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エミリーちゃんは釣銭を奪い取る

「コンビニ寄りましょうコンビニ。コンビニスイーツに最近ハマっているんです」

「スイーツ笑。俺も男のなんたらシリーズ買うかな」

「あれ結局女が買ってるみたいですけどね」


 学校の場所が変わって通学等の手間がかかるようになったのはデメリットだが、メリットも十分にある。なんといっても学校がそれなりに都会にあるから近くに遊ぶ場所がいっぱいあるのだ。だから我が校の生徒達は嬉々としながら買い食いをしたり、古本屋に通ったり、ゲーセンで遊んだりと放課後をエンジョイしている。俺達も例に漏れず、エミリーちゃんももうすっかり一流の寄り道ストだ。


「しゃーせー」


 店内には随分とやる気のなさそうなアルバイトが一人。『いらっしゃいませ』と言っているのだろうけど最早何を言っているのかわからないな、と苦笑いしつつ、デザートコーナーに言って全体的に大きかったり黒かったりする男のスイーツを吟味する。エミリーちゃんもマカロンやらエクレアやら、可愛らしいお菓子を見て悩んでいるようだ。


「今日は俺が奢るよ。アルバイトの給料も入ったしね」

「ありがとうございます」


 買うものを選んでレジに立ち、財布を取り出すエミリーちゃんを制止する。たまには彼氏らしいカッコいいところを見せなくちゃあね。高々数百円だし、デートの時にホテルに行く場合はその10倍くらいのお金がかかるのだけど。


「630円になりあーす」

「丁度で」

「あしたー」


 特に何もトラブルは起こることなく買い物を終わらせてコンビニを出る。コンビニでの買い物程度で毎回毎回トラブルが起こってたまるかという話ではあるが。けれどもエミリーちゃんにとってはそうではなかったようだ。



「……何ですかあのアルバイト!? やる気のかけらもありませんでしたよ!」

「まあ、コンビニのアルバイトってあんなもんだと割り切るべきかと」

「吉和さんはラーメン屋でアルバイトしてるんでしょう? アルバイトにもプライドってもんがあるんじゃないんですか? ああいうの許せるんですか?」

「まあ、他所は他所、だよ。ほとんどの人はコンビニのアルバイトに接客マナーなんて求めてないし。コンビニは24時間空いてればそれでいいんだよ」


 確かに先程のアルバイトの接客マナーは、俺のバイト先だったら店長に殴られているレベルだ。しかしあのコンビニは俺のバイト先ではないし、シフトの都合上一人だけで接客をしなければならず疲れているのかもしれない。別に接客マナーが悪くてコンビニが24時間営業で無くなるわけでも、学校の近くから無くなるわけでもないので大目に見てやろうなんて寛容な精神を発揮してエミリーちゃんに『すごい、なんて心の器が大きい人なのかしら。抱いて!』って褒めて貰いたかったのだが、エミリーちゃんはそんな俺を鼻で笑う。


「優しすぎだと思いますけどね、お人よしも程々にしないと痛い目見ますよ。……それに私見逃さなかったんです、吉和さんが奢るって言った時、あのアルバイト軽く笑ったんですよ。あれは完璧に『数百円程度奢って彼氏面か』みたいな嘲笑でした。許せますか? 許せないでしょう?」

「彼氏を馬鹿にされたことに怒ってくれるのは嬉しいけれど、それはちょっと被害妄想入ってる気がするなぁ……」


 とにかく許せません、あの店員も、あんな店員を雇ったコンビニも……とメラメラと復讐の炎を滾らせるエミリーちゃん。クレームでも入れるのだろうかと思っていたのだが、エミリーちゃんの復讐は予想外の形でスタートする。



「学校行く前にコンビニ寄っていいですか?」

「時間に余裕あるし構わないけど。朝からコンビニだなんてエミリーちゃんもすっかりワルだねえ」


 翌日。学校に行かずに朝っぱらからコンビニに向かうエミリーちゃん。二、三十円くらいの駄菓子を見て悩んでいるようだ。


「これが20円で、これが25円……よし、これとこれとこれなら」


 休憩時間にでも食べるのだろうかとそんな彼女を眺めていたのだが、どうやら彼女の目的は別にあったらしい。


「合計で101円になります」

「千円で」

「ありがとうございます。……御釣りの方が899円になります」


 レジに並んで買い物を済ませるエミリーちゃん。101円の買い物に千円を使うなんて余程小銭が無かったんだなあと思っていたのだが、コンビニから出て邪悪な笑みを浮かべるエミリーちゃんを見て察する。


「エミリーちゃん……」

「これを毎日朝と夕方に繰り返します。釣銭切らせて最終的に謝らせればこちらの勝ちです」

「何の勝負なの……?」


 エミリーちゃんはこれから毎日、少額の買い物をして千円を使って御釣りを巻き上げようというわけだ。101円なら金額的にも負担が少ないし、俺もラーメン屋でアルバイトしているからわかるが、以外と釣銭って余裕がないのだ。特に5円玉、50円玉は切らしてしまって1円と10円で代用せざるを得ないこともある。899円なら500円、100円×3、50円、10円×4、5円、1円×4と実に14枚もの硬貨をコンビニから巻き上げるわけで、あのコンビニがどのくらい釣銭に余裕があるのかは知らないが意外と面白い試みだと俺は思う。


「吉和さんも一緒に大きいお金で買いましょう。もっと買う物安くてもいいですよ、あの店5円チョコ置いてありましたし」

「迷惑するのはあのアルバイトじゃない人ばっかだと思うけどね……」

「連帯責任です」


 そんなわけでエミリーちゃんは毎日登校と下校前にコンビニに寄って少額の買い物で千円を出すことを繰り返し、彼氏である俺も便乗して何回かはアシストしたのだが、コンビニが釣銭を切らすよりも先に、エミリーちゃんの財布が大変なことになる。


「さ、財布が閉まらない……」

「そりゃあんだけ硬貨を御釣りで貰ってたらね……」


 コンビニから御釣りとして奪った硬貨をエミリーちゃんは家に保存することなく財布の中に入れていたので、小銭入れがパンパンなのだ。それでも私は戦いますなんてカッコいいのかカッコ悪いのかよくわからない事を言いながら、コンビニに入り、いつものように安いお菓子を持ってレジに向かい、財布を開いたその瞬間、


「あああああああっ!」


 エミリーちゃんは財布を落としてしまい、落ちた衝撃で半開きになっていた小銭入れの中身が床中に散らばってしまう。


「す、すすすすみません!」


 顔を真っ赤にして涙目になりながら、店員さんや俺と一緒に小銭を拾い集めるエミリーちゃん。こうしてエミリーちゃんの復讐は成功、お店に迷惑をかけることには成功したのだがコンビニを出た時の彼女の顔は敗者のそれであった。勝利の後はいつも虚しい。

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