エミリーちゃんはタバコを吸う
「いらっしゃいませー」
「二人」
「ただいま禁煙席が満席となっておりまして、喫煙席でもよろしいでしょうか?」
「はい」
カラオケだなんてまともなデートを彼女とした後、なんとなくファミレスにやってきた俺達。できれば喫煙席には行きたくなかったが、そんなことで別の店に行こうなんて言うのは男として恥ずかしいし仕方がない。
「……」
席に座り、メニューだけをじっと見ようとするが、周りの客がぷかぷかと美味しそうにタバコを吸っているのを見てしまう。自然とがたがたと貧乏ゆすりをしてしまう。そんな俺の情けない姿を見て、エミリーちゃんはクスリと笑う。
「吸ってもいいですよ?」
「ご、ごめん……」
「私、タバコを吸う男の人ってカッコいいと思いますし」
そう、情けないことに俺は未だに禁煙ができていなかった。電子タバコに頼っても、彼女ができたんだから彼女に不快な思いをさせないようにやめようと思っても、ニコチンというのは俺の身体と心をすっかり蝕んでしまったのである。ごめんねごめんねとエミリーちゃんに謝りながら、どこのコンビニにでも売っているような、おじさんが省略して言っては店員さんに番号でお願いしますと言われるような代物に火をつけて一服をする。そんな俺をエミリーちゃんは咎めることなくニコニコと笑って眺めていたのだが、代わりに隣にいる客が俺を咎めた。
「ちょっと、子供がいるんですけど」
「あ、すいません」
隣に座っているおばさんが俺をギロリと睨む。その傍らにはこほこほと席をする小さな女の子。TPOを考えないとね、と申し訳なく思いながら俺はタバコの火を消そうとしたのだが、エミリーちゃんが突然ガンと机を叩く。
「はぁ? ここ喫煙席なんですけど。子供がいるからなんだっていうんですか」
「子供の近くてタバコを吸うのはマナー違反でしょう?」
「喫煙席でタバコ吸うなって方がマナー違反ですよ!」
「まあまあ」
おばさんに負けないくらいの目つきで睨み返すエミリーちゃん。彼女に味方して貰えるのは彼氏冥利に尽きるけど、こういう場合はとりあえずこちらが折れておいた方がいいとパフェを奢るからとエミリーちゃんを宥めてなんとかその場を収束させる。ファミレスを出た時、悔しいのかエミリーちゃんはガンガンと地団駄を踏んでいた。
「……何なんですか!? 喫煙席に来ておいて我が物顔で! 吉和さんはきちんとマナーを守って喫煙している喫煙者なのに!」
「いや、それを言ったら未成年なんだけどね」
以前エミリーちゃんは喫煙者は税金多く払ってるからって偉そうにしない方がいいですよ、所詮マイノリティーなんですからと言っていたが、実際にはエミリーちゃんが思っているよりずっと喫煙者の肩身というのは狭い。仕方がないのだ、タバコ吸ってる奴はほとんど馬鹿だから。
「……ああもうムカつくムカつくムカつく! ……吉和さん、タバコください」
「ええ、ダメだよエミリーちゃん」
「このイライラを抑えるには、多分タバコしかないんです!」
根が真面目なエミリーちゃんは、倫理なんてものでルールが書き換えられるのが我慢ならないのだろう。ルールなんてものは曖昧で、倫理だとか常識だとかを盾に、声のでかいやつが好き勝手してしまう。エミリーちゃんも、声のでかい連中に好き勝手された被害者と言えるかもしれない。そんなエミリーちゃんに同情してしまったからか、俺はタバコを一本取り出すとエミリーちゃんの口に咥えさせて、シュポっとライターで火をつけた。
「わ、わわっ、火がついてますよ」
「そりゃあ、タバコだし」
「花火を咥えてるみたいですね」
「面白い例えだね」
確かに、棒に火をつけて楽しむのはタバコか花火みたいなものだ。やがて俺にとってはいい匂い、今のエミリーちゃんにとっては気持ちの悪い匂いがぷ~んと漂ってくる。
「ほら、吸って」
「は、はい……っ、げ、げほっ、げほっ」
意を決してタバコを吸ったエミリーちゃんだが、慣れていないからかゲホゲホとむせてしまう。俺も吸い始めた頃はそうだった、カッコつけたいからって我慢して吸って、やがて本当に快感になってしまって、果たしてそれは幸せなのか。
「……ふぅ、やりましたよ、タバコを吸い切りました」
「おめでとう……と言っていいのかなぁ?」
「ふふ、これで私もとうとう法律違反ですね」
「冷静に考えたらエミリーちゃん結構今までも法律違反してるような……」
「さぁ、気分もすっきりしましたし帰りますよ」
タバコを吸って気持ちが大人になったのかどうかは知らないが、エミリーちゃんのイライラは治まったようだ。1本目なのに既にニコチン中毒みたいだな、とくすくすと笑う。ルールなんてものは、それよりも大切なもののために書き換えられることがある。エミリーちゃんの平穏のためならば、未成年がタバコを吸うななんてルールをぶち壊してもいいよなあ、なんて思ってしまう俺は、やっぱり悪い男なんだろうか。




