エミリーちゃんは万引きできない
「そこで見ていてください」
再びスーパーに入った俺達。エミリーちゃんはお菓子売り場の辺りで俺に待機させ、一人棚の方へ向かう。
「……」
最初に見た時と同様に、やたらと辺りをきょろきょろしながらお菓子を手に取ったり、元に戻したりする。誰がどう見ても怪しい光景に、俺の近くを素通りしようとしていた店員さんがピタッと止まり、2秒程訝しむような目つきでエミリーちゃんを見た後、他の店員のところへ。店員たちの方を見ると、何やらひそひそと話し合っている。エミリーちゃんを怪しんでいるのだろう、正常な判断だと思う。
「……」
カバンの中に手を突っ込み、辺りをきょろきょろしながら、やけにおどおどした表情で出口に向かうエミリーちゃん。エミリーちゃんのはじめての万引き、果たして成功するのか!? 出口まで残り10m、エミリーちゃんは勢いよくダッシュした!!!!
「ちょっと君、いいかな」
「ひゃえ!?」
ああっと! 出口まで後少しというところで、ガタイのいい店員に捕まってしまった!!! 戸惑うエミリーちゃんは、哀れにも店の奥にある部屋へと連れていかれてしまった! ああ、これからエミリーちゃんは万引きをバラさないことを条件にあんなことやこんなことをされてしまうのか! ……とエッチな漫画の読み過ぎで妄想をしてしまったが、心配になった俺はこっそりとエミリーちゃんが連れて行かれた部屋をのぞく。意外と視力には自信があるのだ。
「カバンの中、見せて」
「わ、私は何もしてません!」
「いいから」
奥の方にいた店長らしきもう一人のいかついおっさんに睨まれて、涙目になるエミリーちゃん。可哀想だけど自業自得だよ、小学生でももっとうまくやるよ。そのうち観念してカバンの中のものを机に並べていくエミリーちゃん。教科書、筆記用具、スマートフォン、財布……それしか中には入っていなかった。
「あ、あれ……?」
戸惑う店員。あれだけ怪しい素振りをしていたのだ、俺だってチョコレートやらスナック菓子やらが入っていると思っていたのに、カバンの中にはどこにも入っていない。服の中に隠したのだろうか?
「何ですか、まだ疑うんですか……ひぐっ……私何も盗んでません? 服を脱げって言うんですか? 私、何もしてないのに……私が、中国の人だからですか?」
えぐえぐと泣き始めるエミリーちゃん。ふと、俺に気づいていたのか店員には見えないように手招きをしていた。何をするつもりなのだろうかと俺は部屋の中に入って行く。
「エミリーちゃん、一体どうしたの? 連れてかれたみたいだけど」
「ひぐっ……この人、達が、私、万引きしたって。私、何もしてないのに」
「はぁ? ったく酷い話だな、学校から近いからってこんなスーパー使うんじゃなかった」
エミリーちゃんの味方をすればいいのだろうと、俺は店員達を睨みつける。無実の少女を疑ってしまったことへの罪悪感と、クレーマーっぽいことを言っている俺が厄介そうだからか今度は店員達がおどおどし始め、やがて店長らしき人間がポケットから何枚かの紙を差し出した。
「こ、この度はウチのバイトが申し訳ありません! まだ不慣れなアルバイトなものでして……お詫びですが、これをどうぞ」
「申し訳ありませんでした!」
どうやらスーパーで使える商品券のようだ。俺は舌打ちしながらまだ泣いているエミリーちゃんをよしよしと慰めると、申し訳なさそうな店員達に見送られスーパーを後にした。
「ラッキーだったね。それにしても、どこに盗んだものを隠したの? 本当に服の中?」
万引きをする理由の1つに、スリルがある。よりスリルを味わいたいがために、あえて怪しまれるような行動をする万引キストもいるが、エミリーちゃんはかなりの手練れのようだ。上には上がいるものだな、と感嘆しながらエミリーちゃんを見ていると、やれやれと首を振る。
「……私、何も盗んでませんよ?」
「へ?」
「だから、私万引きなんてする気はありませんでしたよ」
さっきのは演技だったらしくすっかり涙が止まっているエミリーちゃんはそう言いながら貰った商品券を眺める。
「2000円分……さっきのトロルチョコの100倍ですね」
「……まさか、全部計算通り?」
「はい」
その手があったか、と俺は目からうろこを落とす。なるほど、万引きのフリをしてあえて店員に疑わせるとは。確かに実際に万引きをしているわけじゃないから、リスクが少ない。馬鹿な俺には考えもつかなかった方法だ。ただ……
「流石にちょっと引くなあ……」
「20円のチョコレートだからと平然と万引きするような犯罪者に言われたくありませんね」
「あ、あはは……」
流石に趣味が悪すぎるとエミリーちゃんを呆れたような目で見ると、鼻で笑われてしまう。そりゃそうだ、俺に彼女を批判する権利なんてどこにあろうか。
「……少し、お話でもしませんか」
特に目的もなく一緒にふらふらと歩いていた俺達ではあったが、突如エミリーちゃんが近くにあった公園のベンチを指差す。頷いてベンチに座ると、エミリーちゃんはぼーっと空を見上げてため息をついた。
「私、この世界が、人間が、嫌いです」
「そうなんだ」
「こんな世界、ぶち壊したいって何度も思いました。社会に反撃したいって思いました。けど……」
私にはできないんです、と心底悔しそうな顔をしながら、こちらを少し羨ましそうな目で見てくる彼女。
「私は真面目ですし、根が善人ですから。悪いことをする勇気が出ないんです」
「え、自分で言っちゃうのそういうこと」
「この高校に入った時も、最初はずっと周りの人達を見下してました。万引き自慢だの、カツアゲしただの、心底気持ち悪い人達。けど、同時に羨ましかったんでしょうね、恥も外聞もなく、やんちゃなことができるのが。それで自分もやってみようって思ったんですけど、やっぱ無理でした。でも精一杯何か抵抗はしてみたくて、高校二年生になったことだし、あんなことをしたんです」
万引きよりもよっぽど悪質な事をしているような気がするが、価値観は人それぞれということだろうか。初めてのやんちゃデビューをしたエミリーちゃんは、少し満足気に笑う。
「こういうの、ちょいワルって言うんですよね」
「え、どうだろう……何か違う気がする」
「ともあれ、私はこうして中途半端なヤンキーになったわけです」
中途半端なヤンキー。その言葉に、今度は俺がため息をつく。
「……中途半端なヤンキーかぁ、俺もそうなんだよね。いい加減悪い事なんてやめたいし、そういう連中ともきっぱり縁を切ろうって思うこともあるのにさ。現実は身体が悪い事を覚えてるし、タバコはやめられないし、馬鹿やってると楽しいんだよ。ヤンキーやめたいなんてのは、口だけなのかな」
「それじゃあ、私達一緒ですね。方向性は真逆ですけど」
「そうなのかもなあ」
片やヤンキーからなかなか抜け出せない男。片や中途半端に悪い事しかできない女。違うようで一緒なのかもしれない。
「こうして犯行現場もお互い見られたことですし、仲良くしましょうか。参考にさせてください」
「仲良くねえ……」
「私に興味があったから、話しかけたり、心配してくれたりしたんじゃないんですか?」
「まあ、そうだけどさ」
そう言えばこれポケットに入れたまんまでした、バレたら大変でしたね、まあそれはそれで吹っ切れることができたのかもしれませんが……とエミリーちゃんは俺が万引きして彼女に手渡したチョコレートを取り出し、口に入れる。
「チョコのお礼です、それじゃあまた学校で……それと、エミリーってあだ名気に入りました」
貰った商品券の一枚を俺に手渡すと、背伸びをしてチョコレートの包み紙をきちんとゴミ箱に入れてその場から去っていく彼女。こうして俺達の、不真面目で不自然で不適切で、中途半端な関係が始まったのだ。