エミリーちゃんはバイト先に来る
「珍平、そういえばお前、最近バイトの頻度が減ってるようだが恋人でもできたのか?」
「はい! エミリーって言うんです、凄く可愛いんですよ」
「ほう、外人さんか! 頑張ったな!」
アルバイト先のラーメン屋で店長にそんな事を聞かれて、自然と本名ではなく自分が勝手につけたあだ名で呼んでしまう俺。多少中国系の血が流れているとはいえ彼女はばりばり日本人だというのに。そのうち彼女の本名を忘れてしまうかもなあと悩んでいると、休日とはいえ午後3時という中途半端な時間に珍しく店の扉が開いてお客さんがやってくる。
「へいらっしゃ…」
「一人です」
接客マニュアルに若さ故のアドリブを加えた対応をしようとしたが、お客さんを見た瞬間顔が強張る。それもそのはず、それはエミリーちゃんであったからだ。
「……お冷になります」
「なーんかボロっちい店ですね……」
「……こちら、メニューになりますので、お決まりでしたらお呼びください」
店長もいる手前、例え恋人のバイト先に冷やかしでやってきた性格の悪い彼女であってもきちんと対応しなければない。お水をコップについでトンとカウンターに座る彼女の前に置いてやると、エミリーちゃんがニヤニヤと笑う。
「どうした珍平、はは~ん、さてはあの子に一目惚れでもしたか? 彼女がいても、可愛い女の子見ちゃうと鼻の下を伸ばす、男ってのは悪い生き物だよなあ」
少しため息をつきながら厨房に向かい皿洗いをしていると、彼女が来てからの俺の変化を見逃さなかったのか、店長が少しニヤニヤしながらこっそりとそんな事を耳打ちしてくる。あれがエミリーちゃんだと説明するのも面倒だし、あまり仕事先にプライベートを持ち込みたくはない。普通にアルバイトとお客という関係で貫き通すことにしようと無心で皿洗いをするが、やっぱり彼女が見ているとなると緊張してしまうわけで、早速お皿を一枚割ってしまった。
「……くすくす」
そんな俺の情けない姿を、カウンター越しに見てくすくすと笑うエミリーちゃん。さっさと注文して食うもん食って帰ってくれと、恋人を厄介者扱いしているとようやく注文が決まったのか彼女が手をあげる。
「お決まりでしょうか?」
「这是什么台湾拉面?」
「……」
伝票を片手に彼女の元へ向かうが、彼女の口から発せられたのは中国語。さっき日本語喋ってたじゃないかと心の中で突っ込みを入れながらも、かろうじて台湾ラーメンという言葉は聞き取れた。どうやら台湾ラーメンを注文したようだ。
「台湾ラーメン一丁!」
「へい台湾ラーメン!」
10分程して台湾ラーメンが出来上がり、お待たせしましたと彼女の前に持ってくるが、彼女はそれを見てバンと机を叩き立ち上がって怒鳴り始める。
「什么意思? 我没有尚未订单!」
一体彼女は何がしたいんだと大きくため息をつくと、中国語がわかるらしい店長が彼女の声を聞いてこちらの方へやってくる。
「抱歉、未成熟的员工……」
「请整齐的教育!!!」
そのまましばらく店長とエミリーちゃんの全く理解できない会話を聞いていたのだが、やがて店長がやれやれと言った表情で俺を彼女の前に立たせる。
「おいこら珍平、早とちりしてどうするんだ、このお客様は台湾ラーメンが何なのか質問しただけで注文はしていないんだぞ?」
「はあ」
「いいから謝れ、日本語でもいいから」
目の前には少し勝ち誇った表情のエミリーちゃん。こうして俺はまんまと彼女の罠に嵌り、バイト先で恋人にいいところを見せるどころか恋人に謝罪するという情けない状況に。仕方がない、ここまで来たら彼女の茶番にきちんと付き合ってやろうと、頭の中で謝罪の言葉を考える。日本語でいいと言っていたけれど、俺だって馬鹿じゃないところを見せなければ。謝る……中国語で……
「謝々」
「……! ひ、ひひっ、あーはっはっはっはっ!」
俺が謝罪の言葉を口にした瞬間、それまではいかにも怒っているお客さんを演じていたエミリーちゃんだったが、何故か腹を抱えて笑い始める。申し訳なさそうな顔をしていた店長ですら笑いを堪えている程だ。
「よ、吉和さ、謝々は、ありがと……ああ、ダメ、ツボに入った……はっ」
そしてついにエミリーちゃんが日本語を話し始めてしまう。自分の失態に気付いたエミリーちゃんはハッとなり、口笛を吹きながら誤魔化し、台湾ラーメンを啜って普通にお金を払って逃げるように帰っていくという、なんとも情けない姿を俺に晒すのだった。
google翻訳です(小声)




