表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
38/51

楪を重ねるが如く 06

 

 既に暮れ七つ、寅の刻を過ぎたる頃か。

深夜を越えた五更に、互いは未だ酒を呷る。

気心知れた仲、成実が酒の相手側に居るからだろう。

懐かしさに触発され、政宗の記憶が滔々と巡り甦った。

 指先の杯が俄かと描いた映像、一瞬目を瞬かせる。

家督を継ぐ以前の出来事だ、彩った情景をも鮮明に映す記憶とは。 

竺丸派の根強い反発を抑えるに憤った、天正十一年の頃であろう。

思うように運ばぬ苛立ちと胸の燻り、心頼る師の助言を求めて資福寺を訪ねた。

その際に虎哉禅師から唐突と振られた話。

忘れもしない詞華、面映い思いと叱咤の意味を懐かしむ。


「他愛の無い昔話に耳を傾けてくれ」


「どの様な御話でしょう?」


「俺が家督を継ぐ以前の話だ。

 虎哉禅師が尻込みする、当時の俺へと随分な発破を掛けてな……」


 手酌で杯へと注ぎ煽り飲む。

成実はしっとりと黙り、耳を澄まし事を傾けてくれた。

その懐中に緩々と俺は言葉を紡ぐ。


「伊達の次期当主を“隻眼の登り竜”と評する人が居ると。

 期待裏切る事なく、その者の願望に応えるべく行動を起こしては如何かと。

 奥州統一の足掛かりを早々に整えるは、いつ頃かと……随分な叱咤をされてな?」


「虎哉禅師らしい歪な励まし方ですね。

 それで、政宗様を登り竜と評した御方は一体誰なのでしょう?」


 成実が問い掛けた。

静かに視線を上げ、俺は微苦笑のまま真実を吐き出した。

高ぶる感情とは裏腹な心持ちとなり、相手を探る気配を出す。

思いの他に俺の口調は穏やかに事明かした。


「それが当時十歳程の子供だとよ、俺も驚いた……」


 虎哉禅師の大げさな激励。

奥州覇者として『独眼竜政宗』を知らしめろ、との激。

随分過激な発破が込められていたとは、当時の俺は気付きもしなかった。

ただ感情を隠しきれず、嬉しさと気恥ずかしさで頬染め立志した話。

面前に座す師へと目を見張り、意気込んだ過去。


「その者は、只純粋に伊達の次期当主を崇拝していると」


「其れは、随分と先見の目を持った聡い御子ですね。

 会えるならば是非、私もそのお顔を拝見したく思いますよ」


「勿論、当時の俺も興味を抱きそう思った……」


 御前もだろう、俺とてそう思った。

好奇心と言う芽が疼いたのは明確、心の疼きも又事実。

成実が相槌を打った言葉に頷く。


「嗚呼、だから成実にはキッチリ種明かしをしよう」


 無意識に含む笑みが込み上げた。

興味を得たりと俺は成実へ視線を這わす。


「ソイツは成実に続く重きを成せる伊達出生の子だった。

 聡明で物言いは小気味良いまでに口達者、虎哉宗乙禅師もが評した子でな。

 それならば、臣に据えたいと……当時の俺も即思ったワケだ」


 俺は含み笑う、対面する成実の顔を見ながら。


「十分すぎる位に知ってる筈だ。

 何故なら、ソレは幼少時の雛姫の事だからな?」


「……あーあのさ、意外ってか案外って言うのか……な。

 もしかしなくとも政宗様って、随分と昔から雛姫を狙ってたワケ?」


 その成実の問いは困惑に塗れていた。

汲み取った意に否定を表す事無く、俺は慌てて頭を振る。

しかし、成実の疑惑と興味は離れなかった。

付き纏う視線と疑問の声。


「な、何でそうなるっ……!!

 虎哉禅師や政景に色々と聞いた位で、一度も会った事は無かったぞ!」


「えーじゃぁ、雛姫に始めて会ったのは米沢城下の屋敷で間違いない?」


「し、成実。御前は案外疑い深かったのだな」


「何か、もー全てが嘘っぽく思える?」

 

「……婚約者の御前より、チョット早かったに過ぎない。

 本当に、偶然で偶々が重なった……此れは本当だ!!」


 淡々と秘めた過去を自白と成実へ語る。

虎哉禅師から聞かされた雛姫の事、幼くとも垣間見せるは美貌の片鱗。

容姿だけではなく、頭脳も相応と付け加えた親馬鹿口調の政景。

頬緩めて語ったのは、奥州一を謳われた祖母に似た容貌と。

しかし、正妻の黒川夫人に似て穏やかな気性なのだと自慢気に。

未だ会う事叶わぬ従妹君へ、物欲や情欲とは別の思いを当時は興味として抱いた。

そして、時を経た数年の後に垣間見て抱いたのは、まさかの一目惚れ。

何たる己が心、百聞は一見に如かず?


「一瞬だったけど政宗様を本気で疑いました。

 なんか“紫の上計画”とか“青田買い”って単語が頭に浮かんだね……うん」


「何の計画で、何が……だって?

 もう一度はっきり言ってみろよ、時宗丸」


「んー冗談ですよ。はい、全くの冗談です」


 互いに朗らかな戯れる声音となった。

俺は眉間に皺寄せ、しかめっ面をして対岸を睨む。

降って沸いた種明かしならぬ時効の告白、隠し持ってた秘密の暴露。

少しでも隔てを取り除きたいとの足掻きだ。

嗚呼、今更に羞恥と疼くは深淵に隠した心。


 * *


 暗黙の中もダラダラと酒の杯を重ねている。

蟠りに溝も起伏無く埋まっていた。

二人の顔色には余裕の笑み、知音たる気配が穏やかと時と共に流れている。

信頼は血脈と同じ月日を刻み過した結論、強く深く体に浸透し認めた間柄なのだと。


「彼是と昔を思い出してしまうな。

 等々、酔いが廻ってしまったか……」


「政宗様は公私共に御多忙ですからね。

 昔を思い出したり、後を振向いても罰は当たりませんでしょう」


「……なぁ、成実よ。久し振りに早朝の野駆に行かぬか?」


 鋭く英邁と自負する感覚が成実へ告げた。

俺が、コノ成実が生まれた意味が天意ならば……主に従うべきだと。

其れはきっと天の采配、漠然とした覚悟に心構えを抱く。

認してしまった決意、己の使命は『生涯を賭して政宗様を支えよ』と。

一時の暗黙の後に深く頷いた、強く自覚し納得を解して素志を貫くため。


「喜んで、喜んで何処までも御付き合い致します」


 隻眼たる因果を与えられた奇異の人。

蒼天を纏い立つ、天意を持つ独眼竜に従うまで。

湯殿山修験者の聖人である、満海上人の生まれ変わりたる御仁に。

星宿を背負う御方へ抱く思いは一つ、祈りよりも願い、そして尊敬の念なのだ。

傍らにて、伊達三傑として従うは我が宿命、彼の背後を守り支える為に存在しようと……。




 



 満海上人と政宗様の関係は、湯殿山の逸話や夢枕話が重なって神話調です。

太閤殿下が日吉丸との幼名と同じかな?

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ