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エミリーちゃんは席を譲る

「毎日電車通学ですか、面倒ですね……」

「俺は毎日エミリーちゃんと登下校できるから嬉しいけどね」

「照れますね」


 夏休みが明けた。ちょっと俺達の関係は変わって、ついでに学校も変わった。学校自体が変わったわけではなく、学校の所在地が変わって、今年の九月からはその別の場所に通うことになっていたのだ。俺やエミリーちゃんの場所からじゃ通学時間が延びるし交通費すらかかるし、毎日朝の通勤通学ラッシュに紛れるというのは確かに面倒だけど、電車の旅というのもなかなか乙なもんである。


「確かに電車もいいもんですね。しかめっ面のサラリーマンを見ながら優先座席でスマホを弄る……いいじゃないですか」

「考え方がアレだね。俺はずっと窓の外に忍者を走らせて楽しんでたよ」

「あはは、私も昔やりましたよ」


 学校近くの駅につくまで、2人用の優先座席に座って、軽く後ろを眺めながら隣に座るエミリーちゃんとお喋りしていたのだが、気が付けば俺の前にいかにも腰の悪そうなおばあさんが立っていた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 俺は元ヤンであり今は善良な人間でいたいから、あっさりと席を譲る。老夫婦だろうか、もう一人横におじいさんが立っていて、エミリーちゃんにも席を譲らせた方がいいのかな、でもあくまでマナーだしな、なんて悩んでいると、


「おい、アンタ席を譲ったらどうなんだ」


 近くに立っていた、いかにも正義感の強そうな年季の入ったサラリーマンが少しきつく、スマホを弄っているエミリーちゃんに言い放つ。俺が『エミリーちゃんも譲りなよ』って言えば、一応は恋人だし彼女も了承してくれたかもしれないが、知らないおっさんに命令されるように言われると反抗したくなるのが人の性。エミリーちゃんは露骨にムッとした顔になり、男を睨みつける。


「何ですか突然。何の権限があって貴方はそんな事を指図するのですか」

「おじいさんが困っているだろう」

「だから何ですか。私だって座りたいんです」

「……! 最近の若者は……」


 反抗的な態度をとったエミリーちゃんであったがそれがおっさんの神経を逆撫でしたのか、少し声を荒げてエミリーちゃんに説教をし始める。どう考えたってこのおっさんの方がマナー違反な気もするが、こういう時は気づいた方が折れるのが筋というもの。


「まあまあ。ほら、エミリーちゃんも立とうよ。ね? あと一駅で到着だし」


 二人の間に割って入って仲裁を試みる。イライラしながらも恋人が身体を張っているのだから従おうと、ため息をつきながら立とうとするエミリーちゃんであったが、俺にだけ邪悪な笑みを見せた。


「……っ」


 エミリーちゃんは立ち上がると、そのまま近くの壁にもたれ掛る。抜群の演技で、誰が見たって左足が不自由なのだとわかるくらい足を引きずりながら。


「……」


 途端に周囲の空気が気まずいものになる。おじいさんも座っていいのか迷い、説教したおっさんは顔を背ける。『大丈夫?』『はい、平気です』なんて欺瞞に満ちたやりとりをたまにかわしながら、目的の駅にたどり着く。気まずい空気を残したまま、俺はエミリーちゃんを支えながら電車を降りるのだった。




「ざまあみやがれ、ですね。ああいう偽善者は糞くらえです。きっとああいう人間が、ネットで自分の正義を貫きとおそうとして問題を起こすんですよ。私の時もそうでした、自称正義の代行者が、うようよいましたから」


 駅から降り、エミリーちゃんはピンピンした足を動かしながら学校へ向かう。正直俺もあのおっさんにはイラッときたから、まあグッジョブかな、なんて思ってしまったりするのは悪いことだろうか?



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