エミリーちゃんは傘を盗む
「わっ、降ってきましたね」
「そこのコンビニで雨宿りしようよ」
この日、何気なしに一緒に帰っていた俺とエミリーちゃんだが、突然の豪雨に見舞われる。たまらず近くにあったコンビニに入り、漫画を読みながら雨宿り。しばらくすると、このくらいなら濡れてもいいやと思えるレベルの、小雨程度には雨は止んできた。
「このくらいなら、歩いて帰っても大丈夫ですかね……今日は見たいテレビがあるので早く帰らないと」
「でもまた降る可能性もあるよなぁ……とりあえず途中まで傘入りなよ」
「ありがとうございます」
コンビニを出て、ぽつぽつと降る雨に髪を濡らしながらも帰宅しようとするエミリーちゃんに、そっと傘を差す紳士的な俺。しばらくそうして相合傘をしていたのだが、急にエミリーちゃんが立ち止まる。
「……傘持ってましたっけ?」
「……あ! またやってしまった!」
彼女に指摘されて、自分のしでかしたことに気づく俺。申し訳なさで胸をいっぱいにしながらも、今更コンビニに戻るわけにはいかず、そのまま先へ進む。
「はぁ……傘をパクる癖、直さないとなあ……」
「無意識に盗んだんですか!? すごい……ワルの鑑ですね」
「褒めないでよ……」
これで通算何本目だろうか。傘を持っていない時に雨に降られると、自然とその辺にある傘を取っては差してしまう。ビニール傘ばかり盗んでいるのは、罪悪感からせめて安いのを盗もうという考えなのか、バレにくいからという邪な考えなのか、それすらわからない程に、窃盗癖というものは俺に身についていた。
「あ、私こっちなんで」
「この傘あげるよ」
「いりませんよそんなもの」
やがて分かれ道、エミリーちゃんは傘から離れて去ろうとする。せめて女の子に傘を差しだすという行為で窃盗行為をチャラにできないかと考えながら傘を差しだそうとするが、エミリーちゃんは拒否してたったったと走り去ってしまう。そうか、盗んだ傘なんて『そんなもの』か。うん、そうだよな……と、一人取り残された俺は傘を差してるのに、気分は雨の中一人ぽつんとたそがれてずぶ濡れ状態の男だ。
「うわ、また雨が降ってきましたね」
「そうだね、でも学校なら、生徒会が傘の貸し出しをやってるから大丈夫だよ」
翌日。6時間目の授業が終わるくらいに、またもや雨がザーザーと降り始める。といってもこの日は天気予報で雨が午後に降ることは伝えられていたらしく、ほとんどの生徒は特に困ったような顔をしていなかった。傘を持ってこなかった俺も、生徒会が傘を貸し出していることを知っているし、この情報を知っている人は少ないので授業が終われば余裕で借りに行けるだろうとエミリーちゃんにもそれを伝えたのだが、
「いえ、今日は吉和さんを見習って、果敢にチャレンジしてみようと思います」
「何言ってんのこの子は……」
彼女は俺の見習わなくてもいい場所を見習おうとしているらしく、放課後になると傘立てへと向かう。
「どれにしましょう……あ、この傘可愛いですね」
「盗人猛々しいね……」
生徒会から借りてきたビニール傘を持つ俺の横で、呑気に盗む傘を吟味しているエミリーちゃん。やがて可愛らしい花柄の傘に決めたらしくそれを引き抜いて学校を出ようとするが、そんな彼女には罰が当たったらしい。
「ちょっと、何人の傘で帰ろうとしてんの」
「うっ……」
たまたま近くにいて、今まさに帰ろうとしていた傘の持ち主に見つかってしまったのだ。しかも相手は三年生の、校内でもヤンキーで通ってる女子生徒だ。ビビりながらこちらに助け舟を出すエミリーちゃんに呆れながら、俺はええいままよともう一本の傘を傘立てから抜き出す。
「エミリーちゃん、エミリーちゃんの傘はこっちでしょ? ほら、似てるけどこの部分が違うよ」
「あ、そうでした。ごめんなさい間違えちゃって」
「……ふん」
色合いとかが似ている傘を持ちだして、エミリーちゃんは間違えただけだと主張する。何とか相手は納得してくれたらしく、エミリーちゃんから自分の傘を奪い取ると、それを差して帰っていった。何とかピンチを切り抜けた俺達は、ふぅと安堵の息を漏らす。勿論俺が抜き出した傘は元に戻しました。
「……駄目ですよ傘なんて盗んだら。いつか痛い目見ますよ」
「はい、わかってます……」
結局エミリーちゃんも生徒会から傘を借りて、二人で一緒にビニール傘に守られながら帰路につく。口ではそういうが、窃盗癖っていうのはなかなか直らないもので。




