エミリーちゃんは原付で事故る
「やあエミリーちゃん」
「……こんばんわ」
休日。まかない目当てに始めた中華料理店のアルバイトから帰っている途中、偶然ダルそうに歩いているエミリーちゃんを発見した俺は愛機を止めて挨拶する。
「随分お疲れだね」
「近くにある古本屋で読みたいのはほとんど読んでしまって、休みですし散歩がてら遠出をすることにしたんです。まだ読んでない本がたくさんあって夢中になってずっと立ち読みしていた結果、帰る気力が無くなって……」
「そりゃ大変だ。俺もバイト終わりでくたくただけど、まあ原チャがあるからね。それじゃ頑張ってね」
帰ってみたい番組があるので原チャを押して彼女と一緒にお散歩というわけにもいかない。俺は手を振ってその場から去ろうとしたのだが、
「……乗せてください」
「こら!」
エミリーちゃんは勝手に俺の後に跨ってくる。女を後ろに乗せての二人乗りは青春だが、自転車とは訳が違う。
「いいじゃないですか、原付でも二人乗りってオッケーなんでしょう?」
「原付にも種類があって、これは二人乗り禁止な原付なんだよ」
「何で二人乗りOKな原付買わなかったんですか!」
「免許がないんだよ免許が!」
エミリーちゃんの言っているのは原付二種のことだろう、原付という名前を冠しているがバイク扱い、俺の持っている原付免許では運転することができない。年齢的にはバイクの免許をとることもできるのだが、学科試験だけで取れる原付と比べると金も時間も色々かかる。この原付も、先輩のお古で安かったとはいえ高校生には結構な金額だ。
「はー、高校生なら女の子を後ろに乗せて青春するために二人乗りオッケーなのを買うのが常識でしょう、これだから男は……」
「そんなことで男性批判されても……」
「だったらせめて私に乗らせてください」
余程歩きたくないのか俺を無理矢理引きはがして乗ろうとするエミリーちゃん。これで無免許運転で捕まってしまったら、俺が巻き添えで大変な事になってしまう。
「駄目だよ……原付は確かに俺でも免許が取れるような代物だけど、危険なんだから」
「あ、確か公道じゃなかったら乗ってもいいんですよね。原付気分味わわせてくださいよ、私も免許取ろうかと悩んでいたところなんです」
「確かにそういうの聞いたことあるけど、公道じゃないところってどこさ?」
近くに空地がありましたから、そこで運転させてくださいと勝手に走り出すエミリーちゃん。元気じゃないかと呆れつつ彼女の後を追うと、確かにそこは人の出入りなんてまずないであろう空地があった。
「ここなら運転しても文句ないんじゃないですか?」
「うーん、どうだろう……微妙な気もするけど」
「つべこべ言わず、運転させてください」
空地に原付を停めると、ウキウキしながら跨るエミリーちゃん。自分のサドルに女の子が跨るというのは
一種の性的興奮を覚えるわけだが、それよりも心配でたまらない。
「大丈夫? 運転の仕方わかる? それアクセルね」
「心配しないでください、こうみえて激走トマレンナーやってますから」
「何それ……」
ハラハラしている俺を他所にのろのろと空地を移動し始めるエミリーちゃんオンザ愛機。流石に無免許であるということを自覚しているからか、自転車よりも少し遅いくらいのスピードで空地をぶんぶんと駆け回る。
「いいですねこれ、漕ぐ必要ありませんし、楽です」
「そうかいそうかい、そろそろ降りなさい」
「わかりました……あれ? ブレーキがない」
気が済んだようで降りようとするエミリーちゃんだが、ブレーキの場所がわからないらしく足をガンガンとやっている。
「違うよ、自転車と同じ! ブレーキ! ブレーキ!」
「ああ、これね……ってひゃあああ!」
「違う、それアクセル!」
車でブレーキとアクセルを間違えてしまうのは大抵女性らしい。エミリーちゃんはブレーキと間違えて思いきりアクセルを回してしまい、あわや壁に激突。すんでのところで危機回避能力が働いたらしくピョンと原付から飛び去ったおかげで地面を転がりまわる程度で済んだものの、俺の原付は哀れにも時速30kmで壁にぶつかってしまった。
「大丈夫? エミリーちゃん」
「はい、何とか……でも原付が」
「スピードがあんまりでないのが原付だし、ぶつかってもそこまでダメージは負わないはずだよ。作用反作用のなんとかってやつ。エミリーちゃんが無事でよかった」
ここでエミリーちゃんよりも原付を心配する程俺は駄目な人間じゃない。エミリーちゃんは起き上がると、半泣き状態で顔を赤らめて俺を見つめ、
「……すいませんでしたー!」
そう言ってその場から逃げ去ってしまった。元気だなあ。