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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
対章
45/51

妹背の君 -添える血は鶴の子と-

政宗様Side

 

 一度は休めた行為だが、名を呼ばれて再度手を這わす。

指先に遊ぶのは薄茶色の御髪の柔らかな感触。

私は思いを口に出した。


「お心安らぐ暇さえありませんか」


 優しく閉じられた瞳と対照的な眉。

雪に反射して眩しいのかと、皺寄せる目元へ光を遮る様に袖端を寄せてみた。

膝上に乗せられた頭を優しく撫で、幾度も繰り返し柔らい御髪を指先で梳く。

少しでも政宗様の心に安らぎ得る術が生まれるならば、今の私が惜しむべき事ではない。

日々変わる状勢と内政に向かう主君の姿、一国の主に尊敬を込めて。


 * *


 膝枕に乗った御方は、深く息を吐いて唐突に口を開く。

私に背を向けた格好で表情を隠し、疲れが滲む声音にて。


「先刻、田村清顕殿が病没したとの報告が入った。

 けれども田村家には嗣子(跡取りたる男子)が、誕生して居ない。

 雛姫、お前はその意味も十分に理解できるだろ?」


「御慰めする立場では無いと、重々承知しております。

 愛様の面目を潰し、御心を煩わせる原因となりましょう……」


「そう云う事ではない……んだ。

 俺が言いたいのは、愛の生母が実家(相馬氏)が養嗣子選びに出張ってくる事だ」


 濡れ側に向けて横になっていた政宗様が、やおら体制を変え正面を見据えた。

真下から苛立つように私へと鋭い視線が突き上がる。

政宗様が意図する考え、その苛立ちは多少なりとも理解出来る事である。

田村夫人の母親方の血脈を辿れば、相馬氏で在ることは疑うべくもない。

そう、伊達の身内が出身である私が、口出するべきで無いのも確かだ。


「相馬家との諍いですか……」


「愛との間に子を授かっていれば問題など生まれない。

 男子でなくても、女児であれば十分に約束果せるのを……なぁ」

 

 田村夫人の御実家との約束事。  

一粒種の娘(愛姫)を伊達に輿入れする際に、強く願いったのは清顕殿だと。

次男でも三男でも構わぬから、田村の養嗣子へ迎えたいとの遺言。


「政宗様は、内に外に悩み事が多う御座いますね」 


「子に恵まれぬ武将の悩みは大きい。

 政略結婚や養嗣子に出すにしろ、事を有利に運ぶ術がある。

 悩んでばかりで頭が禿げそうだな……」


「本当に、気が休まる暇など有りませんな」


 意味する単語に思わず噴出しそうになる。

しかし、田村夫人を正室に迎えて早十年が過ぎているのも事実。

別居同然の御生活だが、政宗様が周辺では未だ子に恵まれぬ実情にやきもきしている。

これだけ御容姿に身分恵まれているのに、庶子すら御出でに成らないのも不思議だと。


「名門の出ならば尚の事、皆に心配を掛けましょう。

 政宗様、他にも側室を迎えられれば宜しいでのは、ありませぬか?」


「其れは質の悪い冗談か、嫌味か?

 お前の立場から発せられた言葉とは思えないな……」


 意外な政宗様の御気遣い、私は頭髪を梳いてた指先が滞る。

早く子が欲しいと望みながらも正論を説く。

酷く釣合わない言い分と建前に私は微笑してしまった。

袖端で弛む口元を隠し、取敢えずは政宗様へ御礼を述べる。


「オマエを迎えて間もないのに、次々と側室を作ってみろ!

 政景に成実達が毒舌・暴言、皮肉と嫌味で益々……心労が嵩む」


「……では、保春院様を真似て子宝祈願を湯殿山に願いますか?」


「は、はぁ……?!」


 胡乱な眼差しと気配が政宗様から漂い起こる。

濡れ側に向かっていた御体が今の一言で苛立ち露と正面を向かれた。

何故にそうまでして御自分の御生母様を御嫌いになるのだろう……。


「政宗様を授かった経緯、亀岡文殊の御話を聞きましたので……」


 側室に献じられた私に対し、早々と懐妊の探りを入れる者すら居るのである。 

少しの落ち着きを待つにしても、心安らぐ暇さえ与えられないのだろうか。

私以上に御当主である政宗様は大変だろう。

子を儲ける事はプレッシャー、ストレスを有する話題だろうな。

人の上に立ち、統べる御方の重圧は計り知れないと、同情の念が生まれるたのも事実。

先程、苛立って寝返り打ったがためズレてしまった打掛を横たわる政宗様へ引き上げる。

折角の温もりが冷めぬよう、御体が少しでも暖かく御心辛く無い様にと。

空いた片手で政宗様の肩先を優しく愛撫した。


「裁松院様(政宗様の祖母)に保春院様、御一門の方々に最上様まで……。

 私が早く子宝に恵まれる様に……と、祈願の御心に札を賜りまして御座います。 

 側室が子を授かれば跡目争いに悩みますのにね。

 嗚呼……皆様は御心広く、本当に御優しい方です」


「裁松院ならば、雛姫に子が授かれば手放しで喜ぶだろう。

 保春院は同族の血を引く御前を大変気に入っている、今更確認するまでも無い。

 俺としても雛姫との間に生まれた子なら性別に拘らないな。

 まぁ……それは、授かってからの問題になるだろうがな」


「今の私には案ずるより産むが易し……ですか?」


「全くもって、其の通りだな」


 膝上の政宗様が私へと向けて腕を伸ばす。

その御顔には嬌笑が楽しむかの様に浮かび含んでいた。

撥ね退かれた打掛と起きる風圧。

驚きと微笑を袖中に覆い隠し、私達は密かに笑い合った。



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