伯仲叔季 -遥かなる思惑-
庭園に在る新緑の木立より遙か高い先を眺めた。
梅雨の訪れ迫る空を見上げ独白する。
葉を揺らす湿った風を頬に受け、俺は想いを馳せて一人。
「敬愛する御父上へ御聞きしたい……。
嫡男の行末を愁いるは、親として当主として当然の事でしょうか?」
濡側の縁石より走り寄る愛息子へ片手を挙げる。
探す姿に重ねたのは幼き自分、尊敬する性山殿(輝宗公)の心中を今に思い。
懐中に抱いたは如何なる心情であったろう……。
* *
筆を紙から離して一息、庭園の緑へと視線を移した。
文机に向かって幾ばかり時経たのだろう、堪った執務に没頭し過ぎた様である。
改めて気が付けば、随分と肩と腰に鉛のような疲労を覚えていた。
傍らに座す本日の補佐役に断りをいれた、休憩を促すために。
「ちょっと休憩でもしようか、成実」
「では、茶の用意を致しましょう」
手元から視線を上座へと這わす。
成実は赤銅色の頭髪を揺らし、文机に座して背伸びをする姿を窺った。
午後の日程を視野に入れ、俺は微妙な間を開けて押し黙る。
「不要だ……」
「あれ、珍しいですね」
首傾げ不思議顔と口角上げた成実の姿。
漂わす気配は時を経て様変わりを果していた。
貫く堅守の将、立場を律した臣下の現行が如実と現れる姿勢として。
俺が独り懐へ抱いたのは残された……との、疎外感。
忸怩たる思いにて文机から体を離した。
上座より射抜く眼孔を、真っ直ぐに成実へ向ける。
認識している己の癖である、口元を隠す右手が所作にて溜息と懇願を愁いて吐いた。
「成実へ頼みがある。
“犬松”の後見役、御前が付いてはくれまいか?」
我が待望の嫡男、犬松は数えで三歳となる。
武家の習いに従い正室(田村氏)が手元に養育されて至った同年月。
通例事と納得させ、生母たる雛姫から奪った月日となってしまった。
嘆き悲しむ姿に謝罪に言葉は尽きない。
彼女の心中を察し、無聊を慰めるため日参は俺が欠す事は無い日常。
嫡男を産んだが故の業、その勤めと立場は俺が背負わせた荷である。
重圧だろうか、雛姫へ負わせた咎の軽減を心から願い手立てを探して。
言葉で慰めを囁き心救うしか策は無く、俺は傍らに添う事しか出来ずにいる。
皮肉にも、其の姿を“鴛鴦”に譬え“琴瑟相和”と家中は口を揃え褒め称えるが。
雛姫の地位は側室だが、血脈故に掴んだのは女の栄華と当主の寵愛。
続く恩賞は次期伊達家当主の生母、確固たる地位と揶揄含みて、俺は英断を決める。
「もう一度頼む、聞いてくれ……。
アレを智勇兼ね備えた将へ育てるに、お前の力を貸してくれ」
「この……私を、犬松君の後見役に付けと仰りますか?」
「一門第二席を担う成実故に、こうして願い頼むのだ」
放った言葉は偽り無い懇願である。
それは幼馴染にして従弟、大伯父で在るが故に任せる大役。
押し黙る成実へ再度願った、逸らさぬ視線は己が望みに請願だと。
最も近しい存在として嫡男の側に付いて欲しい。
その思惑向け、俺は抱いた想いを吐き出した。
「我が従兄弟殿に御願いする。
伊達の嫡子と示すため、犬松が後ろ盾となってくれ」
「……ま、政宗様!!」
「妾腹の子と侮る者を黙らせろ。
雛姫と犬松を守るための盾となってくれ……成実、頼む」
懇願を勅命として引き受けてくれ。
成実の視線と表情が、驚き露と喉を潰す。
俺は鼻を鳴らした“前々から考え抱いていた”と独白して。
伊達の双璧、忠義の臣。
互いを知音と認識する存在に任せたい。
成実が後ろ盾と付けば、後継者は犬松だとの示唆に立場と扱いは強固となる。
家中に未だ渦巻く蟠りと諍い事が、見事に消滅するのだ。
たとえ正室との間に男子が生まれても、揺るがぬ理と礎を用意し固めたい。
「私で、宜しいのですか……本当に?」
「ああ、勿論だ。誰よりも安心し任せられる。
雛姫とて同意と頷くであろう、そう思うだろう成実?」
家臣に治める配下へ公然と知らしめる。
側室の出生だと、脇腹と蔑むを断ち切るための法なのだ。
何者にも変え難い信頼、我が背後を任せる将。
一門第二席、全くと同じ家紋を背負う者。
誰よりも心砕き犬松を見守る存在は、此処に居る。
上座を映す成実の瞳が悟り深く俺を見据えた。
「確りと御受け賜わり致します」
「……よろしく頼む」
畳を滑る袴が絹の音。
力強い声音と平伏し擦れた衣が背後で聞こえた。
喉から絞出された情に深く頷き、俺は視線を外へと投げていた。
雛姫が住まう城奥の西殿へ報告を抱き秘めて。
心強い味方の着任、彼女もきっと喜び喜色を浮かべてくれるだろうと。
「俺に似て犬松は負けず嫌いの気性。
手を焼くだろう、呆れるかもしれない。
だから頼む、名君たる素地作るを導いてやってくれ」
想像は容易い、成実を師と慕い目指すのだ。
伊達の嫡男として、俺の期待に応えため犬松は未来を歩む。
努力を厭わず真摯と励む誠実な姿で一身に。
あの子の気性ならば疑うべくも無い。
「犬松君の御姿にきっと……。
俺はきっと、幼き日の資福寺での日々を思い出します」
「そうだな、俺達の扱いに手を妬く小十郎の姿もな?」
それは親しい友へ語る気さくな口調だった。
同調し想い馳せた、遙か昔の子供の頃を回想と振り返る。
机を並べ腕を揃えて資福寺にて過した頃。
眉間に深い皺寄せる傅役の姿、へそ曲がりの師が側に居た。
互いに競って書を学び、剣に励み時を共有した従兄弟。
一門の誰よりも身近だったと頷き、其の言葉に破顔して。
-伯仲叔季-
兄弟の順序、年長の順に伯→仲→叔→季。
呉とか魏の軍師の字で納得した過去がある。




