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エミリーちゃんは泳ぐ

 先日の映画の時にエミリーちゃんは大泣きしていたが、あれは『すごく感動して泣いた』という好意的な号泣よりは、何かトラウマがあって作中の人間と自分を重ね合わせて泣いているようにも見えた。エミリーちゃんがどうしてグレようとしているのか俺にはわからないが、その辺りに鍵があるんじゃないかなとは思う。映画を見終えた時の彼女も、あの時は照れ隠しかと思っていたが、今思えば本気で情緒不安定になっていた感があるし。


『エミリーちゃん、プールか海にでも行かない?』


 こういう時は、気分転換が必要なはずであると、別に精神科医でもないのに結論をつけてエミリーちゃんを泳ぎに誘う。勿論俺が女の子と一緒に泳ぐ、なんてリア充な事をしたかったのもある。


『いいですよ。サンチュリーの温水プールでどうですか?』

『夏なのに温水プール?』

『ダメですか?』

『構わないけど』


 夏に泳ぐなら、サンサンと照り付ける太陽の下、屋外プールやビーチでこんがりと日焼けするくらい満喫したかったものだが、彼女がそれをご所望ならば仕方がない。二日後の13時に約束をして、そういえば高校に入ってからは水泳の授業が無かったから水着がないやと、デパートに水着に買いに行く。勃ってもわかりづらいゆったりとしたものにするか、ピッチリとした競泳水着のようなものにするか、男の子だってそれなりには悩むのだ。そして約束の日、今回は流石に午前1時かと彼女が勘違いすることはなく、無事に地元で有名な温水プールに俺達は集合することができた。


「……なんか、年齢層高いね」

「ダイエット目的のおじさんおばさんとかが多いですからね、太った人とかも多いので、逆に言えばそれ程見た目とかを気にする必要なく泳げるんです。私も女の子です、自分の見た目に絶対的な自信を持っているわけではありませんし、こういう場所の方がいいですね」

「なるほど。……でもエミリーちゃん、意外とスタイルいいんだね。スレンダータイプだとは思ってたけど、出るとこ出てるじゃないの」

「ありがとうございます。でもおっさん臭いしセクハラですよ」

「たはは」


 お互い水着になってプールを眺める。結局俺はトランクスタイプのゆったりとした水着にして、エミリーちゃんはピンクのセパレート。ピンク色なんてイメージと違うなあとびっくりしたのもあるが、それ以上にエミリーちゃんの胸がCくらいあることに驚いた。学校では肌を露出させたり、胸を強調させる女子もいる中、彼女は地味な服装を貫いていたのでスタイルがそんなによくないと勝手なイメージを植え付けてしまったのだ。


「さて、泳ぎますか」


 そう言うとエミリーちゃんはプールに浸かり、水中ウォーキングをし始める。これを泳ぐと言っていいのだろうか。俺もエミリーちゃんを視姦するのもいいが、プールに来たのだから泳ごうと彼女の隣のレーンで25mプールをすいすいとクロールで泳ぐ。


「こっち向かないでください、びっくりするじゃないですか」

「クロールなんだからしょうがないじゃんよ……」


 どうやら彼女は俺がクロールで横、つまりは彼女の方を向く時にびっくりするからやめて欲しいと言っているようだ。割と無茶苦茶な話だが、デートに誘ったのはこちらなのだから要望にはなるたけ答えないといけない。こう見えて俺は背泳ぎもできる、小学校の頃は大野の鹿と言われていたくらいだ。天井を見上げて泳ぎながら、時たまちらちらとエミリーちゃんのそこそこあるバストを見る。


「……バレてますよ」

「ごめん」


 女の子は視線に敏感なようで、こちらがバレていないと思っていてもバレバレだそうだ。犬かきは流石に恥ずかしいし、あまり慣れていないバタフライでふよふよと泳ぐ。エミリーちゃんはマイペースに水中ウォーキングしているし、あまりデートという感じがしないではないか。


「エミリーちゃん、ひょっとして泳げないの?」

「泳げますよ、失礼な人ですね」


 ちょっと挑発するように黙々と歩いているエミリーちゃんに言ってみたが、あっさりと乗ってくれたようでその場でクロールをし始める。スイスイ泳いでいるわけでもなく、ジタバタと泳いでいるわけでもなく、なんとも微妙な泳ぎだ。けれども見たくて煽った手前、興味を失ったら失礼だろうと彼女をガン見する。


「て、照れますね」

「いやあエミリーちゃんがあまりにも泳ぐのが上手でさ。まるでメロウみたいだ」

「あえてメロウって言うところが洒落乙ですね」


 煽てられると意外と弱いのか、その後エミリーちゃんは張り切って泳ぎだす。そんな彼女が微笑ましくて俺はずっと彼女を眺める。しかし俺の意思とは別に、身体の一部が騒いでしまう。


『ボコ、ボコボコッ』

「あ……」

「……」


 これが前ならどれほどよかったことか。水の中なら見えないし、そのためにゆったりとした水着を買ったのだから。しかし現実は、後であった。俺のエネルギーが泡となって水面で騒ぐのを見ると、エミリーちゃんはスイーっと今日一番優雅な泳ぎで俺から離れる。


「さ、流石ワルですね。テロリズムですね。私にはとてもそんなことはできません」

「ち、違うんだエミリーちゃん! わざとじゃないんだ!」


 薄ら笑いをしているエミリーちゃん。笑っているのか、引いているのかわかりづらい表情に、俺はプールの中で哀を吠えるしかないのだった。



「……まったく、これだから男は」

「あはは、ごめんごめん」

「まあ私も子供の頃に海で漏らした事がありますけどね」

「それはないわ」

「なっ……! 吉和さんだけに恥ずかしい想いをさせないように体を張ってあげたというのに!」


 帰り道、悪態をつきながらサラリと問題発言をするエミリーちゃん。それ程までに気遣われるというのは、なかなか男冥利に尽きるというもので。

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