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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
序章
7/51

揺り籠を探す手に 07

 資福寺に世話になる事八日。

私が此方の世界で目覚めて五日目となった。

体調も良くなった事で、翌朝から寺の時間に生活に合わせ始めた。

世話になる以上、客分の扱いでは心苦しく手伝いを申し出た……が、正解か?

資福寺は禅宗の寺 “働かざるもの食うべからず”で自給自足が基本なのである。

 時の暦では今は六月初頭、勿論朝は未だ肌寒い。

美津と一緒に太陽が未だ昇らない時に起床した。

身支度を整え借りている部屋の掃除、そして朝餉の支度を始める。

 何分子供の私であるから、出来る範囲や程度が知れている。

野菜洗いにお膳の配置、喜助と共に食事を運び。

あとは、廊下の雑巾掛けや洗い物を頼まれる程度か……。

 喜助と共に寺の雑用に庶務は、殆ど免除されていると言ってよいだろう。

その代わり、最優先と位置付けられのは“雛鳥の世話”である。

雛の食事、この食料の確保に私と喜助は一日の大半を費やす。

巣立ちも間近な雛鳥は食欲旺盛、催促の鳴声が夜明けと共に始まるのだ。

 産毛が未だ残る鷹の雛、名前は“八房 ”と言う。

虎哉禅師の命名で本当に有難い名前を授かった。

人に警戒心を抱かず愛想の良い子である八房、今や寺のアイドル的存在。

寺の皆は、私や喜助に挙って手を貸してくれる。

本当に有難い事である。


「この辺りも大分、少なくなったね」


「場所変えないとなぁ、そろそろ駄目だろな~」


 水田に青々と茂る稲。

畦を歩きながら、眼を凝らして私たちは獲物を探す。

アケビの蔓で編んだ籠には、捕まえた物がウヨウヨと入っている。

遊びの延長の様だが、これが喜助と協力し何とか達成する食料確保。

食欲旺盛な雛の胃を満たすため、二人は至って本気なのだ。

籠の重さを確かめて喜助に提案する。


「寺に戻ろう、八房が待っている頃だよ?」


「結構な量のカエル取ったね……。

 まあ、明日まで十分間に合うと思うから十分かな」


 腰に提げた蓋付きの籠には、結構な量のアマガエルとトノサマカエルが入っている。

本来なら小鳥等を捕食し雛に与えるべきなのだが、捕獲が困難で諦めた。

餌の代用を考え悩んで思い出したのは、幼少時に見た番組。

アニメ劇場と称した枠で“雁の群れの隊長”が鷹だったか鷲だったか?

ともかく、親代わりになって猛禽類の雛を育てる話だ。

隊長が苦労して川魚を捕獲し、彼の雛へと食べさる場面があった。

だったら、比較的簡単に捕獲できる蛙でも大丈夫なのでないかと…。

うん、そう思い至って蛙を食べさせてみたのだ。

以外にも食い付きが良く、結果良好で問題なし。

雛鳥は、蛙を豪快に食べ尽くした。


「一時はどうなるか心配だったけどさ、姫の機転で助かったよね」


「空腹を訴える鳴声を聞かなくなったしね?」


「うん、八房は腹が膨れてご機嫌だしね。で、今日は雀何羽くらいだと思う?」


 “子供の我侭”に、馬番は餌の確保を協力してくれる。

寺の農耕馬には、飼葉の他に小糠等も与えているのだ。

その小糠を相伴しに小屋に集まってくる雀。

日によってバラつきあるが、その雀を二・三羽程度を彼が捕まえてくれる。

捕獲する数は結構と十分な数で、バランスよく餌の確保が可能となった。

だから、八房は空腹を訴えずにスクスクと育っている訳である。

私は喜助と並び歩く、他愛も無い話を交わして資福寺への道を。

 実は、餌の代用を蛙にした事で虎哉禅師の爆笑、いや笑いを頂いていた。

事の顛末、餌の種類など経緯を虎哉禅師が聞き終わる頃。

既にカタカタ震える肩と背中は前回と同じ。


「非常に面白い!!」


 へそ曲りの和尚に絶賛されてしまった。

そして「最近こと在る事、虎哉禅師は笑う」と、寺の者が口を揃え言う。

元服前の梵天丸様と時宗丸様が戻ってきた様だと、目を細めて皆一様に頷き。

二人を預かった当時、寺は大層賑やかに華やいでいたと振り返り……。

 時宗丸様とは、政宗の従兄弟にして大叔父である御方の幼名である。

当主の幼馴染でもある伊達成実殿の事だと教えられた。

知ってはいたが、改めて聞けば納得する。

「武の成実」伊達三傑の一人で、武芸に秀でたとされる御方。

政宗と同様の教育を受けた人物ならば、文武両道の人と称するのが正解だろう。

四年前の出来事を昨日の事のように語り、親しみを込めて話す人々。

 日々の生活を送るのに精一杯の私は思うのだ。

自分が過去の時代、過去の世界で今を過していると思い知らされる。

受け止めては居るが、事実を消化しきれない事を蟠りと。

この時代で眼が覚めて五日、日々の常識と知識を十分に理解した事で尚更だった。


 * *  


 鬱々と思考を巡らせていたため、周囲の気配を拾わずに歩いていた。

喜助に問われ、改めて視線を寺の方角へ送る。


「なんだか門前が騒がしい……?」


「禅師への御来客と考えるのが普通かな?

 ねえ喜助、私達は邪魔にならないよう裏門から帰ろう」


「随分な大人数の様だしね、了解」


「喧騒が此処からでも聞こえる。

 徒歩の人だけじゃなくて、数頭の馬も居るみたい……」


 肩を並べ、最上川沿いを歩いて裏門から寺に入った。

部屋に上がる前に井戸で汲んできた水で顔と手足を洗う。

田の畦を走ったり、舗装されていない道を歩いたのだ……。

私達は随分と四肢に顔が汚れていた。

 六月の気温で火照った身体に冷たい井戸水が心地よい。

硬く絞った手拭で拭き取ると、喜助が私の分まで水を捨ててくれた。


「先に行きなよ姫。

 俺は、腹へって母さんにオニギリ作ってもらうからさ?」


「八つ時には早い気がする……」


 三時頃を八つ時と呼ぶ等の、新たな知識が増えていた。

育ち盛りを自負する喜助から手渡された籠は、己の物と違い随分と重い。

頭を撫でられ“後はヨロシク”とばかりに美津を探しに行ってしまう。

苦笑いが口辺に浮かぶ。

 二つの籠を提げ、私は幼鳥が待つ部屋へと足を運んだ。

八房が日中過すのは、川に面した板敷きの部屋。

小部屋で人の通りが少ない場所だが、寺の誰かしら見張りと称して八房の子守をしてくれる。

今日居るのは虎哉禅師と誰だろう、寺の門人だろうか?

それとも、世話好きな彼の行人だろうか。

ふと、耳を掠めたのは聞きなれない声だ。

客人が寺を訪れている事を再度思い出した。

立ち止まる、その部屋を訪ねては不味いだろうかと。

普通来客があった場合使われる部屋ではないが……。

来客ならば、出直すのが正解だと一時を逡巡する。

踵を変えそうとすると、虎哉禅師から声か掛かった。


「もどったのか、雛姫」


 開け放たれた戸口の前で静かに膝を着く。

美津に教わった礼、ここで使うのが常だろう。


「はい、お客様だとは知らず失礼をしました。出直して参ります」


「いや出直さずともよい、留守殿だ。

 御前さんを迎えに来て下されたのだよ、入って挨拶なさい」


「……失礼いたします」


 留守政景殿、私の叔母上(乙竹姫)は留守殿の正室。

政景殿は伊達政宗公の叔父だと此方で知識を得た。

歳若く家督を継ぐ政宗公を補佐し、伊達家の勢力拡大に貢献する武人。

得た知識、知っていた知識を次々と関連付けて思い出し改めて緊張した。

人望高く情に厚い人だと聞かされているが、第一印象から粗相があってはマズイだろう。

部屋に入り指を付いて一礼、挨拶する。


「初めてお会いいたします。

 月岡城主・上野山満兼の娘、雛姫と申します。

 身支度整えず、この様な身形で御挨拶する事お許しくださいませ」


「これは、丁寧な挨拶いたみ入る……。

 虎哉禅師の仰るとおり大人びた会話をする御子だね、確かに驚いてしまうな」


「じゃろう政景殿?

 そなたの甥が、政宗並みの小癪な物言いであろう」


 頭上で聞き捨てならない単語を聞いた……。

うん、虎哉禅師の言葉は褒め言葉としておこう。

初めて対面した留守政景様は、三十代半ばの男盛り。

精悍な風貌と日焼けした肌のまさに美丈夫だった。

その容姿に唖然とする。

(だって、大河ドラマでは長塚京三さんで。うん、イメージがね)


「これ雛姫、何を驚いている」


「あっ、いえ。父を思いまして」 


 思わず吐いてた言葉に虎哉禅師が空を向く。

その仕草に良心が痛んだ。

記憶にない、覚えていない父親の姿。

実父の事もあり『父親』については、蟠りと溝となる偏見が渦巻いてしまう。

私はその事を此処では隠している、美津以外には記憶の混乱を話していないのだ。

気まずくなる事を避けて、素知らぬ振りを保って。


「もっ、申し訳ありません」


 頭にフワリと圧力を感じる。

政景様が頭を撫でてくれたのだ、喜助よりも大きな掌で。

何度も髪の流れに添って撫でてくれた。

優し気配に汲み取れる心情。


「心配せずとも宜しいよ、雛姫。

 黒川殿は養子の事もあって、私に任せたいと仰った。

 そうでなくとも乙竹(正室である黒川夫人)が早く逢いたいと願っている。

 私達には子が居ないからな」


 ポンポンと撫でられる。

顔を覗き込まれた、政景様の鋭い眼光が穏やかに細められる。

三十半ばの美形男性、間近で顔を見る事など今までに無い。

間違いなく私の頬は赤くなっている。 


「雛姫、そなたの祖父である晴氏殿は、隠居し月舟斎と名乗っている。

 家督を義康殿(大崎氏から迎えた養嗣子)に譲った手前、引き取る事は出来ないと悲しんだ。

 孫であるなら憚ることなく、居城に文が送れる。

 必ず書きなさい……きっと喜ぶはずだから」


「はい、必ず」


「早く居城に連れ帰って、乙竹(正室)と逢わせたい……。

 しかし、今から発っては直ぐに日が暮れてしまう、明朝に発つが異存は無いか?」


 伏せた顔に指を這わされた。

緊張よりも、これは非常に恥ずかしい。

未だ顔を覗き込まれたままでもある、政景様は瞳を逸らさずに更に言葉を紡ぐ。

そろそろ本格的に恥ずかしい、視線を外してもらいものだ。

私は不本意ながらコクコクと頷く事で返事をかえしてしまった。

穏やかな笑みが政景様の口辺に上っている。

彼は私に次の行動を促した。


「雛姫、八房が物欲しげな眼差しで見つめている。

 早く餌をあげなさい」


「嗚呼。はい、いま用意します」


 廊下に置きっぱなしにした二つの籠。

抱えて戻れば、餌が貰えると感じたのか竹篭の中から頭だけ出して此方を見つめる。

八房は人懐こく穏やかな気性で、とても可愛い。

政景様に御願いしたら、一緒に連れ行く事を許してくださるだろうか。

籠から毛玉を取り出して、腕に停まらせる。

早速と餌を強請る八房の喉を撫でた。


「八房は虎哉禅師から世話を任されたのでしたね。

 でしたら、雛姫と一緒に連れて帰って宜しい訳ですか」

 

「勿論、御願いするつもりで居たよ。

 雛姫も八房と一緒で嬉しいだろう、よろしく頼むよ政景殿」


「政景様!有難うございます」


 政景様が私を見つめ、口元に微笑浮かべて訪ねいった。

顎へ指を伸ばし頭傾げて。


「父上と、呼んでくれると嬉しいのだが……?」


 私は驚きで身体ごと振り返ってしまった。

腕先の八房の抗議の鳴声を聞く。

今とても、とても嬉しくなる言葉を聞いた。

眼を見開いて固まる私。

虎哉禅師のカタカタ震える肩と背中が視界に入る。

実父の存在が希薄であり、家庭的な記憶すら無い私。

無論、この世界の父親も覚えていない。

だから政景様殿の優しさが、御言葉に心遣いが、本当に嬉しかった。

照れてしまった、泣き笑い表情が暮れる。


「……あの、乳母の美津と乳兄弟の喜助も一緒でしょうか?」


「うん、聞くまでも無い事だと思っていたけど」


「ち、父上……その、有難うございます」


 話の途中、感動の会話中に虎哉禅師が爆笑した。

腹を抱えて畳に蹲る姿と震える肩と背中。

その姿を目にするのは三度目だった。

騒ぎを聞きつけたのだろう、こちらに向かって駆けつける足音がする。

美津なら騒ぎを予想して白湯を用意するだろう。

喜助に言いつけでもして、白湯を持ってこさせるかもしれない。

笑い続ける姿に戸惑う政景様。

私は笑い上戸な虎哉禅師の背を撫で続けた。

お互い顔を見合わせる、苦笑いが浮かんだ。


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