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エミリーちゃんは動物虐待をする?

「おい見ろよ、校庭に犬入ってきとんぞ!?」

「ほんまじゃ!」


 高校生になっても、学校に動物が乱入してきたらテンションがあがるのはどこでも同じ。窓際に座っている俺も外を見やり、やけに凶暴そうな黒い犬が走りまわりながら唸っているのを眺める。野良ドーベルマンだろうか。


「エミリーちゃん見て見て。わんわんだよわんわん。カッコいいよね」

「私は猫派なので」


 俺も童心に帰りキラキラとして目で後ろに座っているエミリーちゃんに話しかけるが、彼女は窓の向こうを見ようともせずにノートに何やら描きはじめる。


「何それ?」

「……何でもないです」


 ノートに描かれたよくわからない怪物を見て首をかしげると、エミリーちゃんはそのページを破り、くしゃくしゃにしてゴミ箱に捨ててしまう。猫を描いたつもりだと理解したのは、その後の授業中であった。


「犬って噛むし臭いし吠えるし、ベロ垂らしてて気持ち悪いですし、あんなのどこがいいんですか?」

「飼い主に従順だし、頼りになるし、柴犬とかは可愛いよ?」

「小学校の頃近所で飼われてて私を見るなり吠えてきたあの犬絶対許しません」

「エミリーちゃんの隠し切れない人間性を犬はわかっていたのかもね」

「は? ……あ、ぬこだ」


 何となく途中まで一緒に帰ることになった俺とエミリーちゃん。エミリーちゃんは犬にトラウマを持っているようだが、かくいう俺も中学の頃野良犬3匹に喧嘩を売って負けたことがあり、若干犬はトラウマになっていたりするのだが。そうこうしているうちに、前方に一匹の三毛猫を見つけた。


「ぬこ? 猫でしょ」

「猫好きの人は猫をぬこって呼ぶんですよ。……偶然にも魚肉ソーセージを持ってたんであげましょう」

「魚肉ソーセージって偶然持ってるようなものなのかなぁ……?」


 確かに猫よりもぬこの方が可愛らしい気もする。エミリーちゃんが魚肉ソーセージの包みを剥すと、匂いを察知したのか猫の方からやってくる。


「餌ですよー……なんてね!」


 猫の頭上から魚肉ソーセージをぶらさげるエミリーちゃん。猫はそれを取ろうとねこぱんちを繰り出すが、すんでのところで彼女は手を上にあげて避けてしまう。


「意地悪だなあ」

「可愛いじゃないですか、この仕草」


 その後何度も魚肉ソーセージを近づけては遠ざけ、猫を焦らすエミリーちゃん。可哀想な事をするなあとその光景を眺めていたのだが、天罰が下ったようだ。


「……! いたぁっ!」


 ギリギリの攻防をしていた一人と一匹だが、ついに猫が勝ったようで彼女の手を思いきりひっかく。痛みにエミリーちゃんは魚肉ソーセージを離し、地面に落ちたそれを猫はガツガツと食べ始めた。


「……」

「あーあ、ちょっと血が出てるよ。帰ったらちゃんと洗わないとね」


 忌々しげに猫を睨みつけるエミリーちゃんだが、猫は食べ終えるともう用はないと言わんばかりに去って行ってしまう。所詮は畜生、恩知らずなもんだ。


「……ところで、今のは動物虐待にあたるんでしょうか?」

「?」


 猫が去った後、エミリーちゃんは何事も無かったかのように歩き出す。その後、首をかしげながら俺にそんなことを問いかけてきた。焦らしプレイは確かによくないと思うが、虐待のぎの字もないと思うのだが。


「まず、あの猫が野良なのか地域猫なのか飼い猫なのか知りませんけど、野良猫に餌付けをするのって本来は駄目なんですよ。人間から餌を貰いすぎると、野性を忘れて自分で餌を獲れなくなりますから。定期的に餌をあげるならともかく、無責任に餌をあげて放置するのは虐待もいいとこではないでしょうか」

「なるほど。でも人間に慣れてたし、野良じゃないんじゃないの?」


 確かに野良猫に餌をあげて、懐いたところで餌をあげずに放置して、猫が飢え死にしたら野良猫だしと弁解するのは虐待もいいところかもしれない。ただ痛めつけるだけが虐待ではないというエミリーちゃんの見解に感心していると、エミリーちゃんは魚肉ソーセージの包みに表記されている栄養素を眺めはじめる。


「それに、猫は肉食だし魚が好きだから、魚肉ソーセージが好物みたいな風潮がありますけど、基本的に人間用の食べ物は猫にとっては毒ですよ。身体の大きさだって全然違いますから、塩分とかの採りすぎになるんです」

「うーん……」


 可愛いから猫にお菓子をあげる女子高生なんていくらでもいるが、お菓子が猫にとってどれだけ毒かを彼女達は恐らく知らないだろう。知らないということは罪かもしれないし、知っててあげたエミリーちゃんは悪人だ。


「でも、人間だって体に悪いけど美味しいものを食べますよね。毎日食べるわけでもない、ちょっとだけならいいんじゃないでしょうか。猫だって、毎日魚肉ソーセージを食べれば身体を壊すかもしれませんが、たまに食べるくらいなら大丈夫だと思うんですよね」

「確かに」


 俺だって体に悪いのを知っててタバコを吸っているし、ジャンクフードだって食べるしコーラだって飲む。添加物たっぷりのラーメンだって大好物だ。体に悪いのを承知で美味しいものを食べている人間が、動物には体に悪いものを食べさせるなというのはおかしいのかもしれない。


「よく言われますよね、犬や猫にチョコやネギをあげちゃ駄目だ、毒だから……って。でも、ちょっと食べただけで即死するわけではありません、個人差もありますけど致死量ってものがありますから。産まれたての子犬や子猫ならともかく、大人になった犬や猫は、チョコやネギだけ餌として与えない限りは大丈夫ですよ」

「そうだったんだ、知らなかった」


 中途半端な知識が一番厄介だ。アニメの影響でハムスターの主食はひまわりの種だと思っている人もいるが、あれはあくまでおやつであり、主食にするにはカロリーが多すぎるらしい。


「案外猫も、早死にしてもいいから、野性を忘れてもいいから美味しいものたくさん食べたいって思ってるかもしれませんね。野良猫に餌をあげるのは悪いことなんでしょうか? 猫に体に悪い食べ物をあげるのは悪いことなんでしょうか? 私が今したことは、動物虐待なんでしょうか?」

「俺には難しすぎる話題だよ……」

「私は、悪い事だと思ってないんですよ。いえ、本当は悪い事だと思っているのかもしれませんね、でも猫を見つけたらつい餌をあげたくなるんです。そんなもんですよね」


 悪い事をしたがっている彼女ではあるが、悪い事というのは法律違反かと言われればそうとは言い切れない。法律なんて関係なく、自分が悪いと思ってることをすれば悪人だし、自分が本当に悪いと思ってないなら犯罪だってすればいいとすら俺は思っている。他人はそれを咎めるのかもしれないけれど、少なくとも俺はもう一匹現れた猫に、小さめのチョコレートを与えるエミリーちゃんを肯定するのだった。


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