エミリーちゃんは万引きが下手
今日から高校二年生である俺、吉和珍平は元ヤンだ。小学校の頃はまともだったが、田舎の荒れてる公立の中学校に進学してしまったおかげで周りに影響されてすっかりグレてしまった。だが、別に家庭環境が劣悪というわけではなくむしろ一人っ子で愛されていたので中学三年生になる頃にはすっかり改心することができた。
「おっすおっす。今年も一緒かよ」
「はろはろー、俺今年こそ禁煙すっけ」
「1週間持たない方に2千円」
だが、残念ながら勉強は全然していなかったので地元にある偏差値が40を切るような高校に進学せざるを得ず、中学よりも酷い環境で俺は一年を過ごした。グレていた頃の仲間と完全に縁を切ったわけではない、万引きだってたまにやるし、タバコだって吸う。傍から見ればどう見ても俺はヤンキーかもしれない。けど、ヤンキーとつるんでいたらヤンキーなのか? 万引きしたらヤンキーなのか? タバコ吸ったらヤンキーなのか? 答えは否。まだまだ社会の底辺だけど、ゆっくりと時間をかけて更生していこうという気持ちが俺にはある。故に、俺は周りの連中とは違う、ヤンキーから足を洗った元ヤンなのだ。
「お前ら順に自己紹介しろ」
うんざりとした顔つきで教師が入ってきて、ロングホームルームを告げるチャイムと共に右上? の生徒に自己紹介を促す。俺達を更正して清く正しい人間にしようなんて思わずに、『何でこんな連中を受け持たなければいけないんだ』なんて考えている教師には、ここがお似合いということだ。
名前的に自己紹介は後ろの方なので、他人の自己紹介をぼーっとしながら聞き流す。男は俺みたいなのばかりだし、女もビッチばかりだなあと改めて自分のいる環境の酷さに苦笑い。
「吉和珍平っす。チンピラって呼んだ奴〆るんで」
自分の番が来たので立ち上がり、この学校の生徒としては無難な自己紹介をかまして、すぐに席に戻る。俺の名前に反応して笑う奴が何人かいたが、別に本当にそいつらを〆るつもりは毛頭ない。郷に入っては郷に従え、『自己紹介からナメられたら駄目だ』みたいなテンプレートのようなものだ。
「……李恵美です。よろしくおねがいします」
どこか弱々しく、日本人離れしたアクセントの声が気になって後ろを振り返ると、ついさっき自己紹介をした女の子が、突然振り返った俺をみてビクっと震えた。髪も染めていない、化粧もしていない、分厚い眼鏡をかけていて、でも瞳が見えないというわけではなく澄んだ目をしている。ショートヘアーと左右におさげで、文学少女とか委員長とかそういうイメージを大半の人が持ちそうな、清楚という感じの人間だ。この手のタイプをあんまり見たことがなかったが、こうして見ると俺のタイプじゃん。
たまにいるのだ、ヤンキーが集まる高校に入ってしまった、俺みたいなヤンキーじゃない人が。
純粋に頭が悪すぎてここしか受からなかったとか、お金が無くて普通の高校に行けず、特待生としてここに通うことになったとか、そんな可哀想な子が。高校1年生の時も、クラスメイトにそういう奴が何人かいた。腐ったミカン理論だかしらないが、1年後には全員周りの連中のようになっていたし、俺だって周りがこんな連中じゃなければもう少しまともになっていたはずだ。だから彼女みたいな、1年過ぎても自分を保てている人間は珍しいなあと思ったのだ。そして同時に、希少価値のある彼女に興味も湧いた。
「よろしくエミリーちゃん」
「……!? エ、エミリー?」
とはいえ、本当に彼女がヤンキーではない人間であるという保証はない。清楚そうに見えて実は……な女の子、結構見てきたつもりだし。だからホームルームが終わった休憩時間、彼女についてもう少し知りたくなった俺は早速話しかけてみることにする。
「英語表記したら『EMI LEE』でしょ? だからエミリー」
「はぁ……」
俺的にはかなりウケると思っていたのだが、『この人ちょっとおかしい』みたいな目で見られて内心かなりショッキング。けれど諦めない。こういうのは勢いが大事だ、今後彼女の事はエミリーちゃんと呼ぶことにする。
「李ってことは向こうの人?」
「母は日本人ですが、父はそうですね。ハーフだかクォーターだかは知りませんが」
「ふうん。俺もハーフなんだよ、髪青いでしょ?」
「どう見ても染めてるだけじゃないですか」
「てへ」
日常的な会話を少し続けてみるが、彼女はヤンキー色に染まっていないような気がする。彼女が俺と会話しながら段々不愉快そうになっているのがその証拠だ。つまり俺みたいな人間は嫌いだということであり、望みが薄そうということではあるのだが。
「おー吉和、この後カラオケいかへん?」
「悪い、俺デートがあるから」
「マジで? かーっ、先越されたかー」
放課後、友人の誘いを申し訳ない表情で断った俺はすぐに学校を出てターゲットを追う。ターゲットというのは勿論エミリーちゃんだ。恋愛の基本は情報収集。決してストーキングをしているわけではない。学校が終わるとすぐに教室から出て行き、最寄駅の方に向かうエミリーちゃん。10分程そうしていると、県内ではそこそこ流行っているスーパーに彼女は入って行った。
買い食いだろうか、立ち読みだろうか、夕食の材料を買うのだろうかと陳列棚に隠れて彼女の同行を見守っているのだが、どうにも様子がおかしい。さっきからカゴに物を入れずに辺りをきょろきょろしているしそわそわしているし。
「……! ちょっとエミリーちゃん!」
「!? は、はい、なんでしょうか……ってあなたですか。どうかしましたか?」
「ちょっと一旦外に出て!」
「ち、違います、私は別に」
察した俺はエミリーちゃんが何も持っていない事を確認すると、手を掴んで強引に店の外まで連れて行く。困惑している彼女の目の前で俺は大きなため息をついた。
「あのねエミリーちゃん、万引きするなとは言わないよ」
「私は別に万引きなんて……ってするなと言わないんですか?」
「万引き自慢するクラスメイトを冷ややかな目で見ながらも、『私もやってみたいなあ、スリルあるんだろうなあ』って思ってしまうエミリーちゃんの気持ちは理解できるよ。でもね? やるなら真面目にやろう? ちょっと俺の一挙一動を見てて」
再びエミリーちゃんの手を取るとスーパーの中へ。まずは監視カメラの位置と店員の人数、私服の人間を確認する。その後お菓子コーナーに向かった俺は新作チョコレートの棚で『ほーん、カカオ増量かあ』と呟く。隣で俺を見ているエミリーちゃんは困惑したままだが、すぐに俺を羨望の目で見ることになるだろう。次に俺はポケットからスマホを取り出すと、それを耳に当てて『……もしもし、俺俺。うん、うん』と架空の通話を試みながらスーパーの出口へ向かう。
『昨日の野球? 見た見た、9回のストレートすごかったよな、こう、セットから、ずばーんって』
スーパーに新しく客が入って来た頃、出口付近で架空の選手の投球フォームを真似る俺。店員や他の客、エミリーちゃんから『迷惑な客だなあ』と思われているだろうけど、何かを得るためには何かを失わなければならない。そのまま俺はスーパーを出た。
「……あの、何がしたかったんですか?」
「はいこれ」
「? トロルチョコですね」
「さっきの戦利品」
エミリーちゃんにドヤ顔で20円のチョコレートを手渡すと、俺が今万引きを完遂した事に気づいたのか引き気味になるエミリーちゃん。新作のお菓子を見ながらつぶやく傍らこっそりと小さなチョコレートを手の中にくすね、出口から少し離れたところで新しく客が来て自動ドアが開く時にピッチャーの真似をしてそれを店の外に投げる。芸術とも言える業だろう。
「まあここまで回りくどいことをする必要はないけどさ、やるならバレないようにやらないと。誰がどう見ても今から万引きしますってバレバレだよ」
「……ああ、勘違いしてますね吉和さん」
「へ?」
「ちょっとついてきてください」
自慢じゃないが、というか本当に自慢できないのだが俺は万引きで捕まったことが一度もない。勉強はできないが地頭に自信のある俺は捕まらないやりかたを本能的に理解してしまうのだ。もう少し有意義な方向に自分の才能が欲しかったと悔やむこともある。
俺のシナリオでは万引きに憧れていた彼女は今の俺のエクストリームスポーツとも言える業に感激して好感度アゲアゲのはずなのだが、俺を見下すような冷たい目で見たかと思えばクスリと笑い、お返しとばかりに俺の手を掴んでスーパーに連行するのだった。