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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
39/51

楪を重ねるが如く 07

 夜を幾つと回った頃だろうか?

ふと薄れる眠気で意識が急浮上していった。

私は即座に状況を理解する、警戒する四肢は保身を図る無意識の行動。

習慣となりつつある、褥の中から機会を窺うは置石の事。

 仄かと照らされた天井に目線を合わせ、緩やかに寝返りを打つ。


 『己が立場を知れ、常に周囲への気遣いと警戒・用心を怠るな』


 心に留め日々を過ごす秘策と、政宗様に言い含められた。

重ね得た経験と知識を、当主から寝話と聞かされ私は徐々に理解する。


「……如何しました、か?」


 人の気配に大方の中りを付け、私は敢えて大きく言葉を放つ。

細く高い自分の声音は、意外にも部屋の外隅まで響く事を知っていた。

続いての行動として、即褥から身を起こし外に控える気配を探る。

襖隔てた場所から息を呑むは複数、一息付いての余裕が生まれた。


「急ぎの用なのでしょう、気にせずに申してください」


「あの、御方様は既に起きて、いらっしゃられ……」


 驚きと上擦りを含む女性の声、奥向きの侍女で間違いないだろう。

私は掛け布を握り締め、ユックリと布団の上に座し用件を尋ね促す。

寝起きのため多少歯切れの悪い口調と乾いた声で。


「ええ、御用件を聞かせ下さいませ」


 再度促せば、続き間の襖が緩々と開かれた。

一礼して面を上げた侍女は二人、以前に顔を合わせた記憶があった。

奥向きに馴れた年配の侍女頭と補佐役が一人。

屋敷内にて采配を振う立場だったは間違いない。


「政宗様が御呼びなのでしょう?」


「はい、急な……」


「気遣い有難う、早々に支度をして窺いに参りましょう」 


 自嘲の笑みは、家人の気苦労と優しさに向けた陳謝。

恐縮する彼女達に労いを柔らかく、それが人を使う上での気遣い。

ささやかながら、私も我侭を聞き叶える同胞であり同族との思惑だった。


「待っていらっしゃるのは、昨晩と同じ部屋でしょうか?」


「あの、門前にてお持ちでいらっしゃられるのです」


「……随分と急な」


 側室の立場を嘆いて諦めるしかない。

所詮は当主の所有物、彼の願と我侭を叶える為に頷く。


「今より帰城なさる御心つもりか」


 射し込む光へと視線を這わせた。

夜明けとは程遠い頃、家人が起き出す以前の時間帯である。

嗚呼、全く……巻き込まれる人の身を少しは考えてもらいたい。

俄かと屋敷内が慌ただしく動きだす気配がたしかにする。

当主の命で、急速に朝食の支度を始めたか?


「昨日より皆を驚かせ、今日は早朝から皆々に面倒を掛けます」


 短い返事と恐縮して畏まる二人の姿。

私も同様だが、皆もまた命には逆らぬしがない立場だ。

彼女達の前で堪えきれずに笑い噴出す。


「政宗様の我侭に、私は随分と慣れてしまいました。

 城奥では日常茶飯事の出来事ですから、些細な事と気にしないで下さい」 


 口を動かしつつ、私は手渡された細帯を解き緩めた。

寝間着の単を足元に落とし、枕元に畳まれた小袖を肩に掛けて着替え始る。

衣を身に纏いつつ、遅れた訳に当主への謝罪を脳裏で用意して。


**


     

 鳥の囀りさえ聞こえぬ屋外、夜明け前の刻限。

薄闇の門前には、同じ背格好の闇が二つ待ち構えていた。

寒空の下に静かに佇み、此方を睨む左側の影に強い覇気が漂っている。

拝するに右側が成実様であろう。

御二方共、上手く溝が埋まりて上々だが、それにしても急な呼び付けだ。

此れは双方が結託しての行いか。

良い証拠と、今より二人連れ立っての行楽だろう。

安堵と快心の笑みが私の頬と口辺に零れ出た。


「おはよう御座います。

 随分と早起きですのね、政宗様に成実様?」


「……嗚呼、そうだな」


 一逸早く返ってきたのは政宗様の声だった。

いつもの愛馬とは違う馬に鞍を据え、兼合い取れた姿勢にて腕を組んでいらっしゃる。

淡い朝日に浮かび上がったのは、精緻な意匠の鞍と馬具が整えた大柄の軍馬。

察するに成実様の持ち馬を拝借したのだろう。


「実は夜通し飲んでいたのですよ、雛姫殿」


 さり気無く補足を入れたは事への訂正。

成実の柔らかい口調が語る夜明かしの顛末。

俺は視線を左へと移しながら、敬称を擦り替えた言葉の真意を測った。

何気なく呼んだ風を装ったであろうが、あからさまな違和感。

何時もと変わらぬ瞳と姿だが、露骨なまでの優劣と距離を技と作ってた。

これは……雛姫へのケジメなのか?

態と彼女へ知らしめるための、俺への配慮を含む……。


「夜通し……では、御二人は一睡も?」


「そうなのです、眠気覚ましに野駆に向かう事となりまして」

 

 隣に並んだ俺より一歩を後退し場所を空けた。

成実は愛馬の手綱を片手に持ち直し、明け切らぬ空へと顔向け頭を振る。

その様が、俺には落涙堪えて目を逸らす姿と窺え見えた。

酷く惰弱な己の心が疼き、独り煩悶を重ねてしまう。


「未だ外は暗う御座いますよ。

 御二方、十分気をつけて下さいませ」


「幼き頃より通いなれた所、半刻程で屋敷へと戻って来れましょう。

 御心配下さらなくとも大丈夫で御座いますよ、雛姫殿 」

 

 淀みなく成実は挨拶を紡ぐ。

違和感溢れる口調は臣下であり、其れは追い討ちを掛けるように雛姫へ迫る。

戸惑いと哀切が彼女の瞳に溢れて緩やかに瞼が閉じられた。

首を心許無く項垂れ、所在無い気配が在り在りと暮れる。

急速な二人の距離に胸が痛んだ、原因が俺にあろうと。

深く理解していようと、何処かで良心が痛む。


「何を悠長に構えている、雛姫。

 御前も一緒に出掛けるんだよ、野駆けが何よりの楽しみなのだろう?」


「わ、私も一緒に……ですか?」


「御前に見せたい風景がある、だから一緒に連れて行くんだ」


 僅かな慰めと我侭、今し方唐突に思い付いた策だった。

当主が唱えた誓約を反故にする気か?

成実と懐かしむため思い立った野駆に、戯れと雛姫を同行させる。

我ながら悪くない提案だと思う、御前達は俺の従弟と従妹に代わりない。

例え立ち居地が変わろうと、当主の我侭には付き合ってもわねばな。

計り知れない重圧と責務を背負う俺へと誓ってくれ。

共に支えると、伊達の名に縛られる同士の連帯責任と。

仲間ハズレは勘弁してくれ、一人取残されるのは真っ平御免だ。

覇者とは偉い故に常に孤独と戦うのだ。

大変だと御前達は窺い知っているだろ。


「ホラ、ボサっと突っ立ってるな、手を貸してみろ!!」


 雛姫の側へ馬主を向け歩み寄る。

馬上へ乗せるため身を抱え上げれば、突然の浮遊感で強張る華奢な肢体。

衝撃と些か乱暴な所作に、突と息を呑む気配が耳元に伝わる。

驚きで彼女の悲鳴は一拍出遅れていた。


「えぇ、え……!!」


「確りしてくれよ、寝惚けて落ちては困るのだからな?」


 同じ一族に生まれた運命と、最期の時まで従って貰おう。

当の昔に志は繋がってるだろう?

寄せた想いに心と体も、全て俺が奪い塗り替えていく。

既に無意識ながらも俺を慕い始めている。

そう自覚はしているはずだ。

ならば、一蓮托生と運命を共にしろ。

俺達は名に殉じる盟友として、歴史に残る記譜に加えてやる。

女だろうが関係ない、一番近い俺の傍らに居るのだから。


「それでは、夜明け前の野駆へ出発しましょう、政宗様?」


 俺は未だ暗い空を見据え、軽やかに馬へ跨る。

馬が揺れない様に慎重に体捌き雛姫の側へ。


「少し急ぐから揺れるだろう、気を付けてくれよ」


「…ぅ、はい」


 心許無い様相を浮かべる雛姫。

俺は慎重に彼女の四肢を支え、身体を懐中へと抱いた。

左手で体を優しく包み、強く胸元へと引き寄せる。

落馬防止と寒気で体温が奪われ様に抱締めして呟いた。


「風邪でもひかれたら、後々大変だろうからな」


「お気遣い有難うございます」


 気恥ずかしさから俯く気配。

胸元に居る体温の主は、身動ぎして律儀に礼を言う。

きっと彼女の頬に耳朶は朱に染まっているのだろう。

未だに慣れてくれない行為を含め、吐息交じりに俺は心を語る。

雛姫の首筋へと口元を寄せれば彼女の香が鼻腔を擽る。

仄かな芳香を肺へと吸い込みて心恋を紡ぐ。

感情を隠せと声を落として秘めやに。


「命尽きる最期の時まで雛姫は“俺の”だよな?」


「ええ、そう誓約致しました。

 政宗様も、決して約束違えぬと……御誓い下さいますか?」


「あぁ……勿論だ、約束されてやる」


 聡く鋭敏と先を読み取るのは雛姫の才。

一夜にして崩れた関係だが、今新たな堰が築かれた道標を承知したのだ。

関係を拒まれたのではない。

最大限に利用しろと、後見役として成実が雛姫へ付いたのだ。

伊達一門第二席である成実が、自ら進み選んだ標。

正室を越える扱い……と、暗に示すモノ。

それは後々、正室を退けて迎えるための前振りだと捉えて欲しい。

誰の反対も挙げられぬ、強固な地盤が整えられているのだと、認識してくれ。




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