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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
壱章
9/51

百合は蒼穹を仰ぐ 01

 壱章より、戦国史を曲げての創作が含まれます。

史実上の人物や、出来事に脚色加えたファンタジー風味。

嫌悪感を懐かれる御方、作風に納得出来ない方もいらっしゃると思います。速やかに御退出を願い申し上げます。

 私の叔母、母上の妹の御名は乙竹様と言う。

留守政景殿の後妻ではあるが、正室として嫁いだ御夫人である。

彼女は色白で目鼻立ちが整った穏やかな女城主であった。

幸い……と、言うべきなのだろう。

周囲の評価は有難い事で、乙竹姫と私の容姿はとても似ているらしい。

姪と叔母以上にソックリ……と、母子並みの面差しだと。

居城に入った私と対面し、驚く乙竹姫様と家中の面々。


「私も驚いたのだ、乙竹に似て見目麗しい。

 今から将来が楽しみだよ、我が母上の様に引手数多の美人に育つだろう」


 悪戯が成功したかの様に笑いだした政景様。

政景様の生母は岩城氏の出身、美貌と謳われた久保姫(裁松院)である。

この気遣いで、城の家臣や家中の間に“実子説”と“隠し子説”が実しやかに囁かれた。

 姪である私を政景様以上に可愛がってくれる乙竹姫様。

私の容姿とこの噂を非常に喜んで、後押しする気配すら見せるのだ。

“殿の隠し子説”がいたくお気に召した御様子で、政景様の一寸した癖や仕草の伝授までなさる。

家中皆が悪乗りとでも言うのだろうか、美津を筆頭とした侍女達。

更に、家臣までもが政景様の真似に思考、食事を事細かに教え始め……。

果ては書や筆跡まで手本にすべきだと、師を呼び書の練習を重ねさせられる始末。

その努力の甲斐あって、名筆と称される政景様の筆跡で文を書く特技を私は習得した。

養子であるが故の足掻き、強かと身に付けた特技だ。

だが、政景様や乙竹姫様に似ていると評されるのが、私は単純に嬉しかった。

確かに尊敬すべき人柄の御夫婦、見習うべき御方である。

そして、可愛がって世話してくれる皆々の期待に答えたくなるのが人情と言うモノ。


「あら、雛姫。また文を書いているのですか?

 本当に……貴女は筆まめですね」


「父上が米沢に戻ったとお知らせ下さいましたので。

 母上も文を書かれてはいかがでしょうか、八房が届けてくれますよ」


「政景殿も雛姫も毎回毎回、八房は大忙しね。

 虎哉禅師は五、六回に一度の月一回の返事でしょうに。

 でも……よい事だわ、政景様が毎回文を返してくださるのは嬉しいからよ?」


 父上、政景様は家督を継いだ政宗様の補佐として各地を転戦し続けている。

居城の高森城には冬季を除いて滅多にお戻りにならない。

そのため、文を交わす事で近況を伝え合っているのだ。


「城下に残った家臣や家族の近況を雛姫が楽しげに書くものだから、家臣までもが聞きたがって催促するらしいの。

 戦場に居ても穏やかな話題に事欠かないと、政景様の文に書いてありました」

 

 驚く事に、八房が文を届けてくれる。

某人気ファンタジー小説の梟便並みの働き振りである。

本来ならば、鷹狩等をこなすべき高尚な鳥なのだが……。

いかんせん、雛から育てたためか人に馴れ過ぎてしまった。

見知った親しい人物、気に入った人を見つけると飛び付いて餌を強請るのである。

政景様に連れられて一年振りに資福寺を訪ねた居り、虎哉禅師や馬番、数日間お世話になっただけの人を八房は然りと覚えていた。

人懐こく穏やかな性格は相変わらず、愛想を振りまいて。

時折人の言葉が判るかのような仕草に行動、人をも驚かせる。

その八房に冗談で任せた伝書行為が成功し、今や重要な情報伝達係り。

御蔭で、この高森城内でも大変な人気者である。


 *  *

 

 私が養子として高森城で暮らし始めて五年が経つ。

肌寒い六月の朝、身体を丸め眠ってた私は八房の鳴声で眼覚めた。

昨日頼んだ文の返事を運んで来てくれたのか……と、私は庭先に設けた止まり木に駆け寄る。

無事の帰宅に安堵して、八房の喉元を撫でた。


「お帰りなさい八房、ご苦労様でした。

 ご褒美を持ってきますね、今朝は何が出ますでしょうね?」


 今や用意するご褒美や食事は、山鳩であったり雉や鴨である。

八房専用の食事係が狩ってくれるのだ。

今や大変な美食家に育ってしまった原因でもある。

 羽音がして肩に八房が止まる。

白の単に小袖を羽織っただけなので、爪が食い込んで正直痛い。

朝の慌しい渦中の侍女に声かけて、八房の餌を運ぶ手筈を願った。

なんと今朝は残りが雉鍋らしい、贅沢な……。

 顔を摺り寄せ催促する八房。

図体は大きくなっても食事を強請る姿は可愛い。

足に巻かれている朱色の飾り紐を外す。

この飾り紐は、中に文を入れる袋状に縫った我が傑作である。

裁縫下手な私が試行錯誤の末に作った代物だ。

下手の横好きと貶されたが、寛容する。

 庭先の止まり木で雉肉を食べる姿を眺め、羽織っただけの小袖を着込み整える。

朝餉に呼ばれる前に、政景様からの文を読もうと廊下で紐を開いた。


「……あれ、文が三通もある」


 時折二通御返事下さる事がある。

その場合、名は私宛だが内容は御正室である母上へ宛なあるのだ。

首を傾げつつ、寄ってある文を伸ばす。

見慣れない筆跡の文が一通と、政景様からの二通。

三通とも私宛に書かれている。

何か理由有っての事なのだろうか?

 疑問が過ぎる。

最初に政景様の文を読み始める、理由が書かれているだろうと推測して。

一通は普段通りの近況報告、米沢城下の屋敷で戦の後処理、疲れを癒している等々。

二通目は近々高森城に一時帰郷するとの連絡。

そして、問題の文について書かれていた。

 “届いた文の命令を受諾せよと、断る事は出来ない”と、記されている。

普段の穏やかな文面とかけ離れた厳しい文面。


 (私に、良くない知らせ……)


 見慣れぬ筆跡の文。

ゆっくりと広げて読み始める。

水の如く流麗な筆使いは政景様以上。

側に控える右筆に書かせたのだろうが、達筆の手は感動すら覚える物だった。

季節の挨拶から始り、私を行儀見習いとして召抱えたいとの事だった。

火急の用件だが受諾し早々に用意せよと記されている。

選択肢も拒否権も無い用件に戸惑うが、途中で恐ろしくなり居ても立ってもいられなくなった。

差出人の名がハッキリと記されていたからである。

疑うべき事は無い、尚更恐ろしくなる。

 冷や汗が流れ落ちる。

政景様からの文に時折りお名前が出る程度。

しかし名筆の噂は聞いていた。

でも、まさか本人から直筆の文で命を受けるなど到底信じ難い事。

母上に報告、いや相談、兎も角知らせねばとその場を後にする。

途中ですれ違った侍女に食事に遅れる旨を伝え、美津に白湯を運んでくれるよう頼む。

早朝から血相を変えた姿の私に戸惑っていたが気にする暇も無い。


「朝早くから申し訳ありません。

 父上から文が届きまして、その……」


 言葉が回らず上手く説明出来ない。

仕方なし…と、届けられた文三通を母上に渡す。

血相を変えて駆け込んだ私に眉をひそめた母上だが、手渡された文で状況を理解してくれた。

腰を落ち着けて文を読み始め、そして……天を仰いだ。


「……お断りする事、叶いませんか?」


「断るもなにも……従うしかありませんでしょう。

 伊達家当主の御命令ならば尚の事」


夫が仕える若き伊達の御当主、甥の政宗様。

奥州の覇者、独眼竜政宗。

彼の所業は見聞きしている、知っているからこそ頭を振り否定する。


「行儀見習いとしてて召抱えたい……。

 居城にて預かると称していますが、所詮は人質でしょう。

 いえ、米沢城に留め置くならば……きっと」


 逡巡する母上など見た事が無い。

城主の不在を預かる女性の不安げな姿に、私も困惑を重ねた。

私以上の動揺と混乱、不安を心中に抱えているのだ。


「父上が迎えを寄越すまで日があります、落ち着きましょう。

 母上も私も、今は酷く動揺しています。

 城内の皆に不審や不安を抱かせては駄目なのでしょう?

 確か、以前父上がそう仰って居りました」


「……そう、ですね」


「白湯を運んでくれるよう頼んで居ります、一服してから朝餉に致しましょう」


 母上は出産を経験していない事もあり、大変若く美しい。

その色白の肌が今は蝋人形の様に蒼白となり、華奢な体が震える。

私は側に寄り添って背を擦り、政景様の早い帰郷を祈る事しか出来なかった。





 作中に出てきた文の宛名の形式(披露状)について。

政景様や政宗様の手紙は、側室や自らの子へ直接文を宛る形式にしています。身分在る女性や正室(自分の奥方)への文は、侍女宛などにする「披露状」形式とし、当時の礼儀に反しない体裁を執っています。

当時としては一般的な行いですが…。

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