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エミリーちゃんは電子タバコを吸う

「おはようございます、吉和さん」

「おはようエミリーちゃん」


 エミリーちゃんと出会ってから数日後。朝から皆が馬鹿騒ぎしている中、教室に入って来たエミリーちゃんは自分の席につくとその前に座っている俺に挨拶をしてくる。間もなく教師が入ってきて朝のHR。


「でさー……」

「マジで?」


 頭が悪いからこんな高校に入る羽目になってしまった俺。何とか学力を向上させたいと授業を真面目に聞こうとするが、なかなかうまくはいかない。授業のレベル自体は高くないので、頑張れば俺にだって理解できる。けれど、身体に染みついてしまった授業を真面目に受けない根性というものは、なかなか消えてくれないのだ。あくびをしながら周囲を見渡すと、授業中にぺちゃくちゃ喋っていたり、寝ていたり、携帯をいじっていたり、そういう連中が過半数。とはいえ、どこの学校だって似たようなものだろう。私立だって、お嬢様学校だって、有名進学校だって、一定の割合でそういう人間はいるものだ。ニュースを見れば、俺が逆立ちしても入れないような有名進学校の生徒だったり、日本じゃトップクラス扱いされている大学の生徒だって、万引きしたり、クスリやったり、強姦したり、そう俺達と変わらないことがわかる。勉強ができても性格の悪い奴は悪いし、犯罪をする奴はする。ただほんのちょっとだけ、俺達は割合が多いのだ。それだけで狂ったように叩かれるのだから、ちょっと酷い話だよなと思う事もあるが、勉強しなかった自分の自業自得なわけで。


「……」


 ふと後ろを振り向くと、エミリーちゃんが真面目に教科書とノートを開いていた。流石に自分で真面目と言うだけのことはある、ジロジロ見て邪魔しちゃあ悪いかと、俺もエミリーちゃんに触発されて真面目に授業を受けてみようという気になり、頑張って黒板を見ながら教科書を眺めるのだった。俺はエミリーちゃんを見習って真面目に、エミリーちゃんは俺を見習ってワルに。……おかしくね?


「ウェーイ、飯だ飯だ」

「このためだけに学校に来てるわ」


 午前の授業が終わり、待ちに待った昼休み。孤高の一匹狼気取っているわけではないので、一年の時に仲が良かった連中やら、新しくつるみ始めた連中やらで、自然とグループが出来たので流れに身を任せ、机を並べてお弁当を広げる。コンビニ弁当を食べるもの、何本か入って100円ちょっとのスティックパンで腹を膨らませる者、何故か教室の後に置いてあるポットを使ってカップラーメンを食べる者。偏見かもしれないが、お弁当を持ってきている人が少ないのは、家庭環境が悪い人が多いからなのかもしれない。


「……」


 そういえばエミリーちゃんはと彼女の席の方を見ると、右手に箸を、左手に文庫本を持って時折くすくすと笑っていた。随分と満喫していらっしゃるが、一緒にご飯を食べる友達はいないのだろうか。


「でさー、そいつ中折れしやがったんだよ? マジ許せなくなくない?」

「ウケるー」

「どんだけだしー」


 既に形成されている女子グループを見る。ギャルビッチグループは、どう考えてもエミリーちゃんとは相性が悪そうだ。


「今週のSHINOBI見た?」

「見た。いいね、やっぱ奈良×笹だよ、デュフフ」

「いやいや笹×奈良でござろう。しかし惜しむべくは、公式のカップリングが奈良×雛ということでござるなぁ」

「ねーむかつくよね、クレーム出そうかな」


 腐ったナードグループ。うん、これもエミリーちゃんとは相性が悪そうというか、あんなのと仲良くして欲しくないというのが身勝手な願望だ。元々男女比が7:3くらいだし、あの2グループと学食とかで食べている人、それにエミリーちゃんでクラスの女子は全員だろう。特に寂しそうにしているわけでもないし、彼女の交友関係について俺がそんなに気にする必要はないかと、クラスの男子と馬鹿な会話をしながらお弁当を食べ終える。グループが飯を食べ終えて解散し、連中が思い思いの場所に向かっていく中、俺は一人教室を出て、すたすたと3階にある空き教室が連なるスペースへと向かう。


「何するつもりなんですか?」

「わ、エミリーちゃん。ストーキングはよくないよ」


 高校一年生の時から定期的に来ている場所で背伸びをしていると、いつのまにか隣にエミリーちゃんが立っていた。


「吉和さんがこっちの方に歩いて行くのを見かけて、何かあったかなあと気になりまして。こんな人気のない場所で男の人が一人で……あっ」


 何かを察したようで顔を少し赤らめ、失礼しましたとその場から去ろうとするエミリーちゃん。彼女は間違いなく誤解をしている。


「待ってよエミリーちゃん、絶対誤解してるよ」

「嫌です、そんな汚いものを見せないでください」

「これだよ、これ」


 逃げ出す彼女の手をぐいっと掴んで、もう片方の手でブレザーのポケットから一つの箱を取り出す。一箱数百円くらいする直方体。タバコだ。


「何だ、タバコでしたか。てっきりオ」

「スタァァァップ。やめようとは思ってるんだけど、ニコチン中毒って怖いよねえ」


 ウチの学校では事実上喫煙は認可されている。吸う人吸う人を処罰しきれないからだ。屋上にはカップルよりも喫煙者の方が多いし、調子に乗って廊下や教室で堂々と吸う人間だっている。けれど俺はせめて吸うのをやめられないなら、人気のない場所で誰にも迷惑をかけずに吸おうと、こうしてお昼休みにこんなところまできて一人寂しくタバコを吸っているというわけだ。


「吸わないんですか?」

「副流煙があるからね。他人に迷惑をかけるつもりはないよ」

「……そうです副流煙です。素晴らしいですよね」


 今日は吸うのはやめよう、とタバコをポケットに戻す中、副流煙という言葉を聞いて何故か目を輝かせ、テンションの上がるエミリーちゃん。


「主流煙で自らの身体にダメージを与えながら、副流煙で周りの人に更なるダメージを与える……素晴らしきテロリズム!」

「まあ、考えようによっては自爆テロだよね……だからこそ、俺はこうして一人で吸うんだけど」

「ところで吉和さんは、どうしてタバコを吸い始めたんですか? カッコつけですか?」


 そういえばエミリーちゃんは社会に不満を持っていたんだったか。最近は喫煙者の肩身が狭くなり、ささやかな自爆テロすら許されなくなったなあと時代の移り変わりを偲んでいると、エミリーちゃんがそんな事を聞いてくる。タバコを吸い始めた理由か。


「……休憩時間に一人でこんなとこまで来て吸うのがカッコいいと思う? まあ、吸い始めた頃は、多分カッコつけだったんだろうな、覚えてないけど。今はただ、惰性だよ。やめられないとまらない」

「ふうん……一本貰っていいですか?」

「え、エミリーちゃん吸いたいの? やめときなよ……あ、そうだ」


 タバコに興味を持ち始めたエミリーちゃん。非行少女になろうとしている彼女からすれば喫煙というのは大きな一歩なのかもしれないが、俺はあんまり女の子にタバコを吸って欲しくない。と、ここで先日買ったものを思い出して無駄に色々入っているブレザーのポケットを探る。


「これこれ。電子タバコ。これならいいよ」

「電子タバコ?」

「うん、何でも中に入っている液体を熱して蒸発させて、それを吸うんだってさ。ニコチンとか身体に悪い成分は一切入ってないんだよ。使い方はえーと、こっち側を咥えて吸えばいいみたい」


 コンビニで見つけて、これでタバコを吸ってる気分だけ味わいつつ、ニコチン中毒から脱却しようと買ったのをすっかり忘れていた。電子タバコをエミリーちゃんに手渡すと、先端を口に咥えてすーっと息を吸う。やがて電子タバコを口から外して息をすると、少しだけ煙が出てきた。


「おー、結構それっぽいね」

「……美味しくないですね」

「ははは、俺も吸い始めの頃は同じ事を思ったよ。何であれっきりにせずに吸い続けちゃったんだろうなあ」

「それじゃあ私も、後何回か吸えば虜になるんでしょうか」


 まあ、今日はもういいです、と電子タバコを返し、それじゃあゆっくり吸ってくださいねとその場から立ち去るエミリーちゃん。さて、俺も電子タバコで禁煙するかと返されたそれを咥えようとして、先程彼女が咥えたばかりであることに気づく。


「か、間接キス……」


 高校二年生。恋愛とは無縁な生活を送ってきたわけではない。けれど、何だか恥ずかしくてそれを吸うことはできず、結局本物のタバコに手を出してしまうのだった。





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