わりとどうでもいい人格
わりと6-1
ぐがああ……ふにいい……。うーん……にゃわらか……。
ん?
俺、いつの間に眠って……。
確か、皐月の手を握って……それにこの異常に柔らかい枕は……。
「あっ……恭二、やっと起きた」
膝枕あああっ!? 慌てて飛び退く。そして謝罪。
「すまん! 不可抗力とはいえ、その……膝枕とか……」
それに対し皐月は特に怒ることもなく、むしろ。
「あ、これ? 気にしないで、目が覚めたら布団の外に恭二が倒れてたから……私が勝手にしたの」
なんだあ……だったら、気にしないでおこう。友達だしな……って!?
「さっ、皐月!?」
「はっ、はいっ!?」
思い出し、身体を乗り出す。
「……身体……もういいのか?」
「から……だ? 別に、何ともないよ? 起きた時血だらけでびっくりしたくらい、かなあ? 変わった事って」
覚えて……ない? ああ、そういえば、桜花がガーデン? 強化した辺りから雰囲気が違ったような……。
「朝からお風呂入っちゃった……後、布団替える間……地べたで寝かせてごめんね……何か血塗れで」
「いや、いいよ。覚えてないし」
「それにしても恭二、よく寝てたね。 気持ちよかった?」
よく……寝てた? ああああっ!
「皐月、今何時だ!?」
「ふえ? ……十時半……ははは、恭二があんまり気持ち良さそうに寝てたから……」
「 大 遅 刻 だ … 」
わりと6-2
その後俺と皐月は大急ぎで学校に向かったものの、ついた頃には三限、香港の説教を受け……ようやく今、釈放された。
は、腹減ったなあ。よくよく考えたら朝飯食ってなかったっけ。……死ぬ。
「おい!? てめー、皐月と揃って遅刻とか! あの後ナニしてやがった!? ……まさか……ピリオドの向こ……」
と三世に絡まれる。反論する気も起きず、机に突っ伏す。
「あの……恭二?」
「まあ!? 名前呼び!?」
はいはい、静かにしようね。にしても……皐月から来るって珍しい。
「ん? そういや昼飯まだだったな。どうしようか……」
家に帰ってないので当然弁当などない。
「あっ、それなら大丈夫だよ。急いでパン買ってきたから……恭二の分も。また屋上行きたいな」
「マジか!? て、天の恵みだ……」
昼飯まで抜きになるかと思ったぜ。皐月と二人、話していると……。
「俺も行くぞ」
と、三世。いやいや、昼休み後十分しかないじゃん。てかお前絶対昼飯食っただろ、待たずに。
「三世……俺ら昼飯まだな。お前は明らか食ってる」
「それがどうした!? 屋上で女子と二人きりでランチとかお前にはまだ早い! 行くぞ!?」
くそう! ただでさえ時間ないってのに……こんな馬鹿と言い争ってる暇……。
そんな時。
「……ごめん、恭二に……伝えたい事があるの」
「「!?」」
三世と二人、固まる。ツタエタイコト?
「ま、まままさか……告白……」
「……」
三世の言葉に恥ずかしそうに俯く皐月。こ、これはとんでもない事に……。
「ははは。ま、皐月と一番親しかったのは恭二だしな。片方が女になりゃあ、くっ付くのは当たり前だよな」
元の言葉にクラスの雰囲気が不穏なものに変わる。なんか異常に敵意を感じる。
さて、どうしたものか……。皐月はフリーズしてるし。
仕方ない。
「行くぞ! 皐月!」
「きゃっ!?」
皐月の手を取り駆け出す。振り向くな! それは死を意味する。
「こんのおう! 裏切りものーっ!」
三世の叫び声が教室の外まで木霊した。
わりと6-3
息を切らしつつ屋上に到着。全く、これじゃあ帰れんじゃないか。
「皐月、大丈夫だったか?」
よくよく考えたら皐月は今女の子だし、このスピードで走らせるのは酷だった。
「……はあ……はあ、へ、平気……だよ……?」
……明らか平気じゃないよな。扉を閉め、ベンチに腰掛ける。
「どうぞ、あんまりいいのないかもしれないけど……」
皐月は買い物袋を開き、俺に差し出す。いやいや、なかなかのラインナップだ。
俺はそこからメロンパンと牛乳を失敬した。
上手いっ! こんだけ空腹だとメロンパンまでもがこんなに美味しく……。
「はぐっ! はぐぐ……」
「ちょっと…そんなに急いじゃ……」
「ぐうっ!?」
と、お約束のやり取りをした。
「ふう……美味かった……」
結局、四つあったパンのうち三つを俺が平らげた。皐月は一つで充分とのこと……女子はそんなもんなのかねえ。
ちなみに号令はとっくに鳴っているので、そろそろ戻らんとまた大目玉を食らう羽目に……。
それにしても、皐月がさっきから大人しいなあ。まあ女皐月は常に物静かなんだけど……なんと言うか、俯いたまま……黙っている。
まさか、マジに告白なのか? いや、嫌じゃないよ? だけど俺らはずっと友達だったわけだし、片方が女になったからってだな……。
やめやめ、考えるだけ無駄だ。とりあえず戻ろう。
「皐月、そろそ……」
その瞬間。
「うっ!?」
眩い光に、目が眩む。
そして目を開いた先には……。
「!?」
辺り一面、灰色の世界。これは……ガーデン!?
一体誰が……と、考えるまでもない。
「恭二……」
俯いていた皐月が、顔を上げる。その表情は、桜花がガーデンを強化した時と同じ。
「皐月、お前……」
皐月は立ち上がり、口を開く。
わりと6-4
屋上での昼食を終えた俺たち。しかしなぜか、そこで皐月はガーデンを発動させた。
「少し、話があるの」
「……」
いつもと雰囲気の違う皐月が、そう切り出す。とりあえず、俺は今朝からの疑問をぶつけてみた。
「皐月、俺からいいか?」
「……」
皐月はコクリと頷く。俺は続けた。
「昨日の事、皐月は何処まで覚えてる?」
これに皐月は少し考えてから。
「何処まで……意識があったところまでというべきか、全くというべきか。微妙なところ」
と、何ともわかりにくい返答をする。
「あの、それって……」
「桜花が言ってたとおり。私はバッテリーで記憶を操作していたから。今恭二と話している私には、昨日の記憶も恭二と出会う前の記憶もあるの」
今、俺と話している?
「つまり……」
「今、私はバッテリーの回復を優先する為……力を使えない状態を意図的に作ってる。私からそちらに干渉することはできるけど、逆はできない」
「……二重、人格みたいな?」
だから、皐月は今朝覚えてないって……。
「本当はさっきまでの私でありたい。でも……事情が変わったの」
桜花のこと……か。
「バッテリーを回復させるには私は現れない方がいい。でも、それでは昨日みたいに不意をつかれた時に全く対処できないから……ある程度バッテリーを消費してでも……スタンバイ状態を維持していく他ないというのが現状、かな」
スタンバイ。
桜花が仕掛ければ、迎え打つという事。
昨日だって、俺がいなかったら……皐月は殺されてただろう。
桜花……。
飴玉のことはあるにせよ、俺を殺してまで皐月にトドメを刺す事はしなかった。
話せばわかると、信じたい。
「なあ、俺思うんだけどさ……」
「……桜花の事?」
「ああ。何で、皐月と桜花が戦わなきゃならないんだ? 事情があるにせよ、俺には……」
「戦闘は私も避けたい。でも桜花は……ヴィクトリアは私たちとの共存は望んでいない。挑まれれば、振り払うしか……」
「でもな! それじゃあ、皐月も……桜花も、傷付くだけだろ!」
桜花と皐月なら、この無益な争いを止められる。俺は信じる。皐月と桜花なら説得でき……。
「恭二……」
「皐月、だから……」
「ごめん……そんな話をする為に、バッテリー使ってまで出てきてるんじゃないの」
!?
俺はこの時、始めて事の重大性を知ったのかもしれない。
わりと6-5
昨日桜花と話して。今、こうして皐月の考えを聞いてみると……やはり衝突は避けられそうにない。
俺は……。
「ごめん。命令みたいになっちゃうんだけど、私は恭二と地球にいたいから……お願い」
「……」
皐月について、桜花を……。
「昔、あなたにあげた飴玉……食べてくれた?」
「……ああ」
皐月も、飴玉か。
「よかった……って、ごめん。恭二のこと……利用したくない。でも……今の私が桜花やヴィクトリアに勝つには……それしかない」
「……俺は、どうしたら」
「とりあえず、そばにいて欲しい。出来れば……片時も離れないで」
「!?」
わかってる。これはそんな甘ーい話じゃないって。でも……こう改まられると、何というか。
「……ごめん、変な意味にとった?」
「……少し」
「えと、私が今知りたいのは……恭二に溜まってるバッテリーの大まかな総量と、それの摂取方法による調達速度の違い。一番早い方法はわかってるんだけど……それは……避けたい」
……桜花の言ってたやつね。いやね、俺もいきなりやるって言われたら戸惑うけどさ……避けたいって……ガクン……。
「……」
「あっ!? え、ええと……別に嫌、とかじゃなく……そういうのは……こういう目的でするべきじゃないというか……」
……復活。
「ええと、まとめると……俺は皐月のそばにいればいいのか?」
「うん。後は……出来るだけ、手を繋いで欲しい」
……うーん、それはまた難度の高い。
「……努力します。えと、普段の皐月は目的を理解してくれますかねえ?」
「そこは……恭二が、がんばる?」
おい。
難題を残し、皐月はベンチに座り、眠るように元に戻っていった。