わりとどうでもいい惨敗
わりと4-1
俺は堪らず叫んだ。
「皐月! お前……!」
するとこちらに気付き、振り向く。俺の顔を見て、えらく驚いている。
「もしかして……恭二……?」
「そうだ! 記憶! 戻ったのか!?」
力を振り絞り、重力に抗い、皐月を見つめる。
皐月はそれには答えず、桜花に視線を移す。
一言だけ残し。
「もし……私が……生還できたら、また……」
皐月と桜花は少し言葉を交わし、互いに飛び跳ね、歪んだ天井を擦り抜けた。
俺は地面を這いずり、二人を追う。
「冥土の土産に聞いてあげる。あんたここで何してたの?」
「……」
「答えないんだ。まあいいわ。ヴィクトリア民とエリザベス民がこうして対峙する、この意味分かるよね?」
「……無駄だと思うけど、一応言うね。私たちは別にあなた達を出し抜いたつもりはない。物資も共有するつもりよ」
「そうやってまたあたし達を騙すんだ? 相変わらずセコいわね、エリザベス民って」
「目的は同じ、無駄な犠牲を払うべきじゃない」
「なら早くヴィクトリアの配下に下れば? 一生奴隷としてこき使ってあげる」
「……何を言っても無駄なようね……分かってたけど」
「……もしかして、今のあんたがあたしに勝てると思ってんの? 足枷解いてもバッテリーこれっぽっちとか……ナメてんの?」
「私は負けない。勝つ。勝って、また……」
「ホント、あんたにはイライラさせられっぱなしね……昔から。まあいい、それも今日まで……」
「行くよ?」
わりと4-2
「はああ……はああぁ……」
ドアノブ掴まり、扉を開き、手すりにしがみ付き、階段を下りる。
激しい眩暈に襲われながらも、何とか部屋を這い出し、地上に降り立った。
辺りも同じように空間が歪んでいる。灰色だった風景は紫がかりより殺伐としている。
「さ……つ……き……」
見渡すも、皐月は見つからない。
その時、凄まじい勢いで何かが落下してくる。
やはり、砂煙などは上がらず無機質にそれは地面に叩きつけられた。
グニャリと嫌な音を鳴らした物、それは……。
「皐月っ!?」
そこに横たわる皐月は……。
叩きつけられた衝撃で大量の血液を吐き出し、四肢は変な方向に曲がり……。
とても、見られる物じゃなかった。
それでも、俺はそれにすがり付いた。
「皐月っ! 死ぬなっ! さつきいいいっ!」
咄嗟に皐月の胸元に耳を押し付ける。乳房から柔らかな弾力が伝わったが、それをありがたがる余裕なんて今の俺にはない。
俺の求めるもの……それは皐月の生の鼓動だけ……良し、まだ皐月はいきてる!
何とか、桜花を止めないと!
そして、そいつは上空にいた。
「きゃはははっ! 無様ね、皐月! すぐにあの世に送ってあげるから、少し待ってな!」
そこには燃え盛る炎羽を纏い、紅の大鎌を携えた桜花が漂っている。
振りかぶる桜花に、投げかける。
「止めろ! 皐月が何したってんだっ!?」
仁王立ちをし、皐月をかばう俺を見下ろす。
炎の鎌を仕舞い、羽を閃かせ、こちらに向かって来る。
そして、目の前で不思議そうな顔をしている。
「あんたこそ、何でこんな奴を庇う? こいつはあんたら地球人にとって侵略者でしかないのよ?」
「そんなの! 友達だからに決まってんだろおおっ!」
「友達? ずっとあんたを騙してたのに?」
「それがどうしたあっ! 俺の記憶にはなあ! 皐月との思い出が山ほどあるんだよおっ!」
「……なるほど、ね」
桜花は俺の周りを二三周回り、再びこちらを向く。
「……あんた、名前は?」
「はあ!? 国分恭二だ!」
桜花は人差し指を唇に当て、何やら考え込んでいる。
「……覚えてねー。後!」
「まだ何か!?」
「昔さあ、道に迷った子供池まで連れてった覚えない?」
再び俺の周りを旋回しながら、尋ねる。……落ち着きない奴。
「さあなっ! どんな子供だよっ!?」
「さあ? ぶっさいくな女の子じゃない?」
……何じゃそりゃ……。
「分からんっ! あったかもしんねーし! なかったかもなっ!? んだよ、さっきからーっ!?」
桜花は羽を仕舞い、地上に降り立ち。
腕を組んだまま、俺ににじり寄る。
「……これが最後。その後さあ……」
「後? 池の件か?」
「そ。その後に……」
「そいつに、飴玉貰わなかった?」
わりと4-3
飴……玉……? こんな時に、何言ってんだ?ふざけて……るんじゃないみたいだ、真面目な顔してる。
うーん……。
いや、待てよ……。
確か……幼稚園くらいの時……。
俺は遠足で緑地公園に行った。後々考えるとそんなに広くなかった気がするけど、子供心にはまるで樹海のように感じた。
そこでみんなとはぐれた。俺はわりとずぶとかったのだろうか、みんなを探すより探検気分でどんどん奥の方まで進んで行った。
「……まよった」
気付いた頃には、人の気配なんて全くない最深部まで来ていた。辺りは迷路のように入り組んでいて……もはや自力で帰れる気がしない。
ヤバい、そう思い始めていた。とりあえず大声で先生やら友達の名前を呼んだ。
「せんせえええっ! けんたくうううんっ! ともみちゃあああんっ!」
……当然、返事はない。
しかし。
「……か……るの……?」
!? 微かにだけど、声が聞こえた。後は無我夢中に、その方向に走った。
そこには。
「……ひぐっ……ひく……」
蹲って、泣いている女の子がいた。多分同じくらいの歳だろう。
俺はすぐに駆け寄った。正義感というより、一人が心細かったからだと思う。
「どうしたの?」
「ふえっ……?」
女の子は俺に気付き、顔を上げる。俺は問いかけた。
「どうしたの? なんでないてるの?」
すると、女の子は俯きながら。
「わたし……まよっちゃったの……みずうみまで……いかなきゃ……」
と、話した。
「みずうみ?」
それなら……ここに来る途中で……。
「はやくしないと……かえれなく……なっちゃう……ううっ……」
「よ! よおし!」
咄嗟に、俺はその子の手を掴む。
「ふぇ……?」
俺より、少し背の低い女の子は、上目遣いで見上げてる。
「おれが、つれてってあげる!」
どこをどのように進んだか。
女の子と道中何を話したか。
この辺りは全く思い出せない。
でも俺はこの時、確かに女の子を湖まで送り届けた。
そして……その子は俺に、飴玉を一つ差し出した。
「ありがとう……これ……わたしからのおれい……」
「うん、ありがとう……その……」
また、逢える? 俺は多分、そう聞こうとした。
女の子はそれには答えず。
「そのあめだま、わたしのたからものなの……だいすきなひとにあげなさいって、おかあさんがくれたものなの……」
「え? そんなだいじなもの、もらっていいの?」
「うん。わたし……きょうじがだいすきだから、あげるの。それをたべたらね、きょうじとつながれるんだって……だから……」
「あーっ! いたーっ! なにやってるのよう!?」
「あっ、おうかちゃん……わたし、いくね。さようなら」
「あっ……」
その後、俺はその子を思いながら……飴玉を舐めた。
子供の時の記憶だからか、信じられないくらい美味しかった気がする。
「……その様子だと、心当たりあるのね」
その一言で、現実に引きずり戻される。
俺は、こいつから皐月を守らなくてはならない。皐月は瀕死、桜花は無傷……二人の間に何があったのかは知らないけど、もう勝負はついてる。
しかし、桜花は皐月を生かしてはくれないだろう。
どうすれば……。
俺は桜花から視線を逸らさない。今のところ、桜花も俺に攻撃したりするような様子はない。
明後日の方角を見つめながら、何やら考え耽っている。
そして。
「……あんた、どうしてもそいつ……助けたいんだ?」
「!? じゃあっ!?」
「……元々、地球人には危害加えちゃいけない決まりだしね……」
そう言い、桜花は手を組んでしゃがみ込み、歪んだ空間を身体の中に吸収していった。