エミリーちゃんは残す
「なーなー、最近新しくケーキバイキングのお店できたんよー。それで俺甘党やから行きたいんやけど、男一人で行くの恥ずかしくてさぁ。一緒にいかへん?」
「えー何それ、デート誘ってんのー? きゃはは」
「そここないだ行ったけど、結構いい感じだったよ」
ある日のお昼休み、クラスメイトのそんな会話が漏れ聞こえる。この辺は都会というわけでもないので、新しいお店が出来ると結構話題になるわけだ。2ヶ月程度で潰れてしまうようなお店もあるので、そうなる前に一度は通うスタイルの俺ではあるが、あまり甘いものは好きではないし、一人焼肉や一人ファミレスは余裕な俺ではあるが、一人ケーキバイキングは結構辛い。
「……」
後ろの席で地元の情報誌を読んでいるエミリーちゃんが誘ってくれないかなあ、なんて考えていると、彼女と目が合ってしまう。
「読みたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「そうですか。……ここのケーキバイキング、興味あるんですけど一人は何だか恥ずかしくて。よければ一緒に行きませんか?」
雑誌に書かれている、例のお店の特集記事を見せながらそんな事を聞いてくるエミリーちゃん。エミリーちゃんの方から誘ってくれるなんて都合のいい展開ににんまりとしてしまうも、誘われたら何だか意地悪をしちゃうのが男の性というものだ。
「あそこの男と行けば? 丁度お仲間探してるみたいだし」
「……え?」
そんな風に突き放してみると、信じられないといった表情になるエミリーちゃん。別に今の俺達の関係は友達以上恋人未満ですらないと思うのだが、それでも拒絶されるとは思ってなかったようだ。
「冗談だよ。早速学校終わったら行く?」
「そうですね。学校帰りにスイーツ食べに行くなんて、不良学生っぽくていいですね」
「別にそれくらいは皆やってると思うけどなぁ」
「何でそんなにニヤニヤしてるんですか?」
彼女がそんな反応したということは、ある程度俺を意識しているという事であり、どうしてもにやけ面になってしまう。ともあれ、俺達はその日の放課後、話題のケーキバイキングのお店にやってきたというわけだ。
「へえ、思ってたよりもオシャレで本格的ですね。カップル連れでも楽しめるように、スパゲッティとかカレーとかも。値段もこの手のお店にしては安い気がします」
「俺としては、ケーキバイキングなのにスパゲッティだのカレーだの邪道だと思うけどなあ。これじゃあただの食べ放題じゃん。ケーキバイキングの方が見栄えはいいんだろうけど、うーん……」
「どうでもいいことに拘るんですね吉和さんは。さーて、いっぱい食べますよ今日は」
この手のお店で出てくるケーキというのは、女の子が色んな味を楽しめるように、ケーキ一つ一つ自体は小さいイメージがあるが、ここは普通のケーキショップで売っている一切れ分くらいはある。とりあえず無難に俺はショートケーキとモンブランを一つずつお皿にとるが、エミリーちゃんはいきなり7個くらいお皿にとっている。
「そんなに食べられるの?」
「余裕ですよ、甘い物は別腹です。いただきます」
俺は一つのケーキを3口くらいで食べるが、エミリーちゃんは全部のケーキをちょっとずつ食べている。なんだろう、食事中に感じることではないだろうけど、ゴキブリを見つけて食べている途中に別のゴキブリを見つけたので、食べていたゴキブリを放置して襲いに行くアシダカグモみたいだ。
「なかなかの味ですね。うん、気に入りました」
「ふうん……ケーキなんて滅多に食べないからわかんないや。次はどれを取ろうかな」
あまり甘ったるいのは苦手なので、ザッハトルテやオペラといったものは避けてフルーツタルトのような酸味の効いたものを優先的にとる。それでもケーキを6こ食べたくらいでちょっと気持ち悪くなってきたので、ここでギブアップ。食後のコーヒーをすすりつつ、ちびちびと食べているエミリーちゃんを見守る。
「ふう、完食」
「美味しかった? それじゃあ帰ろうか」
「何言ってるんですか、私はまだ食べますよ」
「えぇ?」
じっとエミリーちゃんを観察していたが、ケーキ4個くらいからペースが落ちてきているように見えたし、彼女も限界だと思っていたのだが彼女はまだ食べるつもりらしく、先程と同じようにケーキをいくつかお皿にとってきた。
「そんなに食べられるの? 1つずつにした方が」
「余裕ですよ余裕」
余裕ぶって先程よりも食べるペースをあげるエミリーちゃんを心配そうに見ていたが、やはり限界だったらしく、全てのケーキを3割程度食べたあたりで苦しそうな表情になった。
「うっ……この私としたことが、力量を見誤りましたね。仕方がないです、帰るとしましょうか」
「あーあー、たくさん取ってちょっとずつ食べるなんてことするからこんなに無駄にしちゃって。アフリカの子供が激おこだよ?」
食事は綺麗に残さず食べるタイプの人間なので、もったいない残し方をして帰ろうとするエミリーちゃんに憤慨するが、彼女は鼻で笑い始める。
「アフリカの子供だってお腹いっぱいになったら残しますよ。それに、残飯は肥料として利用することもできるんですよ? アフリカの子供よりも、日本の農業を優先するべきでしょう」
「意味不明な理論を持ち出して……」
「そもそも私達がケーキを食べようが食べまいが、一度作ったケーキをアフリカに持っていくなんて無理ですよ。お腹の中に入るか残飯になるかの二択なんです。もったいないなんて言葉を使うなら、バイキングなんてスタイルは即刻やめるように吠えるべきですね」
「ううむ……」
俺は頭が悪いので、こういう事を言われたら反論できなくなってしまう。
「それに中国だったり他の国では、料理は少し残すのがマナーですよ。私は中国人の血をひいているので何の問題もありません」
「少し、じゃないと思うけどなあ……ん?」
勝利宣言して大量に残してしまったケーキを放置し、お腹をさすりながら帰ろうとするエミリーちゃん。一方の俺は、料金表に書いてある注意書きを発見する。
「残した量が多い場合は、ペナルティで追加料金だってさ」
「なっ……」
ケーキ数個で元は取れているかもしれないが、ペナルティなんて受けたら大損だ。悔しそうにエミリーちゃんは残ったケーキを食べようとするが、限界だったようで吐きそうになり口を押える。
「うっ……代わりに食べてくれませんか?」
「間接キスになるけど、それでもいいの?」
「構いませんよ。私はちょっとトイレに……」
そう言ってトイレに逃げ込むエミリーちゃん。ちょっと時間をおいたことで大分お腹に余裕が出て来たからか、残ったケーキを何とか消化することができた。それと同時に、少しすっきりした表情のエミリーちゃんがトイレから出てくる。
「ふう」
「……食べたもの出したからお腹空いてるでしょ、またケーキ食べてもいいんだよ?」
「いえ、結構です! 帰りましょう!」
どうやらエミリーちゃんはトイレでゲロったようだ。華の女子高生がケーキ食べ過ぎて吐くなんて、お兄さん見たくなかったなあと、まともなデートっぽいイベントを微妙な形で終えるのだった。