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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
追章
43/51

留客雨  -遣らずの雨-

 短くて申し訳ありません。

 まるで我が心を知りて降ったかの様な雷雨であった。

土砂降りの雨は稲妻を響かせ突如と降り出して。

思いを凪いだのは消えた蝉の声、突然と途絶えた時雨の空を気掛かりとし。

頭を振って重ねた思慕へと俺は瞳を閉じた。


「……天が、機嫌を急に損ねましたか」


「本当、急な夕立ですね」


 雷光が弾け輝く空を見上げ、雛姫さまは微笑んだ。

緩やかに私が居る下座へ視線を這わす。

物憂げな眼差しは愁色を含み、密やかと漏れ出たのは呟き。


「この空模様は“遣らずの雨”でしょうか?」


 其の言葉に含む意を察し、俄かと疼く我が心中。

強い雨音を背景に儚げな姿を見上げ、俺は様々な話題を脳裏へ探す。

雨脚の強さと雷光を背負い、雛姫さまは一人抱いて御歩のかと。


 * *


 突如と凄まじい雷音が辺りを襲った。

屋敷内を揺るがす地鳴りと人の悲鳴、座敷奥までを照らして威嚇す雷光。

天の戒めかと俺は瞳揺らめかせた。

 頭を振って佳人は穏やかに言葉を紡ぐ。

補足の為と語るは博学、思慮深い口調の彼女。

嘆きを帯びる声音が静かに告げた。


「夕立には“留客雨”との異名もあるのです、ご存知ですか?」


「……いえ、客を留める雨ですか?」


 人を帰すのを拒むかの様に突然と降り出す雨。

切ない願いを救うかの頃合いは、まるで天が代弁して降らせた行いだと。

折よく降った雨粒は正に恵みであろう。

古い言伝えに含まれるは、いじらしい願が込められた偶然への感謝。


「哀れみて、天が一時を味方してくれるのだそうです」


「正に天からの恵みですね」


 震える心と淡い歓喜を返した。

恋しい人を一時でも留めたいとの願い、彼女も同等と抱くのだと確信し。

己が立場に身上は、未だ酷く危ういモノである。

女々しかろうが、戯れと天が与え授けた僥倖と深く頭垂れた。

激しい雨音に雛姫さまと二人、響く雷音へと傾ける。

眩しいほどの雷光はまるで威嚇する様に似ていた。

悪行を止めるかの様相で、部屋奥までも届きて今を映し照らす。

天が下さった御目溢しならば、私は感謝せねば為るまい。

たった今、耽る思考を切り捨てた。


「お幸せでございましょうか、雛姫さま」


「……はい、過分に思うております」


 苦悩を隠す御口調が狂おしい程に愛しかった。

静かに視線を贈り、上座の雛姫さまと幽かに微笑み絡めた。

美しい面差しに浮んだのは、始めて知り得た陰りと情。

離れていた歳月を今に至り、更と悼む影である。

未だ留める事の出来ぬ恋慕には、供に歩めなかった後悔と引き摺る念がある。

女々しいと思われても構わない。

抱く永遠の思慕が確かに存在していたならば。

互いに言葉数は少なく時を共有する、限られた今と沈黙に酔い浸り。

過去の一時が合間であれ、二人で得た幸せに想いを馳せた。




 元々は拍手御礼用。


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