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エミリーちゃんは髪を染めない

「髪を元に戻しました」

「えっ!? あんなにダサかったのに!? それでいて唯一の個性だったのに!?」


 俺の髪の色は青色であった。だがある日鏡を見ると、凄く恥ずかしくなってきたので急遽地毛である黒に戻し、まともな髪の色になって彼女とご対面したのだが、彼女は不満そうだ。


「いや、冷静に考えてないでしょ、青髪って。有り得ないよ」

「私が中国系って知った時に、『俺もハーフなんだよ』とか酷いギャグかましてましたもんね」

「やめて、忘れて」


 そもそも何故俺が髪の色を青にしていたかと言えば、ずばりカッコいいと思っていたからだ。中学三年の辺りで染めて、そのままなあなあで過ごしてきたが高校二年生になってようやく俺も恥じらいを知ったのだ。周りからはずっとダサいと笑われ続けていたのだろうが、それを乗り越えて大人になっていくしかない。


「うっすおはよー」

「おうおはよう……お前誰だ?」

「ひっでえ」


 クラスメイトもエミリーちゃんと同じくらい薄情なもので、髪の色を元に戻した俺を判別できないという傷つくギャグをかましてくる。俺の個性って変な名前と髪の色だけなのか……と若干落ち込みながら今日の授業へと臨む。授業中、エミリーちゃんはやたらとクラスメイトをきょろきょろと眺めているようだった。


「……私も髪を染めましょうかね」

「え、駄目だよ、勿体ないよ」


 そしてお昼休憩中、お弁当を食べながらそう呟くエミリーちゃん。ダサいダサいと言われて、最終的に髪を傷めた俺の惨状を見て尚もそんな決意をする彼女を、反面教師として咎めてやるが彼女は染めたくて染めたくてしょうがないようだ。


「別に吉和さんみたいに馬鹿みたいな色にはしませんよ。軽い茶色とか、金髪とか、オシャレな感じにするつもりです、吉和さんとは違って。このイモい眼鏡も無くして、コンタクトにしようかなあ。イメチェンイメチェン」

「二回も言わないでよ……眼鏡はともかく、折角の黒髪を台無しにするのはもったいないと思うけどなあ」

「そう、そこなんです」


 折角の黒髪、というフレーズに反応したのか、エミリーちゃんが自分の黒い髪を撫でながら不満げな表情をする。


「……黒髪好きな人って、キモオタっぽくないですか?」

「ちょっとその偏見は酷い気はするけれど……でも言われてみれば、オタクって黒髪ロングが好きそうなイメージ」

「ですよね。そういう人間に勝手に清楚なイメージを抱いて勝手に幻滅してビッチとか言うイメージですよね」

「わかるぞ! エミリーちゃん!」

「ウチも髪黒かった時くっそキモいナード野郎に勘違いされてほんま迷惑だったわ」


 クラスメイトにもオタクはいるというのに、偏見をぶちまけていくエミリーちゃんと俺。同じようなことをクラスメイトも思っていたらしく、近くにいた何人かが同意した。



「……というわけで、髪を染めるだけでそんな気持ち悪い連中との関わりが減ると思えば、安いもんじゃないですか? 吉和さんも、彼女がオタクに好かれたりしたら嫌でしょう?」

「まあ、彼女がオタクに好意を持たれた挙句ストーカーとかされたら確かに嫌だけど……いやいやいや! いいかいエミリーちゃん、はっきり言っておくよ。俺は黒髪が好きだからね、キモオタ扱いされたっていいよ、だから髪を染めるのはやめておくれよ」


 黒髪が好きな人はオタクっぽいと自分で偏見を持っておきながら、実のところ俺も黒髪が好きなのだ。力強く目の前の恋人にそう告げると、目を逸らしながら顔を赤らめる。


「そ、そうですか。……じゃあ、染めるのはやめにします」


 あっさりエミリーちゃんが折れて、その後しばらく気まずい無言の時間が流れる。教室の中で何ラブコメやってんだと、クラスメイトに茶化されて俺も顔を紅潮させるのだった。

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