揺り籠を探す手に 04
驚愕と震える四肢を抱締め縮こまった。
見上げ伺う様に視界を巡らして、今いる部屋を検分する。
少し薄暗い部屋は、磨き上げられた板張りの間。
そこに薄い敷き布団が敷かれ、私は寝ていた。
二・三枚を重ねて身に掛けていた着物、変な形の枕が据えてあって。
歴史番組や時代劇でしか見たことしかない物、日用品。
安直と導き出される結論。
此処は病院では無い。
慣れ親しんだ自室でもない。
じゃあ、ここは何処なのだろう。
怪我や事故に合ったのなら、救急車で近くの病院に搬送される。
そう考えるのが一般的だ、普通ならば……。
目が覚めて私が今居る場所。
此所は病院ではない、何処か別の場所。
じゃあ、此処は一体何処なのだろう。
「夢オチ」
「天国」 「死後の世界?」
「黄泉の国?」
「幻覚」 「妄想(爆)」
「異世界(笑)」
次々と浮かぶ単語は連鎖的に取り留めない。
夢なら覚めて欲しいと古典的に自らの頬を抓ってみる……。
無論、これはコレで痛い。
じゃあ、これは夢はなく現実か?
風が吹き込む殺風景な部屋。
私は力無い足腰を叱咤し、黄金色の日が差し込む板戸まで歩く。
自分の置かれた状況と場所を少しでも理解しようと。
縁側など無くそのまま外の景色が見えた。
木々の間から大きな川の流れる音が聞こえる、流れが早い大きな川なのだろうか。
ふら付く足に耐えられず、板戸にもたれてその場に座り込む。
視線を上げれば夕暮れの空。
頬に当たる風は暖かく、遠くで聞こえる喧騒と川音が耳に届く。
心地よい穏やかな夕暮れに、実態がある。
間違いなく私は此処に居るのだが……。
此れは夢ではない。
私は板戸に背を預け、呆然と思考に捕らわれ座していた。
ふと、耳に拾ったのは廊下を歩く音。
一人ゆっくりと歩みこちらへ近づく気配、軋む床板が距離を伝える。
立ち止まって、重い板戸を押し開く音がした。
「ああっ、良かった!」
糸目の瞳が微笑みを浮かべ、繰り返し笑う女性が部屋に入ってきた。
「雛姫さま、目が覚められたのですね。
お腹空きましたでしょう、粥をお持ちしましたのですよ」
---誰だろう?
藍色の着物の女性が親しげに語り歩み寄ってくる。
黒髪を束ねて背中に流し、短い袖に細い帯を締めた服装。
平成の世では、時代劇の中でしか見事のないそんな服。
確かに私の名前を呼んだが “ さま ” とは、なぜだろう。
首を傾げ、明らかに年上だと判る彼女を見上る。
彼女の話しに戸惑い混乱する。
「あの、此処は……私は?」
沈黙が起きた、短い沈黙。
女性は盆を足元に置き、落ちた手拭を拾い上げて端に乗せる。
先程まで寝ていた敷物を整えながら私を手招く “此方へ”と。
その横顔は俯き歪んでいた。
「目覚めたばかりで混乱しているのでしょう、大丈夫ですよ。
ここは伊達領、中山峠を越えた夏刈の資福寺です。
雛姫さまは此方に着いた途端倒れて寝込んでしまわれた。
熱で三日間意識がなかったのです、覚えておいでですか?」
---倒れて寝込んだ、熱で意識がなかった?
未だ座り込む私に近寄り上掛けを羽織らせる。
やさしく抱き寄せられて背を叩かれた。
されるがまま、彼女の暖かい抱擁を受ける。
「雛姫様は聡くていらっしゃる。
城から逃げる際も、隠れて峠を越えるときも黙って付いて来られた。
私共に気を使って何が起きたかも、ご理解して……。
お辛いでしょうに、決して理由を御聞きにならない」
背に回された腕に力が篭る。
彼女の刻む鼓動が耳元に迫り聞こえてきた。
震える口調は感情の激白、止まらない哀愁。
「お聞きくださいませ、事の顛末をお話いたします。
御父上、満兼様の重臣・里見越後が最上義光の策略に乗ったのでございます。
実兄の里見内蔵助様を斬殺し、殿を……満兼様を討ち取り月岡城は陥落いたしました。
すべて四日前の事で、ございます」
震える彼女の腕に私は手を添える。
混乱を招く話と話題に、状況掴めずにパニックを起こしそうだった。
---ここは伊達領、夏刈の資福寺?
聞きなれない単語に耳を疑いつつも、聞いた内容を必死に理解しようとする。
事の顛末、落城だって……?!
今、彼女は何と言った。
---策略、最上義光?
初めて聞く名は覚えきれなかったが、知ってた人物名には反応する。
“最上義光” たしか、伊達政宗の叔父にあたる戦国大名の名前。
妹の義姫は伊達輝宗の正室にして政宗の母。
最上義光は武勇も知られるが稀代の策略・謀略家。
そして、奸雄のイメージが強くドラマで描かれていた。
つい最近、母と一緒に大河ドラマのDVD版を見たのだ、尚更記憶に新しい。
伊達政宗の生誕地は米沢。
伊達領、夏刈の資福寺だと彼女は言った。
今わたしが居るこの場所は山形?
ええと、米沢なのか?
資福寺は政宗の師である虎哉宗乙が招かれた寺で、過去の歴史。
時代劇でドラマの世界。
私は寝惚けているのか?
抱きしめる腕に、彼女が添えた手へ合図を送る “離してくれ” と。
もう、確かめたくて仕方がなかった。
夢を見ているのか、抓って痛いのだから現実?
寝惚けているのだと実感して確信したい。
「今日の日付は何時なのか教えてください、年号もです。
私は、自分の身に何が起きたのかも解らない。
覚えてすらいないのです、これは何かの冗談なのでしょう。
私は誰なのです、なぜこの姿なのです」
「……ひ、姫様?」
「貴女は先程、私に最上義光と言いました。
戦国時代の武将の名前です、月岡城や里見……なんて私は知らない。
きっと夢なのですね、そうでしょう?! 」
今まで不安に思っていた事を知りたい、全部を聞きたい。
戸惑と混乱、不安と心細さが渦を巻いて一気に迫ってきた。
抑えていた感情が質問を切欠に堰を切ったかのように流れ出す。
心細くて不安で泣きたくなる。
理解できない状況を少しでも判ろうと、私は必死になって彼女へ聞いた。
目頭が熱くなり視界が霞む、あふれて頬に伝う涙。
彼女に再び抱きしめられ、抱擁を受ける。
「 雛姫さ……ま、落ち着いてくださいませ。
大丈夫で御座いますよ、怖い思いはもうしなくて宜しいのですよ」
止まらず頬から流れ落ちる涙に、興奮しては咳込む体。
理解出来ない状況と身の不安。
背中を愛撫するトントンと心地よい振動が伝わる。
彼女に受ける抱擁に愛撫はひどく優しく、混乱する私へ響く。
強張った肢体から力が少し抜けた。
「姫様の御身体は、未だ疲れているのですよ。
もう少し眠って目が覚めましたら、きっと元気になります。
そうしましたら、美味しい御飯を食べましょう……ね?」
優しく背に続けられる愛撫に落ち着きが戻ってくる。
呼吸が楽になり、やがて訪れる緩やかな睡魔。
心地よく身体が睡魔に浸る感覚。
自分の身に何が起きたのかも理解しないまま、私は再び意識を手放した。
生温かい湯へと身体が引き込まれる様に。
天正八年(1580年)
最上義光は上山城主・上山満兼の重臣・里見民部少輔に策略の誘いをかける。民部少輔は最上氏の策略に乗り、兄の里見内蔵助を斬殺し、城主の満兼を討ち取って上山城を占拠。
史実では、上山満兼の正室は最上義光の姉姫になります。