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エミリーちゃんは痴漢疑惑を晴らす

「今日も満員電車ですねえ」

「まったくだよ。こないだの一件もあるし、痴漢に間違われたり、痴漢にでっちあげられたりしないように気をつけなくちゃ」

「私は痴漢されたらどうしましょうか。私はとても優しいから、相手を社会的に殺すのが怖くて泣き寝入りしてしまうかもしれませんね」

「彼氏としては社会的に殺したいけどね」


 今日も今日とて満員電車。俺もエミリーちゃんもぎゅうぎゅう詰めの中に立って、のんびりと会話を楽しむ余裕もない。こんだけぎゅうぎゅう詰めならば近くの人に身体が触れたって仕方がないと思うのだが、世間はそうは考えてくれないようで。なので俺はばっちりと右手で吊革を掴んで、左手をポケットに入れておくのだ。できることならば、両手に吊革を持って懸垂でもしたいくらい……そのくらい俺は痴漢に間違われるのを恐れていた。


「ところで俺が痴漢に間違われたら助けてくれるよね?」

「どうでしょうか。冤罪だと信じずに見捨てるかもしれません、普段が普段ですし」

「俺普段からそんなに痴漢だと思われるようなことしてないよ……」

「こないだのデートの時も、『いいよね? またしてもいいよね?』なんて気持ち悪いこと言いながらホテルに連れていこうとしたじゃあありませんか」

「そ、それは……ていうか他の人いるんだからそういう話やめてよ……」


 エミリーちゃんと正式に付き合うようになり、クラスメイトにも『え、お前ら付き合ってんの? へー、前からなんか仲良かったと思ってたけど、まあおめっとさん』と認知されるくらいには恋人恋人しているのだが、まあ俺も男なわけで、エッチなことは当然したいわけで、デートの度に若干頭が下半身になって気持ち悪くなってしまうのだ。エミリーちゃんが現状俺をかなり頼っているのを悪用しているような気もしてならないけど、なんだかんだいってエミリーちゃんの方がノリノリな気がするからいいよね?


「また人が増えてきましたね」

「息苦しいよ……や、やべ」

「? どうかしましたか?」

「い、いや、なんでも」


 エミリーちゃんのせいで先日の情事を思い出してしまい下半身が盛り上がっている中、途中の駅に到着して人が更に増える。結果として近くにいるOLにそれを押し付けてしまいかねない状況に。両手を塞いでいても、こんな形で痴漢をしてしまうことがあるなんて、男は辛い。


「随分難しい顔してるんですね、でもどことなくアホっぽい」

「ごめん、ちょっと集中させて」


 一刻も早く萎えさせなければ大変なことになってしまうけれど、俺はまだまだ子供だからそう簡単に邪念をコントロールできるわけではない。むしろ忘れようとすればするほど意識してしまうというのが人の性なわけでありまして。ズボン越しでも公然猥褻でしょっぴかれそうな状況で、電車がガタガタと揺れてしまい、俺の身体は前にいるOLの方へ……






「違う! 俺は痴漢なんかじゃない!」

「この人が、わ、私に、下半身を、押し付けたんです!」


 結果として俺は痴漢の疑いをかけられて、この前のおじさんの二の舞に。どう弁解したものか、正直に『彼女とエッチなことをしたのを思い出して下半身が元気になった際に電車が揺れて押し付ける形になってしまった、あれは事故だ』なんて言っても不利になるような気がするし、ここは何もやっていないと否定するべきだろうか。いくらまだ高校生とはいえ、元から評判の悪い底辺校とはいえ、痴漢で捕まるなんてノーサンキュー。焦っていると、エミリーちゃんがしょっぴかれる際に置いてきてしまったカバンを持ってきた。


「ちょっと待ってください! この人は痴漢なんかじゃありません!」

「エミリーちゃん……よかった」


 口では冤罪だと信じないかもしれない、と言っていたけど、結局はこうして彼氏を助けにやってきた俺のヒロイン。横で彼女と会話をしていたという状況ならば、痴漢をするなんて不自然だと納得してくれるかもしれない。


「証拠だってあります」

「証拠?」


 俺が痴漢じゃない証拠とは何だろうか、と首をかしげていると、エミリーちゃんは俺のカバンから一冊の漫画を取り出して、駅員や被害者? の女性に見せつける。


「この人、ホモなんです。女の人に興味がないんです。ほら、こんな漫画をいつも所持してる」

「!?」


 ざわめく周囲。あろうことはエミリーちゃんは俺を同性愛者だと言い張ったのだ。男の人が裸で抱き合っている漫画を見せつけられた駅員と女性は戸惑い始める。


「こ、これは……」

「え、えーと、言われてみれば、勘違いだったような……」


 完全にエミリーちゃんの策にハマり俺をホモだと認識した周囲の人間は、ホモなら痴漢なんてしないよなあなんて論調に。結局女性が勘違いでしたごめんなさいと言って俺の痴漢疑惑は晴れたわけだが、ホモ疑惑をかけられてしまうというある意味もっと酷いオチに。



「エミリーちゃん」

「何ですか? 私に言うことがありますよね」

「……ア・リ・ガ・ト・ウ」


 その後自分達の駅で降りて二人で途中まで歩く中、俺は少し彼女を睨みつけながらも感謝の言葉を述べる。まさかあんなふざけた方法で痴漢疑惑を晴らすことができるなんて思わなかった、エミリーちゃんは天才かもしれない。


「……ていうかエミリーちゃん、その本、あのオタク共に借りた本の続刊だよね」

「ギクッ……」

「どうして続きを持っているのかなぁ?」

「そ、それは、無理矢理貸し出されて……そ、そう! こういう時のために用意していたんです!」

「ふ~ん」


 彼女がホモに興味を持ち始めているというのは彼氏としてはそれこそ別れ話を切り出してもおかしくないレベルだが、別段彼女の事を嫌いになっていない自分がそこにいる。結局好きな女の欠点? がちょっと発覚したくらいじゃ、そうそう気持ちは揺るがないんだな、なんていかにも青春を満喫してますみたいな男の思考を得るのだった。

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