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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
40/51

楪を重ねるが如く 08

 有明とは、月が残るも明けてゆく空の事。

薄く淡い月の影は、程なくして西の空に消えてしまう。

東の空を赤く染め登る太陽が溶かす影。

 透ける姿は儚く美しい。

迫る刻限と限り在る姿を、私は馬上にて消えゆく月を眺めた。


「空に残る十六夜以降の月。

 それを特別に“有明の月”と呼ぶ。

 まぁ、世間一般的に好まれ……和歌に詠まれる、な?」

 

 静かに事告げる政宗様。

瞳は優しく瞬き空を仰がれていた。

典雅な台詞を口辺に含ませ、四肢は手綱を繰る。

 大地を蹴る蹄の音と渡る風。

視界は薄闇色だが、木々の間から鳥の囀りが聞こえた。

前方には成実様の御乗馬、私達は続き長い坂道を駆けて行く。

周囲の風景を捉えて問うた、流れる薄闇に見知った目印へと気付き。


「……もしや、向っているのは愛宕神社ですか?」


「正解だ、よく判ったな。

 到着する頃には日が昇る、もう少し我慢してくれ」

 

 神妙な面持で私は頷いた。

米沢城から見て西に位置する愛宕山。

その頂上に鎮座するは、日本書紀に登場する迦遇槌命かぐつちのみこと

長井・伊達氏と、米沢の歴代領主に厚く崇敬され祀られる火の神。

父上に祖父たる黒川氏の戦勝祈願と、私も幾度ととなく足を運び祈った社である。

確か……片倉様が守護神とされ、深く信仰されている神様だ。

御実家が神職故であろうか、特に手厚く寄進される姿を認する。


「片倉様の前立ては、迦遇槌命の護符を模した物でしたね」

 

 政宗様の傅役にて懐刀。

片倉景綱様は思慮深く情に厚い御方である。

虚心坦懐と万事控え目、立場に奢らぬ飾らぬ人柄。

称されるは智将、伊達三傑と尊敬集める伊達の重鎮。


「ヤツの本性が、実は沈毅雄武と知ってるだろう。

 沈着冷静で文武兼備な智将と目されているが、一度火が付いたら凄まじい」


「雷神の如き御姿?」 


「当然だ、竜の右目なのだからな」


 喉笛振るわせる笑いが背越に起こった。

耳朶をくすぐる政宗様の吐息、羞恥の色を頬に呼び寄せる。

漂う冷気が上気した頬に心地よかった。


「東国より登り立つ“隻眼の竜”だったか?

 虎哉禅師より聞かされたな、オレを尊敬し純真と評する子供の話を」


 力強い腕と政宗様の温もりに包まれ、私は頷いて言葉を紡ぐ。

虎哉禅師と問答交わした昔話に思いを馳せ。

畏敬の念込め、当時の私は次期当主の武功を興味深々と訪ね聞いたのだ。

師の爆笑を誘うとは予想だにせず、純真な好奇心にて。


「皆も当然と頷きましょう。

 乱世を平定する御方だと、武勇に不転退を示す御姿を賞賛し」


 舌打ちする音を耳に拾う、それは政宗様が照隠しの際に見せる癖。

優越感を感じる、ささやかな奢りと高ぶり。

過去の姿を今更恥じる私も一緒になり、馬上から有明の空を見上げた。

祈りにも似た切望、願望は同じと。


「政宗様は漆黒に映える金色の細い三日月。

 そして、後見役を任する我が父上は七日の月……」


「其れは前立ての事か?」


 石川の叔父上と我が父上の鎧兜。

なんと、前立てが月を模した兄弟刀ならぬ兜、つまりはお揃いなのだ。

亡き輝宗様と父上が大変兄弟仲が宜しいとは知っていたが、チョット意外過ぎる組み合わせに驚いた。

なぜなら、石川の叔父上は何時も気難しい御顔で温和とは程遠い相貌であり。


「……はい、伊達の武将方は戦乱の闇を照らす月光。

 不死を表す月読であり、夜明けへ導く空の光“有明の月”と、思うのです」


 破顔の声と震えた政宗様の肩先。

継いで私の指先を取って小賢しいと爪を噛まれる。

此処に遜色に脚色が有るのだろう。

他国に鳴響く誉れ高き武勇の数々、その御心は高尚にして粋。

独眼竜と称えられる御方と伊達の一族に敬愛を。


* *


 其の光景は新鮮な驚きで私の全身を包み込んだ。

東側の山肌から太陽が緩やかに姿を現す。

目の前には蕩け満る光、背後には夜明けに残る白々とした月。

空から射し込む光りの階が眼下に広がっていた。


「嗚呼、なんて綺麗……」


 境内に繁る木々の根元に滲み輝き増す太陽の光。

巡らした馬首、見晴しの良い高台から眼下に広がる佳景。


「気に入ってもらえたかな?」


 胸元に抱いた雛姫が見入り感嘆の息を吐く。

瞳を黒曜石の如く煌かせていた。

波打って山際に返る光と、広がる荘厳な風景を目にして。

雲間に沈む城下の町並みに、白い海が波打つ景色。

佳景と喜び興奮で声音を掠れさせ訊ねる。


「此れは、此れは雲海なのですか?」


「さあ、どうだろう。判らないな……。

 愛宕山は雲海が見れる程の高さは無い、単なる濃霧かもしれないぜ」


 細い声は艶を帯び俺の胸元をくすぐり、見上げる姿は無邪気。

俺と風景を見比べて心から礼を述べ微笑む。

成実が側脇から破顔して口を出した、雛姫の喜び様が余程嬉しかったか。


「雛姫殿は運が宜しい御方だ。

 限られた季節に見られる現象です、本当に滅多に見られない」

 

「……全くだ、俺たちは運が良い」


 操る馬首を成実へと巡らし二頭並び、同じ風景を同じ距離で眺めた。

太陽が皓々と雲間から睥睨する様を。

朝焼けに透け染まる波の群れ、眼下に広がる米沢の地。

伊達の本拠地を誇らしげに眺め雛姫は呟く。


「政宗様、成実様。

 此方へ御連れ下さりまして有難う御座います」


「礼を言うのは未だ早い、お前の為に用意した供物はモット凄いぞ?」


 俺は陰徳と隠していた計画を露と伝えた。

低い声音篭らせ、近付いて黒髪に隠れる耳朶へ直接と告げる。


「……の… …城を、贈呈してやる」


 彼女の瞳を覗き一瞬でも逃すまいと、雛姫の顔色を観察と眺めた。

滅多に見れぬ深淵の底、驚愕と強張らせた瞳の波を垣間見る。

 零れ落ちそうな程に開いた瞳。

煌く虹彩が俺を射抜き目蓋が震えて閉ざされる。


「し、……城と仰られたのですか、私に……城と?」


「国分殿の居城を再興し整えさせた千代城(センダイ城)。

 海に面した雛姫の故郷、高森にも近い地であるな、宮城の地は……」


 俺へ再度尋ね問う。

震える両手で俺を求めて掴む、訝しげと柳眉寄せ。

穏やかな面差しに刻まれる陰影。

異質なる気配と相を構え呆然と呟いた。


「御冗談でしょう、私は……私は、側室なのですよ」


「別に驚く事では無いだろう?

 今後を見越し居城を移すに最適と、候補に挙がって後に思い付いた」


「偶々、私の故郷近く……を、選ばれた?」 


 国分氏の居城は自然の要害備えた城である。

堅固な山城であり、背後に従えるは緑の山野。

海に向かう、なだらかと広がる肥沃な大地。

風景当に杜の都、私は確信する。

偶然で無いなら、きっと、きっと……。

そう、後に『仙台』と呼ばれる都を政宗様は造るのだ。

別名を青葉城と親しまれる城、美しく繁栄示す城下の町。

東北屈指の都と誰もが認める土地。

視界が揺れ私は目を細め俯いた、口を出たのは祝辞だった。


「……きっと、譲り葉の如く千の代まで栄えましょう」


 縁起の良い楪(譲葉)の姿を浮かべた。

新葉が開き姿整うと古い葉は自然と後を譲る姿。

父子相続と子孫繁栄を願う心に適った草木、その形態が本性。

千の代まで続くを願う精一杯の詞華、御礼と喜びを述べる。


「そして、今後は名を改め“仙台城”と呼ぶのでしょうか?」


 異なる世界の史実を思い出していた。

仙台を本拠地とするなら符合する事実、広大な領土と肥沃な農地。

繁栄とは、国力と民を集めて発展する相互財産。

海に面する事で海路の便が良く、商業もまた栄えるであろう。

塩釜に風光明媚な松島までもが目に浮ぶ。

 

「雛姫は慧眼の持ち主だな、恐ろしいヤツだぜ。

 隠しても易々と真意を読み取り、薀蓄までも俺へ垂れるとは……」 


 相好を崩された政宗様が、腕中の私を抱締め揺する。

堪えきれず笑いがあふれた。


「ならば、尚更に包み隠さず策を語ろう」


 伝わる歓喜、秘められた意思。

響いた声音が決意を示す。

視線を眼下に這わせ政宗様は思惑告げた。


「関東へ睨み効かせる為、亘理は成実が居城と据える。

 背後の水沢は此れまで通り、政景が守り支援を務めさせる心積もりだ。

 奥羽との連携を考えて、白石に小十郎を配置し盤石としてな……」


「夏へ向けての戦支度ですか?」


 呆れと溜息が政宗様の口から放たれた。

追随たる成実様までもが苦笑を漏らしたが、私は構わずと言葉を紡ぐ。


「私は非力故に政宗様の、伊達一門の武運長久と天下統一。

 そして、無事の御帰還を祈る事しか出来ません……」


  残される者の願いを抱く。

無力の焦れに憤り頭を垂れ呟くのだ。

祈る事しか出来ない不遇、不満と嘆き怒りの感情が渦巻き。

雫を掃う暇無く伝う涙に咽いでいた。


「待つ者が居る、その存在が必要なのだ。其れが支えと励みに為るからな」


 引き寄せられた胸元、その温もりに添って私は涙した。

与えらる愛情に縋る存在として、 私は望まれて政宗様の側に住まう。

星宿を背負う御方に仕える因果とは、今思えば略奪すらも運だったのかと。

運命の一環、それ自体が全てが天命なのか?

佳景を見つめ、彼の懐中に温もりに抱かれて確信した。

蒼穹を纏い立つ御方の側、私は隻眼の竜が望む未来へと思い馳せる。

貴方が望む永久不変を、私は階に座りて微睡み見ましょう。

華胥氏の国に、政宗様が作る理想郷に遊ぶ夢現と永久に……。






-千代-仙台せんだいの地名は自覚大師の千体仏に由来すると言われています。

-石川の叔父上-晴宗公の四男である昭光様が兄・政景様に代わって石川氏の養嗣子に。


<コレにて本編終了>

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