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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
序章
6/51

揺り籠を探す手に 06

 頭を下げ挨拶から始める。

面前に座る、この方が……虎哉宗乙禅師。

他界するまで足かけ四十年以上、『伊達政宗』に付き添い影響を与えた人生と学問の師。

大河ドラマの影響で、偏屈とかへそ曲がりの先入観がある。

しかし、穏やかな笑みと私の体調を気遣う会話からは、ドラマのイメージは沸かなかった。

ただ…雰囲気と言うべきなのか、人柄なのだろうか?

気高く高尚な、一種独特の気配を感じた。

 私は、美津と先刻相談した御礼を述べていく。

会話の順序と親族の名前、間違わないように注意しながら。

城落ちした私達に、暖かい宿と食事を提供し保護してくれた事。

叔母の嫁先を頼るのに便宜を図って下さった事。

最後に禅師に御礼と感謝の気持ちを伝え、深く頭を下げて終了させる。

緊張し言葉を逡巡したため、ぎこちなく幾分口が回らない箇所もあったが。

まあ……、付け焼刃にしては上出来だろう。

再度頭を下げての挨拶、追加と礼をした。


「雛姫の御歳は幾つかな?」


 虎哉禅師の問いに、私は目を瞬きつつ首を傾げる。


「はい、私は十歳でございます」


 後に控えて会話の成り行きを聞いてる美津。

ハラハラとした視線を背に感じる……。

私の受け答えが余程心配か?


「美津から話を聞いてはいたが、こうも大人びた会話をする子供だとは驚いた。

 梵天丸も……ああ、元服し政宗と名乗ったか。

 あれも小癪な子だが、歳相応の考えや行動を会話をしたものだぞ。

 そう急いで大人に為らずとも好いのではないかな?」


「……ええと、はい?」


「子供の時を楽しむのも必要だと、私は言っているのだ。

 そうだな、あれを……良い考えだ。

 可愛らしいし、親の気持ちもわかるし私も助かる。

 当に一石二鳥だな、しばらく待っていなさい」 


 禅師は一人で納得し、一人で解決して頷く。

そして、急げとばかり立ち上がり廊下を歩き出した。

 今居るのは、資福寺の正面から一番と奥まった場所だ。

最上川に面した風通しの良い部屋で、事の成り行き上、呆然とする美津と私。

静まり返った部屋、二人の間に六月の心地い川風が吹いた。


「……ねえ美津、虎哉禅師は何を持って来ると思う」


「さぁ、私にはサッパリ分かりません」


 虎哉禅師の唐突な行動には、驚くばかりだ。

なんと表現しよう、個性的とか独創的な人物として強く印象に残って。

言葉を選んで禅師の人柄を表してみる。


「天才や秀才の行動は中々理解出来ないモノと聞きす。

 ですからきっと、美津も私も凡人の括りなのでしょう……」


 やや暫くして、戻って着た虎哉禅師は、腕に竹で編んだ籠を抱えていた。

ご飯を入れるお櫃とほぼ同じ大きさの竹篭である。

其れを有無を言わせず、呆けて見上げた私へ押し付ける。

抱きかかた籠の中、それを覗き込むと鳥が一羽此方を見上げていた。

ヒヨコよりも随分と大きく、所々に産毛が残る。

生え変わり間際の幼鳥の羽毛。


「……何の雛鳥でしょう」


「あー、鷹の雛だと思うのだが詳しくは判らない。

 巣から落ちた所を烏が悪さをしててな、行人が後先考えずに持ち帰ったのだ」


「私にコノ子を育てろと……?」


「馬番と台所番に“子供の我侭なら許せる”と、叱られていてな」


「……子供の我侭、ですか?」


「この寺に居る子供は雛姫だけ。

 それならば、彼らは我侭を許してくれそうだ。

 だから雛姫、お前が我侭を言って雛の世話をすればよろしい」


 やはりドラマのイメージが重なる、偏屈とかへそ曲がりな。

大人では許せない融通が、子供であると許せるらしい。

人の揚げ足を取るような可笑しな物言い。

   

「ええと、はい……判り、ました」


 発案に満足と頷く虎哉禅師。

押し付けられた贈り物に戸惑うが、名僧の誉れ高い彼なりの考えが在る様だ。

多分きっと、何か意図しての行為。

縁も有るだろうし、この雛を世話しよう。

成鳥になったら某ファンタジー小説の如く、手紙を運んでくれないかな?

いや、その前にアレは梟だったか……?

自らのボケ・ツッコミが空しかった。

想像した自分が可笑しくて笑ってしまう。

 今まで肩肘を張って緊張していたが、此れが切欠で禅師との会話が楽しくなっていた。

もう少し会話に付き合ってくださらないだろうか。

先程、気になっていた人物の名前が出てきた事で、私の好奇心が疼いているのだ。

興味本位で、一般的な知識と常識の範囲内で彼の噂を聞きたくなる。


「虎哉禅師に御聞きいたします。

 私とお比べになった梵天丸様とは……。

 伊達家の御嫡男、政宗様の事でございますか?」


「梵天丸の事か?」


「隻眼の登り竜、独眼竜といわれる御方なのでしょう。

 御歳は幾つになられたのでしょ…う…… 」


 話の途中、虎哉禅師が私の顔を凝視して豪快に爆笑した。

腹を抱えて畳に蹲る、震える肩と背中。


「ひーっ可笑しい、おかしすぎるぞっ傑作だ!

 あの内弁慶を隻眼の登り竜、独眼竜だと政宗がぁー!

 雛姫は面白い実に面白い、実に珍妙で愉快な例え、当に傑作である!!」


 腹を抱えて咳き込み始める虎哉禅師。

呼吸が正常ではなく、気管からは聞きなれない息が漏れる。

美津が慌てて駆け寄り背中を擦る。


「白湯をお持ちします、咳き込んで苦しいでしょう。

 雛姫様、大変申し訳ない事なのですが……台所から白湯を御運び下さいませぬか?」


 慌てて頷き、正座を崩し部屋から走り出す。

虎哉禅師との対話で私が語った政宗様の例え話。

後々、自身に降りかかる厄介事に発展するなど想像すらしていない。

ひたすら台所に向かって、非常に子供らしくパタパタ足音を立て急ぐので精一杯で。


  *    *


 台所で白湯を分けてもらい、零さないように注意し部屋に戻った。

時既に遅く、虎哉禅師は至って普通な御姿に戻っていた……。

とりあえずは、美津に頼まれた白湯を渡して置こう。

禅師は感謝の言葉を発し、受け取って喉を潤し一息付いて朗らかに笑った。


「雛姫は実に面白い女子だ、実に愉快で鋭い思想を持っている。

 次に政宗と合ったら、隻眼の竜と例えた話を聞かせよう。

 奴がどんな反応をするかが、今から楽しみよな……」


 弾む会話と口調、面差し実に楽しげでいらっしゃる。

白湯を一口飲み虎哉禅師は私の顔を見つる。

思い出すかのような眼差し。


「雛姫の叔母上殿は、留守政景殿の御正室か……。

 夫の政景殿は政宗の叔父にあたる御方で、人望高く情に厚い御人である。

 兄の輝宗殿の補佐で米沢を度々訪れるから、文を認めて城へと届けてやろう。

 病み上りの御前さんが自ら訪ねて行かずとも、この寺に迎えが来るようにの?」


「御手配に感謝致します。

 既に黒川の御爺様からも返答が届いたそうで……」


 饒舌な虎哉禅師は私の親族と叔母の嫁先を語る、詳しいお家事情を。

今の私には偏った知識しかないため、知りたい事や内情が沢山あった。

全てを鵜呑みにする訳ではないが、噛み砕いて消化しようにも人選も時間も限られている。

血族から離れ、損得無の第三者の目を持つ虎哉禅師。

御仁の語る人物評価は役立つであろう。


「留守殿の居城、高森へ送った文の事もある。

 御夫妻には子が居らんからの、御正室は実姉の忘れ形見を放っておくまい。

 月舟斎殿(黒川氏)は大崎の養嗣子に家督を譲ったのだから尚更な」


 私と美津を相手にし、虎哉禅師は説法とも茶話とも付かない話を続けた。

日々の徒然に教え子の政宗様の話、これからの心構え。

与えられた知識、語られた御家事情……。

今は知識に感覚を詰め込むしかない。

其れは、竹篭の中で鷹の雛が腹が空いたと催促するまで続いた。

時間を忘れ耳を傾け、頷きつつ知識に秩序を汲み取ろうと。

行人ぎょうにん=学僧の下位に属する者で、建物の管理や雑務にあたる半僧半浴が多い。

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