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エミリーちゃんはギャンブルにハマらない

「パチンコなんて消えてしまえばいいのに」


 ある日の昼休憩、窓の外を眺めてぼつりとエミリーちゃんがそう呟いたのを俺は見逃さなかった。その日の午後も元気のなさそうな表情で授業を受ける彼女が心配になった俺は、放課後になるとエミリーちゃんを心の病院に連れていこうとする。


「エミリーちゃん、まずは相談しよう。この近くにある病院の先生は、ギャンブル依存症に詳しいって評判なんだ。今ならまだ、家族を救えるかもしれない」

「あの、何を言っているんですか?」

「父親がパチンコ依存症なんだろう? パチンコなんて消えてしまえばいいのにって、悲しそうに言ってたじゃないか」

「……は?」


 どうやら俺の勘違いだったらしく、勝手に人の親をギャンブラーにしないでくださいと呆れられてしまう。エミリーちゃんは耳を塞ぐジェスチャーをすると、大きくため息をついた。


「……帰り道にパチンコ店がありまして。朝はいいですよ、通学時間は開店してませんから。けど、帰り道にあの前を通るとうるさいんです。特に客が出入りする時に居合わせたらヤバいですよ。けど、そんなことでわざわざ帰り道のコースを変えるのも、何だか癪ですよね……」

「なるほどねえ。確かに俺も経験したことあるよ、何気なく前を通ったらドアが開いて爆音でびっくり」

「何が楽しいんでしょうかね? 基本勝てないらしいじゃないですか。ギャンブルやるなら株やFXやった方が日本経済もきっとよくなりますよ」

「休日とか、イベント日だとかで朝から並んでるのを見かけるもんねえ……そう言われると、何が楽しいのか気になってきたよ。これから打ちに行かない?」


 タバコやギャンブルは、子供の頃に覚えて大人になる頃に忘れるくらいが丁度いいと言っている人がいる。確かに大人になってからハマるよりは、子供の頃に少しくらい味わっていた方が安全な気もしてきた。


「はぁ? 今からですか? 私は停学なんて嫌ですよ?」

「いやいや、俺達でも打てる場所、あるじゃないか」

「……?」

「ほら、ここ」


 制服姿でパチンコに行くなんて自殺行為をする程俺もエミリーちゃんも愚かではないが、18歳にならなくてもパチンコができる場所を知っている。俺の指差す先には、一件のゲームセンターがあった。


「なるほど。確かにゲームセンターって、無駄にたくさんパチンコがありましたね。音も控えめになってるみたいですし、100円から遊べるみたいですし、当たればメダルで遊べるし、いいじゃないですか」

「何をやろうかな……お、サルスピがあるな。俺はこれを打ってみようかな」

「それじゃあ私は、こっちの罪罰4のスロットにしてみます。台も何だかネコミミついてて可愛らしいですし、原作結構好きなんですよね」

「全体的に、漫画とかゲームの台が多いね。ファンを取り込もうって魂胆か」


 スロットを打つらしいエミリーちゃんの横に座り、俺は100円を入れてハンドルを適当にまわす。やがて玉が真ん中の穴に入り、中央のスロットが回転し始めた。ヒロインが『チャンスです!』と言ったり、数字が2つ揃った後に1分くらいのアニメが流れたりしたが、100円じゃ流石に当たってくれなかったようで玉が無くなってしまう。100円を追加する傍ら隣の様子を窺うと、エミリーちゃんが険しい表情をしていた。


「……7が揃わない。動体視力、あんまないんですよねえ……」

「スロットって、当たりが確定しないと7が揃わないって聞いたことあるよ?」

「そうなんですか? 毎回7を揃えようとしていた私の努力は無駄だったんですね……」


 スロットはパチンコに比べると難易度が高いらしい。お互い1回くらい当たるといいなあと思いながら、俺は自分の台に集中する。タイトルロゴが出てきたり、文字が赤かったりと何だか期待できそうな感じだったが、気づいた時には野口がお亡くなりになってしまった。


「……確か現実のパチンコって、1玉4円くらいするんだよな。100円で200玉だから、1000円で2000玉。現実だったら8千円も負けてるのか。30分も経ってないのに!? はは、馬鹿じゃねえの、やーめた。そっちはどう?」

「何だか、そろそろ当たりそうな気がするんですよね。今、原作のダンジョンを皆で探索してるところなんです。この先ボスがいると思うんですけど……あ、ボス来ました!」


 パチンコの恐ろしさを思い知った俺は二度とやるまいと誓いつつ、隣を覗く。エミリーちゃんも同じくらいお金を無駄にしているらしく、少し不機嫌そうな顔になっている。


「これに勝てばきっと大当たり……ボタンを連打しろって出ました、私の代わりに押してください!」

「ようしまかせろ! うおおおおおおおおおお!」


 敵の攻撃を受けて倒れそうな味方を、ボタンを押して立ち上がらせるという演出のようだ。俺は必死にボタンを連打するが、連打力が足りなかったのか味方はばたりと倒れてしまった。


「ごめん」

「はぁ……今残ってるのが無くなったら私もヤメにします」


 ため息をつきながら残っているクレジットを使い切ろうとエミリーちゃんがレバーを叩いた瞬間、物凄い爆音がして画面が虹色に輝く。次の瞬間、味方が傷一つない身体で立ち上がり、敵を見事にやっつけていた。


「……」

「……」


 突然の事に唖然とする俺達。当たったのだと理解した時、イエーイと俺達はハイタッチ。


「やりました! 当たりましたよ!」

「やったねエミリーちゃん。どのくらい出るんだろう」

「このパンフレットによると、当る確率は300分の1くらいだそうですよ。どうやら千円使って、150回くらいで当たったみたいです。二千円分くらいは期待していいんじゃないでしょうか?」


 当たったのが嬉しいのか、ウキウキしながらレバーとボタンを叩くエミリーちゃん。催してきたので大当たり中の彼女を置いてトイレに向かい、用を足す途中でとある不安が脳裏をよぎる。


「……これって、ビギナーズラックってやつじゃ」


 俺達はギャンブルの何が楽しいのかを知るために来たのだから、そりゃあ当った方が楽しさを理解できるに決まっているが、楽しさを知ることでギャンブルにハマってしまう可能性もある。昔テレビで、初めてパチンコをやって10万勝ってハマったけど、結局300万借金をしたなんて恐ろしいドキュメントを見た記憶がある。エミリーちゃんがギャンブル依存症になったら自分の責任だと、用を足し終えた後慌てて忠告に向かったが、そこにいたのは虚無と表現するしかない顔のエミリーちゃん。


「エミリーちゃん、今日はたまたま運がよかっただけで、ギャンブルなんてまず負けるんだから……?」

「……クレジット換算で100枚、100円で30クレジットですから、300円ちょっとですね」

「え、そんだけしか出なかったの?」


 そんな馬鹿な、と画面を見るが、確かに大当たりが終わったらしく画面には主役と見られるキャラが歩いていて、台の下部には申し訳程度のゲームセンターで使えるメダルが散らばるのみだ。


「……平均2000円使って当たって、300円ですか。馬鹿ですねえ、こんなものにお金をかけるギャンブラーも、好きな作品だし面白いかもと思った私も。さっさと残ったクレジットやらもメダルに変えて、こんな募金箱とはおさらばです。……このボタンですね」


 悪態をつきながら、ペイアウトと書かれたボタンを押すエミリーちゃん。するとウイーンウイーンと当った時とは比べものにならない爆音が響き渡り、俺も彼女もビクっと震える。


「パチンコもスロットも、消えてなくなれ!」


 雀の涙程のメダルも使い切りゲームセンターを出た時、エミリーちゃんのギャンブルへの恨みはより深いものになっていた。



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