エミリーちゃんはコンタクトにする
「黒髪好きのキモオタ吉和さんに免じて髪は染めませんが、眼鏡は外そうかと思います。正直ダサいと思ってますし」
「いいんじゃないかな。俺は眼鏡フェチじゃないし」
コンタクトレンズの広告を見ながらそんな事を言い出すエミリーちゃん。彼女は確かに分厚い眼鏡をかけてはいるけれど綺麗な目は見えるし、眼鏡フェチではないがコンタクトレンズフェチなんて意味不明な性癖でもないし、正直なところどうでもいい、というある意味酷い感想にはなるのだが、彼女にとっては眼鏡はダサいという認識なのだろう。
「どうですか、眼鏡を外した私、可愛いですか?」
「え? ああ、可愛い可愛い」
「なんか投げやりじゃないですかね? 声も変ですし」
「だって俺エミリーちゃんの彼氏じゃないし」
「!? な、何言ってるんですか吉和さん」
眼鏡を外した自分を見て貰いたかったらしいが、余程目が悪いのか別の男子を俺だと思って話しかけている。ちょっと見えなくなったくらいで間違えるなんて酷いなあと若干傷つきながら、彼女の肩をぽんぽんと叩くと振り向いて俺の顔を凝視し始めた。
「……本物ですか?」
「近いよエミリーちゃん、そんなに目が悪いの?」
「0.01くらいだと思いますよ。外した眼鏡がどこにあるかすらわからないので、かけてください」
「かけてくださいって台詞ちょっとエロいよね」
「死ねばいいのに」
随分と口が悪くなったなあと悲しみに暮れながら彼女の顔に眼鏡をかけてやる。今更顔が近いことを実感したらしく、急に顔を赤くして後ずさるエミリーちゃんであった。
「じゃーん、実はコンタクト買ってきました」
「ふーん」
「もう少し反応してくれてもいいんじゃないですかねぇ?」
「割と反応に困るんだけど……コンタクト買ってきましたって言われても……」
翌日の昼休憩。コンタクトレンズを買ってきたらしく自慢げに俺に見せつけてくるエミリーちゃん。おめでとうと言えばいいのだろうか、早くつけて欲しいとでも言えばいいのだろうか、こんな醒めた反応が出てしまうあたり、若干恋人として倦怠期に入っているんだろうかと悩む俺を他所に、彼女はうきうき気分でコンタクトレンズをつけようとする。
「ひぃ、怖い……」
「あ、その反応は可愛いな……」
「人が反応欲しい時には反応寄越さないで、怖がってる時には反応するなんてどういう了見ですかでもありがとうございます!」
早速眼鏡を外してコンタクトレンズをつけようとする彼女だが、やっぱり目に物を入れるのは抵抗感があるのかブルブル震えている。
「大丈夫? 一人でできる?」
「む、無理です、吉和さんやってください」
「変なプレイだね」
結局俺がエミリーちゃんの代わりにコンタクトレンズをつけてあげるなんて展開に。コンタクトを持って彼女の目に手を近づけると、それでも怖いのか彼女が目を瞑る。
「私は目を瞑ってますから、さっさとやってください」
「いや目を瞑ってたらコンタクトをつけられないでしょう、エミリーちゃん馬鹿なの? それともキスでもして欲しいの?」
「ひぃ……コンタクトをつけるのがこんなに怖いなんて……しかし! 私は大人になるんです! 眼鏡を捨てるんです! さあ、やってください! 私を大人にしたあの日のように!」
「エミリーちゃんあんまりそういう事言わないでね……えいっ」
何とか彼女の目にレンズをはめてやる。眼鏡無しでくっきりと世界が見えるようになったのが嬉しいのか、彼女はまず目の前にいる俺に人目もはばからず抱き付いてきた。
「……凄い、凄いですよ! くっきり見えます!」
「よかったねおめでとう教室でいきなり抱き付いてくるなんてどんだけビッチなのさ」
「……はっ」
指摘してやると顔を赤くして昨日の方に後ずさる。眼鏡とか裸眼とかどうでもよくて、彼女のこういうところが可愛いんだよなぁなんて、カメムシのように臭い台詞を頭で反芻させるのであった。
「もう私はコンタクターなので、眼鏡は家に置いてきました」
「コンタクターって言うんだ?」
「いや適当です」
翌日。眼鏡を外した彼女と一緒に登校する。なんだかんだいって眼鏡のない彼女は新鮮だし、可愛い。この可愛さが俺自身眼鏡をダサいと思っていたからなのか、単に新鮮さに惹かれているからなのかは、神のみぞ知る。
「……コンタクト落としました」
「……」
そして登校中に気付いたら落としていたらしい彼女のコンタクトレンズの在処も、神のみぞ知る。




