ご連枝 -青葉に連なり-
白み始めた春の夜明け。
夢現と温かい褥に包まる私を、執拗に揺り動かす腕が側にある。
瞳を瞬かせて何事か…‥と、腕の主を見上げてしまった。
伊達の御当主は満面の笑みに喜色を浮かべている。
それは、朝から異様なご機嫌で狂喜を張り付かせ。
私は理由判らぬままに起こされ、羽交い絞め……いや、抱締められた。
驚きと戸惑い混じりに短い悲鳴を上げてしまう。
広い胸板に強く押し付け、目を白黒とする私などお構いなし。
ギュウギュウと強い抱擁に歓喜の様。
理由は一体何なのだ、寝惚けておいでか?
何故か酷く嬉しい様相だったと胸に秘め、されるが儘に身を任せた。
興奮冷めやらぬ政宗様、意味不明な事を口走る。
「でかしたぞ、雛姫!!
名は早めに決めよう、呼べばきっと喜ぶに違いない」
「はっ……?」
「早速と政景に栽松院様、嗚呼、保春院にも知らせねばな……」
明後日の方向に視線這わせて一人。
頷いて私を抱締め、顔を覗き込んで政宗様は破顔する。
狂喜に沸立つ当主の御機嫌と御姿。
腕中に納まる私は用件が全く掴みきれない、状況掴めぬのは侍女も同じであろう。
悲鳴に歓喜を聞き付け、隣室から何事かと美津に喜多が顔を見せた。
「あー、乗馬は当面禁止だ。良いな……」
夢や妄想に取り付かれて御居でなのか?
政宗様が独りの呟きは、随分と大きく皆に聞こえる程の大声である。
当主だけが知る事柄なのだろうが、皆は不思議と首を傾げて不安顔となった。
床の間に飾られた“張子の犬”と政宗様が秘密。
早朝に西殿で当主が奇発した妙な呟きは、時待たずに喜びを持って家中に伝えられる。
そして、午後には城下に領内まで広く知られることとなった。
其れは……吉事だと、民に家臣は挙って祝い述べるのだ。
* *
武将であれば元より眠りは浅い。
人の気配を枕辺に察して、急速に意思の覚醒は促された。
目を瞬かせ周囲を探り見る……と、見知らぬ子供が一人で傍らに立つ。
俺の隻眼をジッと見据える様は、幼い顔に喜色に満ちた瞳が波紋を映した。
小首傾げて俺へと両手を伸ばし、満面の笑みが零れ溢れる。
思いもよらぬ単語が、其の小さな口から俺へ向けて発せられた。
「初めまして、御父上!!」
耳を疑った単語と挨拶である。
最近の子供は冗談が高尚と高度に進んでいるのか……。
確かに健全な男子であり、一門の武将であれば、うろたえる話題だ。
俺とて多少は身に覚えが在るが、過去の関係に証拠立証など無理な話だろう。
「おい……冗談は止めろ、俺には隠し子など居らん」
「えぇ……と、コレは私と父上の寝言ですよ?」
両肩を上げ幼い体を動かし伝える仕草。
年頃は五歳程度なのに、否に様になる姿だった。
愛らしいくも小賢しい、悪びれずの所作は何故か馴染む。
含む口元に口調は何処かで、ナゼか……妙な近親間を抱き第六感が囁く。
涼やかな目元と色素の薄い柔らかな頭髪、品の良い面差しに薄い唇。
殊勝な物言いに口調、未だ幼さを残す雛姫を彷彿させる。
「おい、御前は一体……誰だ?」
「叱らないで聞いて下さいね、一寸したご挨拶なのですから?」
悪戯っ子の口調に面差しが殊更と愛らしい。
色調淡い着物に青の袴を穿いた男児は俺を見つめる。
俺の寝巻きに小さな手を伸ばし、衣をギュっと掴み仰いで。
「本当は十月十日を待たないと駄目なんです。
でも、父上が側に居てくださるのが嬉しくて…‥つい」
「つい、嬉しくて十月十日?」
「はい、ですから母上にも宜しくお伝え下さい」
憎気ない屈託の無い笑顔。
連なった言葉は、求め勘繰りあぐねえた憂いを裏付けた。
頷きは蟠りを確信へと至らせる合図。
嬉しい知らせは、己が待望が嫡男自らの挨拶とは?!
屈んで面前に立つ幼子を覗き込んだ。
互いに交差する視線は感情揺れ、割れ物を大切に包むかの様に、俺は優しく手伸ばして幼子の肩へ置いた。
愛しげに片手で頭髪を撫で実感する喜び、小さな背に両腕を腕を伸ばし抱締めての抱擁。
「始めまして、我が御嫡男殿。
父と母は誰よりも嬉しく思っている。
十月十日を指折り数え、その日を首を長くして待っていよう」
「父上、私の名を是非呼んでくださいませ。
母上の元で御声を聞き分けて、必ず返事いたしますから!」
鼓動が胸元から伝わった。
温かな気配に体温が至上の微笑と幸を現して。
望めども授からなかった、催促されて辟易と苛立った至宝。
言葉が途切れ、淡い燐光が胸元から放たれた。
ソレは包み抱いた宝が霧散し還った証し。
十月十日後、己が腕に抱くまで暫くは母の揺籠が元へ。
俺は雛姫が孕んだ驚喜の吉報、待望の知らせを早く伝えて労いたかった。
-ご連枝-
貴人の血が繋がる子の意味、この場合は脇腹の庶子。




