エミリーちゃんは行列を作る
「うわ、今日は混んでますね」
「どうも電車が遅れていて、その分待ってる人が多いみたいだよ」
「あ、でも向こうは空いてますよ」
「ほんとだ、遠いから皆気づかないんだね」
いつものようにエミリーちゃんと帰宅中、最寄りの駅で大行列。ただでさえこの時間帯は人が多いのに、電車二本分も遅れが生じていたらこうなって当たり前だろう。しかしエミリーちゃんが空いている乗り場を見つけたので、座れるかもねなんて勝ち誇りながら他より短い列に並ぶことしばらく、やがて電車がやってくる。
「……」
「……」
そして俺達の前にドアはやってこなかった。
「……騙されましたね」
「見事に騙されたね」
結局その後他の場所に並びなおした結果、その電車には満員で乗れずに更にもう一本待つ羽目になった哀れな俺達。誰も並んでいなかったなら俺達もここにはドアはやってこないのだろうと理解できていたものを、何人か並んでいたもんだから完全に騙されてしまった。
「……よし、今度私達もやりましょう」
「何でまたそんなことを」
「だって悔しいじゃないですか、被害者を増やしましょうよ。そうすれば私達の心の傷も軽減するんです」
「可哀想なエミリーちゃん……」
他の場所に並んでいる人に優越感を感じた挙句ドアがやってこなかったことがエミリーちゃん的には相当悔しかったらしい。嫌がる俺を『心の傷をベッドで今度癒させてあげますから』なんてちょっと意味不明な事を言いながら説得したエミリーちゃんは、翌日の放課後にわざわざ駅が混むのを待つという暴挙に出た。
「よし、一番乗り。一番乗りじゃないと意味がないですもんね」
「俺普通に並んでさっさと帰りたいんだけど」
「しーっ、ばれたらどうするんですか」
前回ドアがやってこなかった場所に一番乗りでやってきた俺達。それにつられて新しくホームへやってきたお客さんが、こっちが空いているものだと思って一人、また一人とやってくる。数分程で、俺達を筆頭に20人程の行列ができあがった。
「ふふふ、やっぱり行列に並ぶ人間よりも、行列を作る人間になりたいですよね。……あ、いっけな~い。お土産買うの忘れてた、一緒に選びに行こう?」
「へいへい」
自分が作った行列を見てほくそえみながら、さりげなくその行列から外れる俺達。別の行列に改めて並び直し、ドアがやってこない行列を眺める。
「ふふふ、愚かな連中ですね。自分で考えもせずに、並んでるから自分も並ぼうだなんて。周りがやってるから自分もいいだなんて、本当に愚かな連中です」
少し苛立っているらしいエミリーちゃん。その愚かな連中によって順風満帆な人生からドロップアウトしたのだから当然と言えば当然か。やがて電車がやってきて、当然俺達が最初に行列を作った場所にはドアはやってこない。ある者はがっかりしながら、ある者は一番前に並んでいる人が勘違いしたからこうなったんだとでも言わんばかりの悪態をつきながら、一人また一人と別の列へ向かっていく。
「……彼等も、被害者なんでしょうか。結局のところ人間は弱いから、簡単にああやって扇動されちゃうんですよね、仕方のないことなのかもしれません。……でも、私も弱いから、そんなに簡単には寛容になれないんですよ、仕方のないことですよね?」
そんな彼等を見て、少しだけ心の傷が癒えたらしいエミリーちゃん。妥協、だとか諦め、だとかそんな言葉は使いたくはないけど、寛容な精神を持てるくらいに彼女が成長できれば、きっと傷なんて気にならないさ。




