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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
対章
46/51

ご連枝  -青葉に連なり-

 白み始めた春の夜明け。

夢現と温かい褥に包まる私を、執拗に揺り動かす腕が側にある。

瞳を瞬かせて何事か…‥と、腕の主を見上げてしまった。

伊達の御当主は満面の笑みに喜色を浮かべている。

それは、朝から異様なご機嫌で狂喜を張り付かせ。

私は理由判らぬままに起こされ、羽交い絞め……いや、抱締められた。

驚きと戸惑い混じりに短い悲鳴を上げてしまう。

広い胸板に強く押し付け、目を白黒とする私などお構いなし。

ギュウギュウと強い抱擁に歓喜の様。

理由は一体何なのだ、寝惚けておいでか?

何故か酷く嬉しい様相だったと胸に秘め、されるが儘に身を任せた。

興奮冷めやらぬ政宗様、意味不明な事を口走る。


「でかしたぞ、雛姫!!

 名は早めに決めよう、呼べばきっと喜ぶに違いない」

 

「はっ……?」


「早速と政景に栽松院様、嗚呼、保春院にも知らせねばな……」


 明後日の方向に視線這わせて一人。

頷いて私を抱締め、顔を覗き込んで政宗様は破顔する。

狂喜に沸立つ当主の御機嫌と御姿。

腕中に納まる私は用件が全く掴みきれない、状況掴めぬのは侍女も同じであろう。

悲鳴に歓喜を聞き付け、隣室から何事かと美津に喜多が顔を見せた。


「あー、乗馬は当面禁止だ。良いな……」


 夢や妄想に取り付かれて御居でなのか?

政宗様が独りの呟きは、随分と大きく皆に聞こえる程の大声である。

当主だけが知る事柄なのだろうが、皆は不思議と首を傾げて不安顔となった。

床の間に飾られた“張子の犬”と政宗様が秘密。

早朝に西殿で当主が奇発した妙な呟きは、時待たずに喜びを持って家中に伝えられる。

そして、午後には城下に領内まで広く知られることとなった。

其れは……吉事だと、民に家臣は挙って祝い述べるのだ。


 * *


 武将であれば元より眠りは浅い。

人の気配を枕辺に察して、急速に意思の覚醒は促された。

 目を瞬かせ周囲を探り見る……と、見知らぬ子供が一人で傍らに立つ。

俺の隻眼をジッと見据える様は、幼い顔に喜色に満ちた瞳が波紋を映した。

小首傾げて俺へと両手を伸ばし、満面の笑みが零れ溢れる。

思いもよらぬ単語が、其の小さな口から俺へ向けて発せられた。


「初めまして、御父上!!」


 耳を疑った単語と挨拶である。

最近の子供は冗談が高尚と高度に進んでいるのか……。

確かに健全な男子であり、一門の武将であれば、うろたえる話題だ。

俺とて多少は身に覚えが在るが、過去の関係に証拠立証など無理な話だろう。


「おい……冗談は止めろ、俺には隠し子など居らん」


「えぇ……と、コレは私と父上の寝言ですよ?」


 両肩を上げ幼い体を動かし伝える仕草。

年頃は五歳程度なのに、否に様になる姿だった。

愛らしいくも小賢しい、悪びれずの所作は何故か馴染む。

含む口元に口調は何処かで、ナゼか……妙な近親間を抱き第六感が囁く。

涼やかな目元と色素の薄い柔らかな頭髪、品の良い面差しに薄い唇。

殊勝な物言いに口調、未だ幼さを残す雛姫を彷彿させる。


「おい、御前は一体……誰だ?」


「叱らないで聞いて下さいね、一寸したご挨拶なのですから?」


 悪戯っ子の口調に面差しが殊更と愛らしい。

色調淡い着物に青の袴を穿いた男児は俺を見つめる。

俺の寝巻きに小さな手を伸ばし、衣をギュっと掴み仰いで。


「本当は十月十日を待たないと駄目なんです。

 でも、父上が側に居てくださるのが嬉しくて…‥つい」


「つい、嬉しくて十月十日?」


「はい、ですから母上にも宜しくお伝え下さい」


 憎気ない屈託の無い笑顔。

連なった言葉は、求め勘繰りあぐねえた憂いを裏付けた。

頷きは蟠りを確信へと至らせる合図。

嬉しい知らせは、己が待望が嫡男自らの挨拶とは?!

屈んで面前に立つ幼子を覗き込んだ。

互いに交差する視線は感情揺れ、割れ物を大切に包むかの様に、俺は優しく手伸ばして幼子の肩へ置いた。

愛しげに片手で頭髪を撫で実感する喜び、小さな背に両腕を腕を伸ばし抱締めての抱擁。


「始めまして、我が御嫡男殿。

 父と母は誰よりも嬉しく思っている。

 十月十日を指折り数え、その日を首を長くして待っていよう」


「父上、私の名を是非呼んでくださいませ。

 母上の元で御声を聞き分けて、必ず返事いたしますから!」


 鼓動が胸元から伝わった。

温かな気配に体温が至上の微笑と幸を現して。

望めども授からなかった、催促されて辟易と苛立った至宝。

言葉が途切れ、淡い燐光が胸元から放たれた。

ソレは包み抱いた宝が霧散し還った証し。

十月十日後、己が腕に抱くまで暫くは母の揺籠が元へ。

俺は雛姫が孕んだ驚喜の吉報、待望の知らせを早く伝えて労いたかった。



  


-ご連枝-

貴人の血が繋がる子の意味、この場合は脇腹の庶子。

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