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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
追章
44/51

比翼連理 -願わくは比翼の雀となりて-

 

 元服したての息子が満面の笑みを浮べ挨拶に参った。

頬を紅く染め吐く息を白くして。

所作に気配と喜色を露にし、我が膝元へ膝を進める。

 彼の君、幼名は“百助”と言う。

現当主と側室である雛姫さまとの第二子。

我が亘理伊達家を相続すべく、養嗣子として下賜された御子。

立派な体躯に秀でた頭脳、政宗様より一字賜り“宗臣”と改め元服した我が息子。

誰に似たのか、文武両道と慈悲の心根深い御気性を兼ねてお持ちでいらっしゃる。

愛息子、自慢の子と言って過言ではない。


「新年早々、宗臣殿は随分と賑やかだね。

 何か喜ばしい吉報でも在ったのかな?」


 微笑む面差し、柔らかな所作に懐かしむ心の余裕が生まれていた。

首を傾け我が子を眺めてしまう、可愛らしい愛しい従妹君の子。

敬愛し敬って慕う、知音たる従兄の御子。

挨拶をも省き喜び露にする原因とは何か、俺は先を促し聞いてやる。


「はい、母上から新年三日に催される“お野初め”の行事用にと……。

 御支度を下さいました衣が届いたのです。

 父上に真っ先に見ていただきたく、こうして御持ちしました」


「……そうか、宗臣殿は初めて“お野初め”に出陣する。 

 それを、雛姫さまが知って態々御支度下さったか……」


 上座の脇息から頬杖上げた俺に、宗臣が呼吸忘れて一気に話す。

俺は嫉妬にも似た、愁い隠しつつ彼の喜びに頷く。

元服を向かえた宗臣は、今年初めてお野初めに参加する。

ならば、生母である雛姫が息子の為に衣類を仕立てるのは当たり前かと。


 * *


 “お野初め”の行事。

泰平の世にあっても、伊達の軍事力と武門の精神を維持させる名目で始まった恒例事だ。

新年三日目、閲兵する家臣団を引き連れての馬揃え。

雪原に御当主自ら先陣を切って迎える勇壮な行事。

彼が喜ぶ理由が二重に判り、親御らしい心意気が生まれてきた。


「早速、父に着て見せてくれないか……宗臣殿。

 そなたの御生母、雛姫さまの刺繍は其れは見事な意匠と知っている」


「はい、勿論です。喜んで!!」


 俺の申し出一言、待ち構えた侍従が和紙にて包まれた衣を出す。

意気揚々と宗臣が袖を通して見せる。

着込む息子の姿を眺める、今面前に在る真新しい青い陣羽織を。

宗臣に頷き見せる、羽織も似合い見事だと悦に入って。


「雄雄しく立派な姿だ、とても似合っている」


「真で御座いますか?! 父上、有難うございます」


 次に、宗臣が背後の意匠を披露してくれた。

背に縫い取られた“竹に雀”は綺羅と輝く見事な銀糸。

伊達本家(宗家)と全く同じである家紋は、我が亘理家の地位を表す。

煌びやかと表された願いは子孫繁栄、他国に知らしめる武勇の誉れ高き印。

そして、裾と袖には縁起担いだ南天の実と枝が鮮やかに施されていた。

 双方が見事と繍された意匠が背中に燦然と在る。

次期当主である嫡男、宗利様と同腹の実弟としての証と。

そのために、雛姫が自ら針を取った羽織なのだと気付く印だった……。

亘理の嫡男を一門第二席と公然と言い含めての衣装。

 俺は目頭が熱くなる。

人の親として当然の配慮、尚も愛情深い彼女の心情に改めて。

震えた肘を脇息へ乗せ、自由な手の平で表情を隠していた。  


「大切に大切に扱いなさい、宗臣殿。

 背に在るのは伊達本家と同じ“竹に雀”紋なのだよ、決して穢してはならぬ」


「勿論で御座います。

 私は兄上、そして御父上の御為に生まれ出た子」


 宗臣の志に頷き、彼なりの覚悟を賞賛する。

ならばと、俺は恨みなど妬みなど存在しない一臣下としての心構えを説き還す。

一身に忠義と当主への主従を誓う、平素の素養。

常日頃から替わらずに抱く志、素志を硬く貫く事を切に願って。


「亘理の家が一門第二席の重臣と示す賜物だ。

 御当主の背後を護る意味合い、この志を大切になさい……」


 大切な志と思い、贈り物。

俺にも未練がましく袖を通す度に愁色を浮べる一枚の陣羽織がある。

 後生大事に仕舞い込んだ思い出の品。

正室にと待ち望んだ彼女が最初で最期、俺のためにと精魂込めて仕立てた羽織が。

功名と無事を祈って一針、思いを込め一針と作ってくれた衣。

藍色に銀糸で舞う見事な蝶、華麗な陣羽織。


「あの父上、母上からもう一着、揃いの意匠で陣羽織が届いているのです。

 父上のために御仕立したと書付が御座いました。

 此方、受け取って下さいますか?」


「……今、いま何と申された」


 承諾の意を示すのに一時の間が空いた。

耳を疑う言葉と事実、上座へ近寄る宗臣の手元。

和紙に包まれた衣を凝視して……。


「雛姫さまが、私へと自らの御手縫いで?」


「はい、親子でお野初めにて着用して欲しいと。

 下手で申し訳ないが、羽織を揃えたと申しておりました」


 息子が手渡し膝へと広げ見せてくれたのは、間違いなく雛姫の手製。

縫い目に糸目に、風合いに見覚えある品。

一見すると地味な拵えは宗臣と全く同じ刺繍。


「…あぁ……」


 震えた心と指先で受け取り、袖通そうと確かめようと羽織を開いた。

そして、俺は目を見張る。

総裏地に施された、隠された見事な刺繍に目を留めて。

昔、彼女は申し訳ないと謝ってくれた。


 『正室が衣装、身支度を整えるのは重々承知の御務め。

  ですが私は下手なのです、本当に裁縫が苦手で、出切れば勘弁してもらい位。

  成実様に着て頂くのが申し訳ない程の出来栄えなのです』 


 頬を羞恥に染め、項垂れ語ってくれたのだ。

ならば自惚れても良いのだろうか?

袖裏に密やかに刺繍されている意匠を、彼女の精一杯を。

思考凝らし隠した真意を汲み取って、俺は感に咽ぶ。

 見事な刺繍と拙い縫い目。

彼女が思いを込めた秘め事が此処に在った。

つがいの雀がひっそりと裏地に。

片方の翼を共有する二羽の雀。

 思わず口を吐いは長恨歌の一節。


「在天願作比翼鳥、在地願為連理枝」


  『天にあっては願わくは比翼の鳥となり、

   地にあっては願わくは連理の枝となりましょう』


 今生では果せぬ願い事が、衣装の裏にて意匠を凝らして現されていた。

羽織を見つめて押し黙ってしまった、目頭を押さえ込んで。


「父上、もしや縫い目が曲がっていましたか!!

 申訳御座いません、母上は御裁縫が下手でして……」


 恥ずかしげに生母の短所を述べる宗臣に、俺は潤む目元に笑いが生じた。

息子が暴露したのは、雛姫が未だに裁縫で縫い目が曲がってしまう事実。

矢張り、あの日と変わらず苦手なのか。


「いや、いや……違うのだよ。

 宗臣殿、余りに見事で驚いたのだ。

 雛姫さまに御礼せねばと思って……陣羽織、有難く頂戴しよう」


「そうですか、良かった……。

 裁縫の腕前で、母上と政宗様は過去に壮絶な口喧嘩を起した事があるのです。

 実際、一度も御父上(政宗様)に衣装を揃えた事が無いのですよ。

 それで、今ちょっと心配しました」


 要らぬ秘密と事情を仕入れてしまった。

随分と前の話だ、宗利君や宗臣が生まれる遙か以前の。

政宗様さえ知らない頃から、俺は雛姫が唯一苦手としていた裁縫の腕前を知っていた。

 夏の日、夕暮れの蝉と蜩の鳴声に濡れた思いを再び思い返して。

潤んだ目元を露にし、息子へと視線を這わす。


「妻に先立たれた男寡おとこやもめへ、最大の御年玉が下賜されたよ。

 宗臣殿の元服と一緒にね……」 


 そう、思わぬ知らせに俺は心躍った。

雛姫は一度も政宗様へ衣を仕立てた事が無いのかと。

恨みなど妬みなど遙か昔に忘れたはず。

けれども、優越感がたしかに疼いていた。

抱いたのは高揚感、俺だけにと証に贈られた品にて波を打つ。

 片方の翼を共有する二羽の雀を秘めて、軽やかに陣羽織を背に纏う。

意匠を凝らした裏地には連なる翼がひっそりと。

 難を転じる願いは南天の枝。

袖に刺繍された意味は二世の誓い。

隠し秘めた意図と刺繍は比翼連理と、相対する竹と雄雌つがいの雀が背には在る。

俺と雛姫が御互いに背負い殉じるは、伊達家の為と。





        ――――願わくは比翼の鳥となりて――――









-お野初め-泰平の世にあっても伊達の軍事力と武門の精神を維持させる名目で始まった恒例事。

政宗様が健在の設定では非常に……変なんだけどね。

青葉神社の社殿にコノ絵が掲げられていますが、写真撮影は禁止されています。

-竹に雀-亘理伊達家が宗家と家紋が同じなのは本当です。

成実様の父上が引き出物として上杉家から拝領したため。

伊達本家は、竹の葉52(内22、外30)、露16(内4、外12)、節8が正式らしいです。上杉家は勿論の事、最上氏の家紋の一つも竹に雀です。

 一日千秋と微妙にリンク。

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