エミリーちゃんは信号無視をする?
「……」
「どうしたのさエミリーちゃん、便秘?」
「あぁ?」
「ごめん」
この日俺が学校に向かうとエミリーちゃんが自分の席で唸っていた。軽いセクハラをして睨まれてゾクゾクしながらも、彼女の机に広げられたノートを見る。そこにはハシゴのような絵が描かれてあった。
「何これ?」
「見てわかりませんか? 横断歩道です。……うーん」
ハシゴではなく横断歩道だったらしい。エミリーちゃんは棒人間を横断歩道の中に描いたり、そこから離れた道路に描いたりして悩み始める。
「自分の絵心の無さに悩んでるの?」
「それも若干ありますが……どこから信号無視になるんでしょうか?」
横断歩道の中に描かれた棒人間を指差すエミリーちゃん。
「例え車が無くても、赤信号の時に横断歩道を渡るのは信号無視ですよね、警察がいたら絶対に怒られます」
「うん」
「でも、周囲に信号とか横断歩道のない道路とか、車が無かったら普通に皆横断しますよね」
「そうだね」
「その境目ってどのくらいなんでしょうか? 今朝学校に行く途中に信号無視をしてる歩行者を見て気になりまして」
続いて横断歩道から随分離れた場所にいる棒人間を指差したり、その中間地点にいる棒人間を指差したりして悩むエミリーちゃん。確かに横断歩道の2m横を『ここは横断歩道じゃないし信号無視してもOK』なんて渡ったらアウトだろうけど、100m離れてたらセーフだろう。しかし、これには割ときちんとした答えが用意されていたりする。
「大体30mだったかな」
「へ? 決まってるんですか?」
「原付の免許を取る時に、交通法とか勉強したからね。横断歩道から大体30m以内にいる場合は、歩行者は横断歩道を渡りましょうね、事故った時に不利になりますよみたいな事が書いてあったよ。道路の種類にもよるみたいだけどね」
タバコやシンナーといったふざけた知識ではなく、まともな知識を披露することができて感無量。エミリーちゃんの疑問も晴れてめでたしめでたし、といきたいところではあったが、そうは問屋が卸さなかったのようだ。
「……よし、学校終わったら、信号無視しましょう」
「ええ……?」
◆ ◆ ◆
「今日の私は強気に攻めます。交番の目の前で、横断歩道から10mしか離れていないこの場所を突っ切ります!」
「……」
放課後、後ろに交番がある道路の前でちゃちな非行に走ろうとしているエミリーちゃんと、結局ついてきてしまった俺。いやまあ、交番の目の前だし、怒られるかもしれないけどさあ……
「なかなか行くタイミングがありませんね……」
「ここ交通量多いからね」
車がいない時を見計らって横断したい彼女ではあるが、なかなか車が無くならない。しかし天はエミリーちゃんに味方したのか、車がピタっと止まりはじめた。
「チャンス!」
その隙を見て、キョロキョロと辺りを確認して一気に道路を突っ切る彼女。向かいで成し遂げた顔をする彼女に、俺はある場所を指差した。
「……」
「……」
そりゃあ車も止まるよ、赤信号だし。微妙に信号無視できなかったからか悔しがるエミリーちゃんは、もう一度道路を突っ切ってこちらに戻ってくる気まんまんのようで、静かに歩行者側が赤信号で車があんまり走ってない状況を待つ。
「今だ!」
そしてようやくおあつらえ向きの状況に。車が両方向から向かってくるが、普通に歩けば間に合うというタイミングでエミリーちゃんはここぞとばかりに道路を走って突っ切ろうとしたが、
「ぶべっ」
「!!!」
つまずいて道路のど真ん中でこけてしまう。それによりタイムロスが発生し、両方向からやってきた車が迷惑そうにブレーキを踏んでエミリーちゃんを轢かないように停まってくれる。もしもスピードを出しすぎている車だったら危なかったかもしれないと、内心俺はヒヤヒヤしていた。
「すいません、すいません……」
立ち上がったエミリーちゃんはぺこぺこと謝りながら俺の方へ戻ってくる。信号無視をした感想を聞くと、
「危ないからやめた方がいいですね」
「そうか……」
恥ずかしそうにそう告げて、さようならとその場から去って行くのだった。ちなみに交番の中には誰もいなかったので怒られなかった。