぎるものだった。


「あ、ごめんごめん。この顔の時は、えっと……、あ、あー、この声ね。光ちゃんって呼べばいいんだっけ?」


 別人なのは間違いないようだ。しかし、その顔は疑いようもなく、光太の良く知る人物。幼馴染の和久井恵、そのものだった。


「恵、じゃないんだな。誰だ、お前は」

「ああ、えっと、そうね、アイラとでも呼んでちょうだい。それにしてもそっくりでしょ~。顔だけじゃなくて体も全部同じなんだよ。見てみる?」


 そう話す声はアイラ自身の声に戻っていた。軽い口調。いともあっさりと正体をバラしたのだからこちらを騙したり欺いたり揺さぶったりするつもりはないようにも思えた。しかし、依然として恵の顔をしたままのアイラはローブの前を突然バッとはだけると、下には何も着ておらず、そこからたわわな胸と白い肌を蛍光灯の光の元に晒してきた。


「お、おい」


 光太は咄嗟に後ろを向こうとするが、ここでそれは死を意味する。アイラが何者かわからない以上は視線を外す訳にはいかない。しかし、直視するのもはばかれる。何しろ今、目の前にあるのは恵の裸体だとアイラは言っているのだ。後でこんなことが本人にバレたらそれこそ命の危険。そんな葛藤の元、なるべく体に目線をやらないようにアイラの瞳を睨みつけた。


「あら怖い。本人がいないんだから思う存分見ればいいのに。この子ってばワタシよりいいスタイルしてるのよ?」


 アイラは笑みを浮かべながら胸の谷間を見せつけてくる。光太からすればそんなことを言われてもアイラの元の姿を知らない以上、何の返答もできない。


「冗談はいい。それより何故ここにいた? 本物の恵はどうした? レムは今どうしてる?」

「ちょっと、そんなに一度に訊かれても答えられないわ」


 矢継ぎ早に質問した光太をいなすように、アイラは人差し指を自らの口に当てた。


「でもそう、確かに冗談はこれくらいにしておかなくちゃね」


 明らかに空気が変わった。めいっぱい張り詰めた弦のように、ピンとした緊張感がその場を制する。


「最初の質問にだけ答えてあげる。何故ここにいたか。それはね、『キミのことを見極める為』、だよ」


 そう言ってアイラは勢いよくローブを脱ぎ捨てた。すると一糸纏わぬ恵の裸体がその姿を、現わさなかった。上は白のブラウスに漆黒のジャケット、下にも黒のスカート。しかも服を着ているだけではない。スッとした切れ長の目、真っ赤なルージュを引いた唇、恵の柔和な雰囲気とは似ても似つかぬ凛とした顔立ちがそこにはあった。


 まるで突然人が入れ替わったようにしか思えない。


「どう?」


 アイラはわざとらしくポーズを決めて、呆気にとられていた光太に向かって微笑んだ。


「あ、ああ……、確かに恵の方がスタイルいい」

「そういうことじゃないわよっ! ワタシの正体がこれでわかったでしょって言ってるの!」


 正体だ何だと言われても光太にはさっぱり見当もつかない。


「えっと……、プリンセス・テン……」

「イリュージョンと違うわよっ!」


 光太が思わず世界的に有名なイリュージョニストの名を口に出しそうになったところを被り気味にアイラは遮った。


「全く……、冗談はおしまいだって言ったわよね?」


 アイラに蔑むような視線を向けられる光太だったが、マジックやイリュージョンだと思ったのは半分以上本気だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ホントにわからないんだよ。正体って何だ? オレの何を見極めるって?」


 光太の弁解する様を見て、アイラは顔をしかめた。


 疑念が半分、もう半分は、


(動揺?)


 本当に光太は自らの正体に気付いていないのか、それを探ろうとしているのはわかる。しかし、なぜここでアイラ自身が動揺するのだろうか。それはまるで、光太が正体に気付いていないことがさもおかしなことであると言っているようなものだ。


 それにアイラの言った『見極める』という発言も気になった。

 アイラが先程の電話の主ならば、光太が予知夢を視ていること知っている。それを邪魔だと感じたからこそ、わざわざ光太を脅迫した。そう考えていた。

 もしそうならば、ここにいた理由を訊いた時、返ってくるはずの答えは『レムに近づこうとした光太を殺す』ということになるはず。あえてそのままの言葉を使うならば『光太を不幸にする』だろうか。しかし、それでは『見極める』とは程遠い。


(少なくともそれが済むまでは不幸なことにはならないのか?)


 遅かれ早かれ、危険な状況には違いない。違いはないが、付け入る隙はありそうだと光太は感じた。


 そんな時、校門前に一台の車が到着した。


 厳ついジープ。


 そこから降りてきたのは更に厳ついリカルドと、いつぞやのライフルらしきものを持ったリーナだった。


「光太!」

「光太様! 助太刀致します!」


 二人は全速力でこちらに駆け寄ってきている。


 形勢逆転。光太はあれこれ一人で考えた末に見つけたアイラの隙なんかよりも、もっと心強い味方が到着したことに安堵した。


 その矢先、


「ちぇっ、邪魔が入っちゃったなぁ。まだ話は終わってないのに」


 アイラはそう言うと、いきなり光太の腕にしがみついた。


「な、なんだよ?」


 こんな状況にもかかわらず、ドキッと胸が高鳴った。フワッと香る甘い香りが鼻をくすぐる。


「場所、移動するね」


 その一言が光太の耳に届いた刹那、目に映る景色がガラリと変わった。



「えっ?」


 光太はその場でくるりと三六〇度見渡した。


 見晴らしの良い高台、隣には赤い鳥居。

 そこは間違いなく、光太が先程立ちよった神社だった。


「何をした?」

「場所を変えるって言ったじゃないの」

 飄々と答えるアイラ。

「そういうことを聞いてるんじゃない!」

 声を荒げる光太。

 

 アイラを刺激してはマズイと危険を感じながらも、こうも立て続けに不可思議な現象を見せられては冷静でなどいられなかった。


 しかし、アイラはそんな光太に気を悪くする様子もなく、

「まぁ瞬間移動みたいなものよ」

 と、一言。そして、

「この力でさ、例えばキミを海のど真ん中とか、上空一万メートルとかに放り出したらどうなるかな?」

 と、続けた。


「そんなこと」

「できるわけないって? 試してみる?」


 光太は絶句する他なかった。そんなことをされればどうなるかなど考えるまでもない。想像すらしたくなかった。


「わかるよね? それを踏まえた上で、ワタシの質問にいくつか答えてくれるかな?」

 端的に、答えなければそうすると言っている。


 ここにきての明確な殺意。先の口ぶりから考えるに、その質問とやらで光太のことを見極めた上で改めてどうにかするつもりなのだろう。


 絶体絶命。


 リカルドたちの姿に一度安堵してしまった分、恐怖の反動が大きかった。


(逃げろ!)


 頭の中で何かがそう叫んだ。


 ただ、同時にそれが不可能だとも感じた。


「……」


 光太は何も言えなかった。為す術が思い浮かばなかった。


「その沈黙、肯定と取るわ」


 この状況から抜け出せる道が残っているとするならば、それはアイラの見極めとやらに叶うことしかない。あえて見極めると口にしたのだからそこに活路があるはず、そう思うしかなかった。


「じゃあ一つ目。ワタシがいつ、和久井恵を入れ替わったか気付いてる?」


 アイラはその声に大した抑揚も感じさせずに質問を開始した。


「……動物園でだろ。大方、古賀さんに園内アナウンスで呼ばれた時にでも入れ替わったんじゃないのか?」

「うん、正解」


 光太は息を吐く。心臓も一緒に吐き出しそうだった。

 正直に言って今の答えはハッタリだったのだ。が、思い当たる節は確かにあった。


「恵なら必ずツッコミを入れてくるだろうところでそれがなかったからな。おかしいとは感じていたんだよ」


 動揺を見せた光太に対して無関心だったこと。

 別れ際に『恵』と呼んでも『メグ』と訂正を入れなかった事。


 どちらも確信を得るには至らない状況証拠に過ぎないが、光太はそこに違和感を持っていた。当初は様子がおかしい程度にしか思えなかったその違和感も、いざこの状況にまでなれば自ずと答えは見えてくる。むしろ先に『入れ替わっていた』と種明かしされたことによる逆算の結果だった。動物園で恵が光太の前から姿を消したのは美森を迎えに行ったあの時間しかない。


「うんうん。なるほどね。元よりバレちゃうことは計算に入れてたんだけど、ツッコミの入れどころかぁ。もう少しリサーチしてればキミのもっと驚いた顔を見れたかもしれないね」


 アイラはあたかも『ちょっと仕掛けてみたイタズラが失敗しちゃった』と舌を出すように話しているが、光太はすでに十分すぎるほど驚いている。今思い出しても、動物園でのあの予知がなければアイラに対して違和感を抱けたどうかも怪しい。


 そして答えが出せたことに関していえば、直前に視た保健室の予知も一役買ってくれていた。

 三つ並んだベッドのシーン。そこで寝ていた人物は恵だったのだ。布団が掛けられていなかった為に服装が動物園で見たものと同じだとわかったことで、今晩、もしくは近い内に訪れる出来事だと判断できた。

 そして決め手はその前髪に髪留めがなかったことにある。帰りに拾ったあのビーズの付いた髪留めはそこで眠る恵本人が落としたものだと予測できたことがとても大きかった。


 そして、その予知で視た限りでは、保健室にレム自身を除いてもう一人いたのだ。恵が眠らされていたと仮定するならば、起きて外を眺めていたその人物はアイラ側の人間であると推測できる。


「古賀さんもグルってことか?」


 後ろ姿でもそれくらいはわかった。恵と同じく服装も髪型も昼間と同じだったのだ。

 予知を視た時はレムと恵同様に美森も捕まったのではないかと思っていた。レムに関わった全員が不幸になると脅されたのだから、そこに美森がいてもおかしくはない。だが、さすがにここまで話が明らかになってくればいくらなんでも疑いくらいする。


「それも正解。じゃ、次の質問ね」


 光太は美森の名を出したのはせめてもの抵抗のつもりだった。しかし、アイラは微塵も動揺することはなく、平然としていた。やはり光太が予知夢を視ていることを予め把握しているとしか思えない。


「キミはワタシと古賀美森が仲間だと知っている。だけどワタシたちの正体まではまだ知らない。そういうことよね?」


 正直に首肯する光太。突然現れて正体は何だと問われてもそれに答える回答は持ち合わせていない。

 だが、アイラはそこに違和感を抱いているようだった。自ら放った質問に肯定の意を呈されたこと自体がおかしなことだとでもいうような、そんな雰囲気を醸し出していた。


(そういえばさっきもそうだったな)


 この神社に移動する前、光太がアイラの正体に気付いていないことに動揺を見せていた。

 よくよく思い出してみてもアイラの本当の姿とは今日が初対面に違いないし、学校生活の中で古賀美森についておかしなことを感じたことはなかった。光太がその正体とやらに気付く前振りなどなかったはずなのだ。


 しかし、目の前でアイラは明らかに困惑している。


 光太は黙ってその様子を眺めていると、アイラは諦めたような溜息を一つついた。


「……どうした? オレは嘘は言ってないぞ」

「ああ、うん。わかってる……。こちらに不測の事態があったのかも」


 恐る恐る話す光太をよそに、アイラはしかめ面をして何やら考えている。

 今のところ質問の意図は読めない。

 入れ替わったのがいつか。正体に気付いているか。

 これは質問というよりもむしろ確認といった方がしっくりくる内容だ。迷路に挑む挑戦者が事前に渡した地図通りにちゃんと正しい道を進めているかを確かめているような、そんな印象を得る。

 しかし、続けられた質問はあらぬ方向へと飛んだものだった。


「キミの御両親ってさ、元気?」

「……訊いてどうする?」


 この場で両親の話をされるということは、光太からすれば『両親を襲います』と宣言されていることと同意だ。


「いくら脅迫されている立場だからといってもな、何でもホイホイ答えるわけにはいかねぇよ」


 光太が強い警戒心を抱くのも無理はない。だが、アイラはすぐそれに気付いたらしく「あ、違うの」と否定を入れてから、


「もしかしてごく最近、御両親になにかあったんじゃないかって訊きたかったの」

 と、言い直した。


 両親に最近起こったことといえばすぐに思い当たることがある。が、それを訊いてどうするのか、その答えにはなっていない。答えるか否かを迷った光太だったが、


「勤め先が火事にあった」

 と、答えることにした。


 火事についてはニュースですでに報道されており、とりわけ危険を冒してまで隠す必要性を得られなかった。リーナがすでに軍に援護要請を出していることもあり、遠い外国にいる両親はむしろ今の光太より数段安全に守られていると思える。

 ただ、知っていてもおかしくはないようなことにもかかわらず、アイラの驚き様は一目でわかるほどだった。


「もしかして亡くなったの?」

 加えて、本気でそれを案じているように問いかけてきた。

「いや、死者は出ていない。ニュースで見なかったか?」

「え、ええ。ちょっと立て込んでたから……」

 気まずそうに俯くアイラ。


「それよりも、御両親が無事だったなら連絡は取ったんだよね?」

「その火事以降、オレは直接話してない。安否報告だけは同居人の元に入ったみたいだけど」

「その同居人は? 何か報告を受けたりしたとか言ってなかった?」


 光太が首を横に振ると、ますます怪訝そうな表情を見せるアイラ。

 どうやらそれがかなり重要なことらしい。話の流れから察すると、アイラや美森の正体を明らかにする為の報告が光太の両親からもたらされるはずだった、といったところで間違いないだろう。

 リカルドがその報告を受けた上で黙っているのか、報告自体を受けていないのかは定かではないが、おそらくは後者だ。でなければ、リカルドはあの夜にあんな話を光太にするはずがない。それを黙っていなければ全てを話したも同然となってしまうからだ。


(なるほど、そういうことか) 


 光太はようやく一つの答えに辿りついた。

 その存在自体に驚きを隠せはしないが、そうであるとわかってしまえば数々の不可思議現象にも納得がいく。レムとの関わりもまた然りだ。


「オレからも一ついいか?」


 そう光太が訊くと、アイラは表情そのままで視線だけを合わしてきた。その目が『聞くだけなら聞いてあげる』と言っていた。


「答えは『魔女』だな?」


 光太の両親である秀和と明里は三百年前に予知されたレムの死を回避する手掛かりを見つける為に何の調査を行っていたか。リカルドは『魔女について』だと光太に教えてくれた。もしあの火事が無ければ今頃は調査報告がこちらに届いていてもおかしくはない。

 アイラとしてもここまで話せば気付くだろうと思っていたのか、特に隠そうともせず、何も答えなかった。


「それをオレに伝えてどうするつもりだったんだ?」


 自分たちが魔女であると光太に伝わるはず。アイラはそう見越していた。踏み込んでいえば、両親に情報を提供していた可能性すらある。その理由こそに、この騒動の真の目的が隠されているはずだ。


「見極める、そう言ったよね? 少し予定とはズレちゃったみたいだけどしょうがないか」


 アイラの双眸にかつてない真剣さが宿った。予期せぬ出来事とやらがあったせいで弛緩していた空気に緊張が舞い戻る。


「キミはさ、姫に関わったことで命の危険に晒されてる。キミだけじゃない。関わった人全員が不幸になるとも忠告した。ワタシの力がハッタリじゃないっていう証拠も見せたんだから、これがただの脅しじゃないって理解してくれてるよね?」


「……ああ」


 光太は死神に睨まれたような気がした。振りかざされた鎌が喉元までやってきているのを感じた。心の奥底からが冷たい何かが間欠泉のように吹き出していた。

 おそらく次にアイラから告げられる質問に対しての答えに全てが賭かっている。光太はそうヒシヒシと感じた。自らの命だけではなく、恵やリカルド、リーナ、そして両親も。


「じゃあ、最後の質問」


 死にたくない、死なせたくない。


 その一心だった。


 アイラがその口を開く。


「姫から手を引いてくれますか?」


 その瞬間、光太に思い浮かんだのは――。


 レムの笑顔、だった。


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