想紅寒椿 -想いは紅の寒椿へ-
成実様Side
雪に閉ざされる奥州、米沢の地。
今年も身の丈を越える程の積雪があった。
寒さと雪に悩まされつつも、無事に新年を迎えた事は喜ばしい。
奥州筆頭へと新年の挨拶と慶賀を述べれば、昨年の報酬は何を望むと……。
他愛も無い戯言、従弟間の気安い質問だったのかもしれない。
「恩賞を下賜くださいますのならば、ならば……」
鮮やかに咲いた寒椿。
銀世界に一際映える深紅。
潔く散り落ちる姿に情熱と高潔を、俺は憧れと思慕の念を抱く。
気高く美しい花に手伸ばす。
その姿に決して届かずと、叶えられずと知りつつも心から。
「ならば御側室である、雛姫様を賜りたく。
どうか、どうか我が願い……御聞き届け下さいませ」
武勲を褒められ何か褒美を与えるとの政宗様からの御声。
望む願いは一つだけ、周囲に女々しいと思われても構わない。
己の婚約者であった従妹。伊達政景殿の息女、雛姫。
今は覇者として君臨する伊達十七代当主、藤次郎政宗様の側室。
冬の寒さの中に咲く美しき椿。
厳しい処世を凛と生き抜く、いと高き高潔な花に手を伸ばした。
* *
静まり返った広間。
集った家臣等は皆一様に息を呑み成り行きを見守るのみ。
痛いほどの静寂が上座を中心に広がる。
額づく頭部と平伏した背に浴びせ掛けられる痛い視線。
判っている判りきっている。
だがそれでも尚……。
「……成実、雛姫は伊達の嫡男である“宗利”の生母。
そして続く第二子に“百助”を出産した側室である……」
「無論、御存じ申し上げております」
「例えお前が過去の婚約者であったとしも……。
俺が奪ったとの負目を一生背負ったしても、その願いに頷く事は無い。
決して渡さぬ……雛姫は俺のものだ」
判りきっていた伺い知れていた回答と言葉。
落胆の真意を悟られぬ様に、深く頭を下げて席を退しよう。
目蓋に浮かぶ穏やかな面差し、彼女の優しい言葉を今更ながらも思い起こす。
馴染んだ声音に耳を傾ける事すら叶わない存在、いと高き御存在。
側室でありながら、集める尊敬は正室である田村夫人を越える。
政宗様の後見である政景殿、その息女。
今後は更に懸念されるであろう。
御側に近寄りて一目姿を拝見する事も御声を拝聴する願いも潰えたと。
願いは届かぬとの政宗様からの言葉賜り、矢張りと肩を落す。
無常と喪失感、落胆の想いに胸が苛まれ俺は退席しようと腰を浮かす。
「成実……我が三男、百助を養嗣子として下賜しよう」
「……政宗様?!」
「俺なりの精一杯の譲歩だ、これで許しては貰えぬか」
驚きで面を上げた俺に真直ぐと下された視線。
政宗様は厳しく凛とした気配漂わせ下座に答す俺に宣した。
応えてくれた、譲歩と言い己が要望に報いてくれたのだ。
込上げてきたのは言い知れない計り知れない喜び。
手に落りたは紅い花弁、その形見、形代。
むせび泣く思いが胸に迫る。
仰ぎ見た政宗様の御顔には、難しく思慮に耽った表情と知音たる言葉綴り。
「在り難き、在り難き幸せにございます」
律せ漂わせる厳しさとは異なる、温かみのある気配を感じ入る。
穏やかと優しさ隠れた温顔が在る。
俺は深く深く叩頭し、思い差しを下さった事に感謝の意を表した。
雪中に鮮やかと咲く紅い椿。
散り落ちた花に手を差し伸べる。
想い寄せた落花を手中に収めた、落ちた花弁は思慕の念を映す。
忘れえぬ情熱と忠義を永遠に悠久に。
生涯を伊達家のため仕えると、心から誓い深く叩頭と御礼を申し上げた。
追章は全て傍観者である成実様の視点にて。
-伊達宗利-
・伊達宇和島二代目藩主、伊達宗利。政宗様の長男(庶子)伊達秀宗の三男。生母は宝池院(側室・浅井氏)アノ浅井氏の縁者らしいです。
・水沢伊達二代藩主、伊達(留守)宗利。
伊達政景様の嫡男で幼名は多利丸。生母は黒川氏(正室・乙竹姫←史実では竹乙姫が正解ですよ)偶然にも二人は同性同名。
-百助-
伊達宇和島初代藩主、伊達秀宗の四男。生母は山上氏(側室・駒姫)後に宇和島藩城代家老、桑折宗頼に母子ともに下賜された桑折宗臣の幼名。
宗利と宗臣は誕生日が数日しか違わなかった筈。
政宗さんには他にも側室や子供が居る設定。




