わりとどうでもいい社会復帰
わりと2-1
「うおおおおーっ!! (マ ジ か よ …)」
そんな歓喜に迎えられ、皐月は完全にフリーズしている。
男皐月の隠れファンだった女子数名が窓から飛び降りるという事案も発生(ま、よくある事なのでマットが敷いてある。かすり傷程度ですぐ教室に戻る)したが、大多数は「可愛いっ!」と大喜びだ。
そんな中でも……。
「ま、まじかよ……ドッキリじゃねえだろうな? 恭二」
俺たちを小学校時代から知る村田三世は、俺(名前は国分恭二、今高一)に疑いの目を向ける。
「三世よ……気持ちは分かるが、マジらしいんだ」
肩をポンポン叩く。
精一杯と思しき愛想笑いを振りまきながら、皐月は席についた。
「よーし! 出席取るぞっ!」
ドデカい声を響かせながら、担任教師の岡部香港がやって来た。ちなみに本名らしい……。
ゴツい腕から教壇に出席簿が叩きつけられ、これまたとんでもない音がする。
「うぃーすっ! テメー等も気付いただろうが、浜中が女になって帰って来やがった! ったく、ファンキーな奴だな! ガッハッハ!」
……いいのか、それで。
「せんせーっ、原因は何ですかー?」
クラス委員の三浦志帆がそう投げかける。確かに香港なら何か聞かされてるかも……。
ナイス、眼鏡っ!
「知らんっ!」
……オメーに一瞬でも期待した俺が馬鹿だったよ。
わりと2-2
とりあえず特に問題も無く午前の授業も済んだ。
そしてクラス中の大ブーイングを振り切り、皐月と俺、三世と丸山元は弁当を手に屋上のベンチに陣取った。
ささやかながら、俺らの「皐月復活パーティー」だ。
「いやーっ、今朝はビビったぜ」
「だよな! あの皐月が、女の子になってるなんてなー」
三世と元が話し合っているのを、不安気に見ている皐月。時折こちらに助けを求めるような視線を向ける。
それを見た三世は、今更ながら尋ねて来る。
「……もしかして、皐月俺等の事忘れてんの?」
「お前らだけじゃねえよ。始めは俺のことも忘れてた、というより……今までの記憶が、皐月にはない」
「……ごめん、なさい」
申し訳なさそうに、皐月が俯く。そんな皐月を励まそうと、三世が盛り上げた。
「なーに! 記憶をなんてある日突然戻るって! な! 元!」
「ああっ! とりあえず、俺は丸山元なっ! この馬鹿は村田三世だ」
「……元、そりゃねーだろ! しゃあ!」
「あ痛っ!」
とまあ、少しは和んだのだろうか。連中はデコピン一発をきっかけに、現在ガチで殴り合っている。
しかし……皐月はコンビニ弁当に箸を置き、俯いたままだ。くそー、役にたたん奴らめ。
「なあ、皐月……ゆっくりでもいいからさ、思い出そうぜ?」
「……うん、いろいろありがと。国分くん」
まだまだ先は長そうだ……。
わりと2-3
午後の授業が終わった。といっても古文と数Aといったお昼寝タイムだったので……気が付いたらHRだったんだけど。
一瞬目覚めた時チラ見したけど、皐月も寝てたっぽい。まあ女の子になっても皐月だしなあ……。
「皐月、帰ろうぜ」
いつもなら色気のいの字もないセリフだけど、これって完全に女の子誘ってる構図だなあ……。ま、いいか。皐月だし。
「うん」
鞄を抱えて、席を立つ。すると三世と元がよって来た。
「おい! 俺ら無視かい!」
「エロ杯をした仲だろっ!」
……ちなみにこれ、みんな集まってAV観ること。はあ、色々皐月と話す予定だったんだがなあ。……しゃあない。
「いいよ、お前らも来い」
「たりめーだろっ!」
「皐月とはいえ、女の子と下校なんてイベント! しかも一緒に帰って友達に噂とか……」
俺、皐月、元は語る三世を無視し教室を出た。
わりと2-4
その後俺らは皐月の住むアパートに集合。折角だしカラオケとかゲーセンに行きたかったけど、全員金が無かったので家庭用ゲームで遊んだ。
すっかり日も暮れ、現在七時。
「俺そろそろ塾だわ」
「はあ!? 元塾なんか行ってんのかよ」
……初耳だぞおい……。
「実テ悪かったからな、強制的に。ママンが教育厨なんだ」
「じゃあ、いつサボるのか!? 今でし……」
元は三世を無視し、俺と皐月に手を降り帰って行った。
「……何て奴っ!」
「それより、晩飯どうする? 家は両親遅いから適当に食えと英世さんもらったけど」
……我が家ではよくある事。ちなみに二人とも某外食チェーンの店長である。
「いや、俺は帰るわ。ハハンが餃子作ってるしな……今日こそ百個食ってやるアルっ!」
そして三世は去って行った。二人きりである。男皐月となら全く意識しないんだが……というかなぜ意識する必要がある。皐月だろ……。
「あの……」
気が付くと皐月が目の前で土下座している。
「ちょっ!? どうした急に」
「……お願いがあるの」
……ヤバい、心臓が……。
わりと2-5
「カレーの作り方、教えて欲しいの……」
……か、カレー?
何だ、そんな事ね……。
「そういや、料理苦手で看護師さんに怒られてたな」
「うん……コンビニ弁当も飽きたし、看護師さんのカレー美味しくて……自分でも作りたいなって。大丈夫?」
「俺? まあ……基本自分で晩飯用意する事多いし、カレーは週一で作るから……作れるけど」
「じゃあ……お願いしてもいい?」
まあ断る理由もないしな。了承した俺は材料を買いに出掛け……。
「待って、材料はあるの」
「マジ? なら話は早いな」
そんなこんなで今台所にいる。カレールーに牛肉、ニンジンじゃがいもタマネギ……。
野菜の皮を剥く。
鍋を用意し油を敷く。
「まずは肉を炒める。日が通ったら野菜を入れる。暫くしたら水を……」
「ま、待って! メモメモ……」
メモる程のことしてないだろ……。
「……で、ニンジンじゃがいもが柔らかくなったらルーを入れる。んで火を止めて暫く待つ……簡単だろ?」
「う、うん」
「ま、完全に出来合いの味になるけど……弁当屋のレトルトよりは美味いはずだ」
米の洗い方、水の分量と炊飯器の使い方を教え、俺による料理教室は終了した。
わりと2-5
「美味しかった……」
カレーを食べ終え、満足そうな皐月。いい顔だ、可愛……って、俺! コラっ! 皐月だぞ。友達! おーけー?
「良かったな。これからは自分で作れるな?」
「うん、やってみる。ありがと」
水を飲み干す。さて……。
九時半か、流石に帰らんと。
「んじゃ、そろそろ帰るわ。悪いな、洗い物残しちまって」
「ううん、これくらい。でも……」
ん? 急に俯く皐月。
「私……国分くんに迷惑ばかりかけて、何にも出来ないね……」
「はあ?」
何を急に。皐月は病み上がりだから仕方ないだろ……。
「そんな事気にする必要ないって」
「でも!」
「いいって。皐月の記憶が戻るまでの辛抱だ、それまではどんどん迷惑かけろ」
「……うん」
「そうだな……」
「?」
あった。一つだけ、皐月にして欲しいこと。
「じゃあ、これだけいい?」
「うん。私にできる事だったら」
今までは無理に直してもらおうとはしなかったけど、やっぱり。いい機会だし。
「国分くんって呼ばれるのは、勘弁。皐月には名前で呼んで欲しいかな。ずっとそうだったし……」
「名前って……下の名前でって事、かな?」
「ああ」
少し首を傾げてから。
「じゃあ、呼ぶね」
「……」
ひょっとして、俺らすんごい恥ずかしいやり取りしてないか?……付き合い始めの恋人のそれに近いな……。
「……恭二くん」
「くんはいらん」
「……恭二」
「よしっ! 次からそれで頼む」
俺は立ち上がる。恥ずかしいからなっ!
「また明日、学校でな」
「うん。今日はありがとう……恭二……」
皐月の笑顔を目に焼き付けて。俺はドアノブに手を掛けた。
だがそれは、俺のものではない力によって開かれた。