留客雨 -遣らずの雨-
短くて申し訳ありません。
まるで我が心を知りて降ったかの様な雷雨であった。
土砂降りの雨は稲妻を響かせ突如と降り出して。
思いを凪いだのは消えた蝉の声、突然と途絶えた時雨の空を気掛かりとし。
頭を振って重ねた思慕へと俺は瞳を閉じた。
「……天が、機嫌を急に損ねましたか」
「本当、急な夕立ですね」
雷光が弾け輝く空を見上げ、雛姫さまは微笑んだ。
緩やかに私が居る下座へ視線を這わす。
物憂げな眼差しは愁色を含み、密やかと漏れ出たのは呟き。
「この空模様は“遣らずの雨”でしょうか?」
其の言葉に含む意を察し、俄かと疼く我が心中。
強い雨音を背景に儚げな姿を見上げ、俺は様々な話題を脳裏へ探す。
雨脚の強さと雷光を背負い、雛姫さまは一人抱いて御歩のかと。
* *
突如と凄まじい雷音が辺りを襲った。
屋敷内を揺るがす地鳴りと人の悲鳴、座敷奥までを照らして威嚇す雷光。
天の戒めかと俺は瞳揺らめかせた。
頭を振って佳人は穏やかに言葉を紡ぐ。
補足の為と語るは博学、思慮深い口調の彼女。
嘆きを帯びる声音が静かに告げた。
「夕立には“留客雨”との異名もあるのです、ご存知ですか?」
「……いえ、客を留める雨ですか?」
人を帰すのを拒むかの様に突然と降り出す雨。
切ない願いを救うかの頃合いは、まるで天が代弁して降らせた行いだと。
折よく降った雨粒は正に恵みであろう。
古い言伝えに含まれるは、いじらしい願が込められた偶然への感謝。
「哀れみて、天が一時を味方してくれるのだそうです」
「正に天からの恵みですね」
震える心と淡い歓喜を返した。
恋しい人を一時でも留めたいとの願い、彼女も同等と抱くのだと確信し。
己が立場に身上は、未だ酷く危ういモノである。
女々しかろうが、戯れと天が与え授けた僥倖と深く頭垂れた。
激しい雨音に雛姫さまと二人、響く雷音へと傾ける。
眩しいほどの雷光はまるで威嚇する様に似ていた。
悪行を止めるかの様相で、部屋奥までも届きて今を映し照らす。
天が下さった御目溢しならば、私は感謝せねば為るまい。
たった今、耽る思考を切り捨てた。
「お幸せでございましょうか、雛姫さま」
「……はい、過分に思うております」
苦悩を隠す御口調が狂おしい程に愛しかった。
静かに視線を贈り、上座の雛姫さまと幽かに微笑み絡めた。
美しい面差しに浮んだのは、始めて知り得た陰りと情。
離れていた歳月を今に至り、更と悼む影である。
未だ留める事の出来ぬ恋慕には、供に歩めなかった後悔と引き摺る念がある。
女々しいと思われても構わない。
抱く永遠の思慕が確かに存在していたならば。
互いに言葉数は少なく時を共有する、限られた今と沈黙に酔い浸り。
過去の一時が合間であれ、二人で得た幸せに想いを馳せた。
元々は拍手御礼用。




